158.突進吶喊について
実際のところ、僕らは攻めあぐねていた。
魔神に、その体にいくら攻撃しても効果は薄い。
月夜の下の吸血鬼を攻撃しているようなものだった、不死性が存分に発揮される環境が整っている。
その不死を壊すには、魔神の背後にある結節点を破壊しなきゃいけない。
その体じゃなくて命そのものを断つ必要がある。
だけど、さすがにそれを簡単にできる相手じゃなかった。
下手にこの敵を無視して結節点に向かえば後ろからばっさりって感じだ。
これは、強さの問題じゃなかった。
ラスボスと戦って勝てる人でも、その背後に隠してある宝箱を戦闘中に開けることは難しいはず。
必要とされるスキルや能力が、そもそも違った。
唯一の利点というか、有利な点は――僕らが気づいていることを、敵はまだ気づいていないことだ。
「おまえ等の攻撃なんか効かないんだよぉ!」
調子に乗ってわめいてる。
案外、というか予想通り、頭はあんまり良くなかった。
それでも、一度気づかせてしまえば、二度目は厳しくなること請け合いだ。
そしてまた、その体の方も変化していた。
腕の数が増えて、僕らの攻撃に対応した。
目が増え、前後左右関係なく襲い来る攻撃を察知した。
安定した浮遊のためにプロペラを設置し、それを剣のように扱った。
肌は硬質化して、半端な攻撃は通らなくさせている。徐々に雷耐性とかもできつつあるみたいだ。
なんかもう、文字通りの『魔神』って感じだけど、本人あんまり気づいてない模様。
うん、僕がそうだったけど、体の変化って意外とすぐには気づかないもんだ。
「そんなの、よっぽど鈍いやつだけだっての!」
――失敬な、僕ほど繊細な奴はいないはず。
・それはどうかなー?
「繊細な奴は自分の体が変わったらすぐに気づく、現におれはすぐわかった! すげえ落ち込んだ!」
――そ、その辺は性差もきっとあるよ?
・お?
「それ、どっちだ。男としての立場か女としての立場か、どっちで言ってやがる!」
――それは……
・ほほう、これはこれは、なんという驚愕の事実! みったん男だったのかー、話でしか聞いたことなかったなー、あの魔神もそうみたいだけどカウントしたく無いのであった。
――え、それってどういう……?
「おまえ、やっぱ誰か別のやつとも会話してるだろ!」
ペスの口はむー、と引き結ばれて、鼻息は荒かった。
ちなみに今は、魔弾が嵐のように降り注ぎ、回避している最中だ。
「隠し事すんなよ、今更……」
視線を逸らし、ぽつりと寂しそうに言う。
――そ、そんなことは……
・おお、修羅場だ修羅場ー。
そこの勇者はもう頼むから黙っていて欲しい……!
「→嫌です」
「あ?」
なんでそこだけ声に出していうかなあ!?
・気分です。
「おいおまえ、今どういう意味で嫌とか言った?」
・カンモク制限とかきついのよなー。
そういうときだけ便利に使わないで欲しい……!
魔神が無数の口を作り出し、そこから黒光の球を吐き出した。
ついには『不運』のそれすら攻撃手段にしてきた。
触れるだけで消し飛ぶ攻撃。
防御は不可能、ただ回避だけが助かる手段。
――ペス、あっちに!
思考だけで方向を指し示す。
三次元的な位置関係って言葉で伝えることは難しいから、こういうときは助かる。
「……すげえ的確すぎるコース取ってね?」
――いいことでしょ?
複数の視界で、わからない情報を補完する。勇者との情報共有の成果だ。
別にバレても問題ないことのはずなんだけど、咄嗟に隠してしまったのはなぜなんだろう……
・なんだか浮気しているようですな?
勇者が出してる選択肢は見てないことにする。
というか後で、ウーツにチクることを誓う。
きっとなんかとんでもない反応とか行動とかやるんだろうな。
・うわ、超スレンダーになったみったんが意地悪だ!
魔神はただひたすらに、僕らだけを相手にしている。
本人的にはさりげなく、だけど本当のところかなりバレバレな感じに結節点から引き剥がそうとし、攻撃ラインを通さないようにもしている。
こちらが大技を使うことのないよう細かい攻撃を仕掛け続け、黒光を移動妨害の障害物みたいに配置する。
そう、こちらはだんだん不利になる。
魔族の人たちも大結節点にたまに攻撃を加えているけど、こちらは気にもしていない。
僕らの全力攻撃とか、勇者の極雷とか、そうしたものじゃないと通用しないらしい。
状況は詰みへと刻一刻と近づく。
無理をすれば死ぬだけだ、ここまできて敗北なんて結末は御免だ。
慎重に、丁寧に、一瞬の隙をついて――
キスされた。
って、え!?
生身の姿を取ったぺスが、剣になった僕、その中央辺りに唇を付けてた。
「うし、マーキング完了」
――なにそれ!?
「考えすぎだ、いいから行くぞ、おれは、おまえと一緒なら死んでも悔いはねえ」
――え、ちょ……!
気軽に笑い、そのまま駆ける。
魔術のそれは、高速の飛行となって直進する。
魔力の塊、僕が何か操作するような暇はない。
目を丸くした勇者は置き去り、ただの単騎、僕らだけで吶喊した。
「ははは!」
笑うその様子は照れもあるんだろうけど、ただ楽しそう。
弾む心がこちらにまで伝わる。
魔神は吠える。
小馬鹿にしたものだけれど、戸惑いもあった。
異形となった攻撃は、人間相手とはまったく違う、呼吸は読めないし、手足の位置やその動作パターンがわからない、とてもじゃないけど全部は避けきれない。
髪の毛が千切れる、鎧が吹き飛ぶ、左の指がごっそり消える。
だけど、伝わる歓喜はまったく減ることがなかった。
笑ったまま、笑顔のまま、ぺスは向かい、剣を――僕を振る。
今僕はぺスの体を操作していない、動きは乱雑なものだけど、その分だけ『剣そのものの破壊力』は上がった。
螺旋状の魔力が吹き荒れ、防御しようとした動作すべてを吹き飛ばした。
「考えるよりも――」
振りぬきながら、さらにもう一撃。
その体にふわりと布がまきつき、裸状態ストップにしてくれたのは、たぶんヤマシタさんのお陰。
「――動いた方が速え!」
僕も勇者も、あるいは魔神ですらも、とにかくまずは立ち止まって考えがち、動いてからどうにかしようとする。
だからこそ、その行動に呆気に取られて先手を譲り、そして同時に、その無謀に賛同する者たちへの後押しにもなった。
飛行能力も持たないのに、魔族たちがここぞとばかりに殺到した。
――え、ジツさん!?
そして、身体アップの魔術を受け、やけに白く輝く羽をつけた彼女たちが、叫びながら突進してた。
ここぞというタイミング、だけど機を図ったというよりも、たまたまな感じだ。
幾多の手が伸びては彼らを叩きのめそうとする。
注目が――僕ら二人から、彼らへとシフトする。
その隙を、勇者は逃すことはなかった。
羽ばたき、飛翔し、中央結節点へと向かう、魔神の命がある地点。
いくつもの未選択の呪文を待機させ、引き連れながら。
さすがに、その危機は察知するらしく、異形の体を身震いさせて奇声を上げた。
子供が上げる声のように聞こえた。




