155.この開始について
まっすぐに飛ぶ。
僕がやってた能力による無理やりじゃなくて魔力による飛行だ。すこしだけ感動してしまうけれど、今はそれどころじゃない。
なにも考えずにぺスは魔神へ向かう。
笑ったまま、歓喜のまま、笑顔のままで。
だけど、まだそれは早い、先にしなきゃいけないことがある。
「!?」
ぺスの驚きに構いもせずに、僕は『掴んで』行き先を変えさせた。
「おい、なにすんだ!」
――こっちが先!
向かう先は気配としか呼べないもの。
どういうものか、と言われたら、ただひたすらにおぞましく暗く不吉としか答えるしかない。
だけど、けっこう長く側にあって慣れ続ければ、それほど悪くないんじゃないかと思える存在。
空中でわだかまり、半端な状態になってるそれへと接近し――
「?」
半信半疑というかよくわかってないながらも、僕が思い描いた通りの動作でペスは剣を振った。
体の操作は思った以上に上手く行った、前々からそうだったけど、ぺスはその体の操作を外部から簡単に出来過ぎる。
少し心配になりながらも、僕が理想とする一撃は放たれる。一瞬以下のその間に、僕は拡散して消えようとするそれらを残らず『掴んだ』。
ぎっ――
僕の体――刀身のどこかが悲鳴を上げる。
人が持っていてはいけない能力であり力、運命そのものに接しているかのよう。
だけど、それでもそれは、僕らの仲間だった。失ってはいけないものだ。
「――!」
ようやく理解したペスが魔力を流し込む。銀円が広がり、魔術を行使。風が、魔力が、拡散を元へと戻す。チリ一つ残さない回収が、僕の『掴み』のアシストとなる。
やったことは、魔神の攻撃とは逆の行い。
委員長の霊魂や不運を破壊し分散させるのではなく、それを集めて集合させて、そして――
「行くぞ!」
――頼んだ!
ぽぉんと弾き飛ばした。
その先にいるのは、肩で息をするネコミミ――ヤマシタさんだ。
状況なんてわかっていないはず、僕らがなにをしようとしているのかも不明だったはず。
なのに、その目には強い確信がある。
ある種の信頼と呼べるもの。それは元の世界でバラバラに好き勝手をする僕らを繋ぎ続けたものだった。
「うむ!」
少し、いや、かなり複雑な表情が浮かんでいたけど、強く頷き、その気配――僕が『掴んだ』ものをヤマシタさんは受け止めた。そして、再び拡散が始まるよりも先にはめる。
ただ空間においただけのそれは――首輪は、落下せずその場で止まった。
そこには、半透明というよりも透明の、消え失せかねない姿だけれど委員長の姿があった。
薄く瞼を開き、両手で首もとのものを確かめる。
たしかな繋がりであり拠り所だ。
世界を越えてなおあるものを、初めてヤマシタさん自身の意志でつけた。
委員長のほんの少しの笑顔は、爆発しそうな歓喜の表現だった。
ヤマシタさんは何かを諦めたように涙を流していた。
確認を最後までせずに、僕らは飛ぶ。
ペスの右手が僕を握り、僕もまたペスを『掴む』。互いに互いを理解し、認め、高め合う。
それは極大の力となって刀身に光を纏わせる。
僕か、あるいはペスが笑った。どちらのどういう歓喜かだなんて関係ない。
ただ剣を振る。
想定内の最善、それを遙かに越える最高以上が行われ、剣先より放った衝撃が魔神を強く打ち据えた。
「――このッ」
魔神の怒り。
そんなものは関係ない。
剣でしかない僕は、意識ひとつで簡単にぎゃーぎゃー騒ぐ言葉を聞き流すことができた。かなり便利。
魔神の、攻撃を行おうとうする様だけに注意する。
そう、この場ですべきことは別にある。
ジツさんの戸惑いや、他のみんなの困惑なんかも関係なかった。
ペスは吠える。
上の、魔族たちへ向けて。
「おまえらなにビビってやがる腰引けてやがる縮こまってやがる! 来い!」
飛行能力を持たない彼ら、来れば落ちるだけしかない彼らの戸惑いに向けてペスは術を行使した。
攻撃のそれじゃない魔術を構築する。
無制限の魔力、尽きることのない供給が膨大な力となる、通常であれば吹き飛ばされて制御できないそれを、ペスは制御しきった。
彼女の奥底にある昏いなにかが、その制御に手を貸していた。
そうして――『空間』を、回復させた。
間を遮っていた岩盤が半端に蘇り、彼らが移動できる通路となる。
騒ぎながら魔神が放っていた攻撃は、残らずそれに阻まれる。
『不運』のそれと違って物理的な障壁は十分効果を発揮する。舌打ちする顔を見もせず、ペスはさらに吠える。
「今ここは、どうしようもねえ状況か? なんにも出来ずに泣きわめくしかねえところか? 違うだろうが! 笑え、狂え、戦え、進め! おれはおまえらにそれを望む、応える奴だけ降りて来い! そうすりゃ戦いたくねえって望んでるのは目の前の敵だけになる!」
静寂は一瞬、怒号のような声が「応ッ!」と叫んだ。
誰も彼もが飛び降り、足場を頼りに駆けて来る。
そして、僕もまたその回復を『掴む』。
拾得したばかりの概念を下と横へ注ぐ。
大『空間』を半端とはいえ元に戻したほどのものだ、それだけの魔力量と精度を誇るそれは――
・みったんナイス!
地面で半死半生に横たわっていた人を即座に回復させて、飛翔をさせた。
元吸血鬼は呆然とそれを見上げてた。いや、ちょっと見えないからたぶんだけど。
「よし、これでまだ戦える!」
ジツさんは男前にそう笑い、剣を握りなおした。
頭から出ていた血は、時間を巻き戻すみたいに戻ってる。
「あ……」
ウーツは飛翔した勇者を認めて、ほっと肩をなで下ろしてる。
「え、どうして魔力まで戻って……」
アリん子は戸惑ってる。
フードをかぶってないように見えるけど、これ錯覚?
「うふふふふふうぅ……!」
キョウは戻った力を元手にまたなんかやろうとしていた。
なにをやろうとしてるのかは、うん、充分すぎるほどにわかってる。
「~~でしょう!」
鳥魔族がなんか長々と騒いでたけど聞く耳はない。
というか、聞いても聞かなくてもきっと一緒だ。
――さて?
僕は揶揄するように切っ先を向けた。
僕を持つ人はニヤリと笑い、視線を鋭くしている。
周囲では、この魔神が行った破壊が刻々と元へと戻ってる。
行った破壊は、たかが限界量を突破した神話級の回復魔法二つで癒された。
「おまえは、まだ誰も殺せてねえ」
疲弊したジツさんパーティは、少し下がりながらも僕らと魔神の対峙する姿を見つめてる。
勇者はその側でなにかの準備をしようとしてる。
真上では魔族たちが笑いながら駆け下りて来ている最中。
「モンスターは倒すことはできても、魔族も人間もこうして生き残ったままだ」
背後では、ヤマシタさんを抱えた委員長が浮かび上がって側に来ていた。
かなり形は変わって、違ってしまっているけど、ようやく四人が揃った感じ。
「おまえはその程度だ――英雄ごときが図に乗ってんじゃねえッ!」
ペスの叫び、突進する。
対して魔神も叫んで何かを言った、たぶん、この世界の成り立ちとか、自分の正当性とかそういう感じのことを。
僕もペスもヤマシタさんも委員長も前進するだけで、まるで聞いちゃいなかった。




