159.千載一遇について
速度十分、攻撃力も最高潮、バカみたいな量の言葉が溢れて追随している、そして、敵の魔神はそちらへ行くことができない。
色んな人たちが同時に動き、魔神の行動を阻害しようとしている。
どれだけ喧しく叫んだところで、なにも変わらない。
天変地異のような力も、自らの命である結節点に着弾させちゃいけないとなると、いくらか甘いものになる。
勇者は視線鋭く、口元を動かすことなく、ただ羽ばたきそちらへ向かう。
形としては天使っぽいけど、引き連れる黒い多数の呪文は悪魔が空を駆けてる感じ。
くん、と指ひとつ動かすだけで、それらすべてに矢印がついた。
最後尾――流星でいえばその消えかけみたいな所から始まって、螺旋状に複数がぎゅるりぎゅるると『矢印が根本を目指す』、発揮された呪文が次へと伝わり、力となって、起爆の材料となり、さらなる強く速い矢印になる。
大きさと強さを増やしたそれは、勇者の手元で重なり、結実した。
剣だ。
魔神がさっき作ったみたいな、力そのものを重ねた形。
放つ形の呪文じゃ確実じゃないと見て、凝縮させた破壊の形を取った。
「――!」
魔神が叫び、再び破れかぶれに追いかけようとするのを、僕とペスと――そしてジツさんと魔族のみんなが止める。
高速で回復するその体を、それ以上の攻撃密度と連携で破壊しつくす。
これをずっとやれとか、回復力を上回った上で消滅までもってけとか言われたら無理だけど、ほんの一時、決死に攻撃を続けて膠着状態に持っていくことくらいは可能だ。
僕はジツさんの動きがわかる、ペスは魔族の動きがわかる。
今この時に限れば、敵対陣営は一つのチームとして機能する。
「そっち行くな、てーか、おまえはあっちにまだ生きてる敵倒しとけ!」
「わお、美人美人~」
「あいつ悔しがんだろうなっ!」
「くっ、どうして何故に本当にカメラを壊してしまったのでしょう!」
騒がしくしながらも、ぺスの手足のように彼らは動く。
――あ、ジツさん、ちょっと下がったほうがいい。
「!?」
言いながらも、触手みたいなものが高速で振られていたから、ぺスの体をちょっと操って斬っておく。
「どうして、おまえの声が!?」
なんだかジツさんは驚いてたみたいだけど、気にしない。
ジツさんの背後、適度な距離で浮いてるアリん子とキョウは小首をかしげてた。
二つのチームの接点として僕らは指示をする。
「わっはっはっは!」
ペスは魔王みたいに笑いながら、僕を振り続ける。
巨大な敵相手に、それ以上に巨大な魔力と暴力で対抗して止める。
アリがたくさん集まって、ボーリング玉を押し返しているような無茶苦茶な有様。
だけど、その無茶苦茶がここでは道理になる。
そして、そのボーリング玉が向かおうとしている先には、勇者がいる。
僕らの今の役割は、魔神にその邪魔をさせないこと。
単純だけれど難しい。
それでも、不可能じゃない。
呪文はどんなものであれ、タメがある。
発動する隙に、すべて残らず斬って捨てた。
巨体を生かしての動きですらも、僕らが真正面から封じてる。
そう、なんだかんだといっても敵は一人。
攻撃力防御力魔術その他が人外レベルだし、瞬間的に体は変形させるし、わけのわからない魔術は使うし、さらには進化し続けてるっぽいけど、それでも一人。
いくらでもやりようはある。
今この時であれば、天秤はこちらに傾いている。
勇者は腰だめに剣を構え、さらに翔けて行く。
――やってしまえ。
誰もがそう心で思う。
思っていなかったのは魔神の側だけ。
再び声を、圧縮された情報を叫ぶ。さっきから何度もやっている行動だ。
そして――
「え」
勇者の腕が、片方消えた。
真下から跳躍したものが、ただの一息で『引き千切った』からだった。
高速飛行中だ、バランスを崩して錐もみになる。
なんとか体勢を整えながら勇者は目を見開いた。
「悪いな」
「――!」
ただの人間じゃ、そんなことは不可能だ。
それこそ僕とペスのコンビとか――魔神とかでなければ。
なんとか空中で停止、それでも勇者の体が揺らいだ。
極限まで圧縮された力がバランスを崩す、結節点に当てられるかどうかは微妙。
いや、それでも一撃を放つことはできるだろうけど、それに対する妨害がある以上は失敗する。
「こっちは、死にたくないんだ」
元吸血鬼にして、元魔王にして、ラジオ体操好き、そして、『魔神の配下』となったもの――結節点にその命が預けられたものが言った。
魔神の、異形の口元がにぃっと歪んだ。
「!」
この場で、裏切るものがいたとすれば誰か?
それは、命を惜しむものだった。
無謀に笑い、立ち向かわず、安全を求めるものだった。
その目的が生存である以上、付くべき側に頓着などしない。
そこを魔神は狙い撃った。
彼女はもともと、魔神の配下として魔王をやってたものであり、根本となる力を長く吸い続けてもいた。
ずっとその力になじみ続け、影響を受け続けた。
そう、委員長が壊呪したのはあくまでも『吸血鬼』としての部分、魔神の力は、彼女の内部にいまだ残留していた。
だからこそ、遠隔からでも、陣営の再変更を行なえた。
力を注がれ、膨大な魔力の行使が再び可能になった。
そしてその力は、長年彼女が吸い続け、己のものとして行使し続けたものだった。
「――」
『それ』は、空中で上下を変えて、天井に着地。
あまりに速度が出過ぎていて、それ以外の方法では止まれない。
再びの突進を行おうとして。
「――!」
血相を変えたウーツにその首をかき斬られた。
直接戦闘力が低い彼女は、離れた場所で機を窺い続けていた。
けれど、あまりに無謀。
ズレて吹き飛ぼうとする頭部を支えて戻し、鼻を鳴らす。
吸血鬼だった過去よりもさらに上の回復力。そのまま手を伸ばし、一言も呪文を発さず。
「死ね」
極大火炎呪に相当するものを吐き出した。
何をやろうとしても間に合わないタイミング。呪文はワンテンポ遅れる、近接攻撃は届かない。
ウーツは覚悟を決めた表情を崩さない。
むしろわずかに微笑む。
勇者が行動できるだけの時間を作り出した。結節点を破壊できるだけの『間』の作成だ。
莫大に膨れ上がり迫る熱は。
「→みんな、ごめん……!」
片手を斬られた勇者の剣が、断ち切った。
音もなく、原子以下の有様を強制する一撃は、攻撃も、その攻撃者も等しく消し飛ばした。
勇者の真上に、綺麗な切断の痕跡が刻まれた。
だが、千載一遇の攻撃機会もまた消えた。




