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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
試験Ⅱ
166/179

157.立ち向かう日々

ジツの手は、いまさら震えだしていた。

今は後ろに下がり、超常者たちの対決を眺めていたが、その逸脱ぶりを見ていると、つい先ほどまであの場で、あの敵に対峙していたことが嘘だったとしか思えない。


その敵が今は焦りと激怒を叫んでいる様子は、さらに上乗せされた嘘のようだ。

笑い嘲り見下す様子は完全に塗り替えられている。


「ふざけるな! 屑が、屑が、屑どもがッ!」


叫ぶ言葉にも余裕は一切無い。

それでも、その力は下がったわけではない。

腕の一振りで魔族が吹き飛び命を散らした。

瞬間移動かと思える速度で横へと吹き飛び、飛翔の途中で体はバラけ、散弾の有様で壁へと叩きつけられる。


見るだけで歯の根が合わなくなる光景だ。

あの魔神は、自分たちと対峙した時には、捕獲するつもりでいたようだった。

だからこそ、未だにこうして無事でいる。


「またか――!」


ネコミミがタブレット片手に強く叫んでいた。

それは絶え間なく暴風と爆発と真空が発生する場所にあって、立って状況を見つめ、理解をしているからこその、叫びだ。


大『空洞』だった所は、半端に岸壁が復活している。

それは岩製のジャングルジムのような有様だ。

ひとつひとつが巨大であり、何人も腰掛けてもびくともしないほどだが、時間が経つごとに少しずつ太さを増して成長し、元の様子へと戻ろうとしている。


もっとも、今のところは破壊の方が優勢だ。

魔神のいる地点では一秒ごとに様々な破壊がばら撒かれ、より視界の通る有様となっている。


「東側地点に被害者発生! 手の合いたものは即座にあの者の体を購入せよ! 死なせてはならぬ!」


ジツの側では、叫び指示を出し「被害にあった者の体を新たに購入」し続ける者の姿があった。右手にはリードロープ、左手はタブレットを抱え持ち、一時も休まずにいた。


指示に従っているのは、どうやらその部下というよりもお祭り騒ぎが好きな者たちだ。

知り合いではあるが、あまり言うことを聞いている様子はなさそうだった。


まるでいつもそうしているかのように、状況変化に即座に対応しながら、膨大な資金を惜しげもなく使う有様に頬をひきつらせ、戦う魔神の様子に口笛を吹く。


ネコミミの横では、小鬼の女の子と首輪をつけた幽霊が睨み合っている。

ネコミミは、できるだけそちらの方を見ないようにしながら、忙しく戦いの補佐を続けていた。


そのおかげもあって、分解されて叩きつけられた者は、即座に復活。新たな体を得る。

先ほどの、散弾の有様で衝突した者も、すでに新たな体を得ていた。

そして、己の復活にもはや驚くことすらなく、笑い、吠えて、再び向かった。

考え無しの突進に、補佐をしている者たちの悲鳴が上がるが、知ったことではないというように無為無策のチャージを行う。


松明に飛び込む虫の有様。

効果のほどはかなり怪しい。

彼らの魂がいまだ失われていないのは、奇跡に等しい。

あるいはそれは、『運の悪い』ことなのかもしれない。この突進と死と復活を繰り返す有様を見て『運がいい』と表現する者は少数派だ。


魔神に対峙しているのは、主に二人だけだった。

一人は、ジツには見知らぬ女性だ。

鎧を身につけ、剣を手にし、膨大な魔力を瞬間的に惜しむことなく吐き出し続ける。

太陽が砕け続けている――言葉として言えば奇妙だが、そんな連想をしてしまう力の在り方だ。

しかも、その膨大な暴力を完璧に制御しきっている。

笑いながら、心から幸せそうな笑顔を浮かべながら、ときおり剣に切ない目を向けていた。


もう一人は、自分たちの仲間であるはずの勇者だった。

ジツは、彼女があそこまでの強さを秘めているとは思ってもみなかった。

勇者である以上、なにか隠し玉のようなものがあるとは考えていた。

だが、それは常識の範囲内――熟達した剣士としての強さや、深淵なる魔術の使い手としてのそれであって、分厚い岩盤を砕きながら蹴りを入れるとか、魔神ですらも捉えきれない速度で攻撃を仕掛けるとか、魔神を圧倒するほどの攻撃魔術を連続で放つとか、そうした逸脱は想定していなかった。


そこにあるのは、まったくリアルではなかった。

今までの戦闘の延長線上にあるものでは、なかった。

神話だ。

血を流し、歯を食いしばり、なんとかなるレベルを逸脱したものだ。


「……」


ジツは、背後の仲間たちを眺める。

キョウはうつ伏せで倒れ伏し、荒い呼吸を続けていた。復活した魔力により巨大天使を造ろうとして盛大に失敗したためだった。

その側では心配そうなアリん子がいる。今はもうフードをつけていない。

ウーツは、青い顔で勇者の戦う様子をただ見ている。


自分がそうであるように、誰もが疲労困憊の極地のはずだ。

もう一歩も動きたくない、背中の羽はこれ以上酷使すれば千切れる。

体力や魔力はアイテムで回復できるが、たまった疲れや戦闘の意気は即座に回復出来るものではない。


「――」


だから、魔族たちの戦っている姿は異様の一言だった。

敵わないことはわかっているはずだ。戦ったところで負けて終わることも。むしろ邪魔にしかならない。

だというのに、誰も彼もが笑って突進し、すぐさま散っている、経済的な復活手段――新たな体を買い取り与えられてる補佐は、あくまでも補佐だ。その突進は完全に彼らの意志でしかない。


その熱狂が、どのような理由によるものかは知らない。

理解できないことだろうとも思う。

だが、皮肉がジツの心を突き刺していた。


彼らは、魔族のものたちは、言ってみれば村を襲った仇に属するものだ。

彼らそのものではないが、その歓喜、その叫び――多数の魔族とモンスターたちが奏でる戦闘音楽は、たしかに聞き覚えがあった。


不倶戴天の、許し難いその歌が、今は勇者と共にある。

世界を救おうとしている。

自分たち勇者と共にいるパーティが、こうしてへたり込んで動けないでいるにも関わらず。


ふざけるな――と思う。

冗談じゃない。


ここまで歯を食いしばり必死にたどり着いたのは、こんな風に結末を見届けるためではないはずだ。

勇者を――否、仲間を助けずただ見守ることは、生家の村が壊される様を見続けていることと変わらない。


「俺たちは、戦力外だ」


歯を食いしばり、その隙間から零すように言う。

そう、状況を変えるだけの力をまったく持たない。


「きっと、黙って見ていた方が有り難られる観客だ」


視線がいくつか向くのを感じた。

膝をつき、力を込める。太股が痙攣し、心の無茶を諫めようとする。


「だが、それは――俺が仲間を助けに行かない理由になるのか?」


立ち上がる。


「――そんなこと、俺は認めない」


相変わらず手足は震える、涙は滲む、全身が戦いを拒否している。

それでも、無理矢理に笑う。

あいつらに――魔族の連中にできたこちらに出来ないはずがあるものか、この場で焦り苦悩するのは魔神だけだ。

己の利益を守るために汲々とするのは敵の側だけ、こちらは笑え、笑ってしまえ。今この場は、どれほど命を無駄遣いしても許される。心のままにあることが、できる。


「仲間を助けるぞ!」


誰がどうみても不格好な、情けない笑顔。

涙は滂沱と流れ、鼻水だってダラダラ出てる。


「もう……」


キョウはうつ伏せの顔を上げ、唇を尖らせながら。


「ジツは昔っから、似合わないイイカッコしたがるの」


ぷ、とアリん子が笑い、ウーツも慣れていないおかしな笑い顔となる。

ジツは眉を八の字にして、さらに情けない顔となる。


それでもそれは、彼らのリーダーが立ち向かう姿であり、彼らの心をいつものように奮い立たせるものだった。

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