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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
試験Ⅱ
163/179

154.この英雄について

まあ、我ながら無茶苦茶の、無謀とかってレベルを越えた賭だった。

というか、その賭に勝ったのかどうかすらもかなり不明。


こんなことをしたのは、前提条件というか、色々気づいたからこそだった。


委員長は、幽霊になっても取り憑くものさえあれば平気だった。

あの魔神は、別の体へと乗り換えた。

僕は『僕自身』って概念を『掴む』ことができた。

そして、手元には剣が、最高レベルの概念伝達武器があった。


そう、他の世界じゃいざ知らず、ここだと「魂を別の体に移動させる」ことは、そんなに珍しい現象じゃない。


幽体離脱はどうやればできるかわからないけど、この能力は――この『掴み』のことは承知してる。

我ながらチートな、なんだってできるんじゃないかと思えるものだけど、いくつかの制約がある。

事前に対象となるものを受け止めて、体感することが必要だ。

そうしなきゃその概念を把握できない。

だからこそ、ペスの封印の魔術に抗いきることができずにいた。


いままで僕は色々なものを『掴んで』は来たけれど、その中でももっともなじみ深いものと言えば僕自身だ。

自分で自分のことを理解するのは難しいとはいうけれど、幸いなことにというか最悪なことに、あの体――普段とは性別が違う体の中に入ってた。お陰で「いやいや僕ってなに?」と考える機会は十分あった。アイデンティティって奴を常に考え、把握しなきゃいけなくなっていた。


だからこそ、僕って概念を『掴み』、剣へと込めることができた。

熱を『掴め』ばしばらくは高温であり続けるように、この剣の中にはしばらく僕って人格概念があり続ける。

うん、正確に言えば、ここにいるのは僕そのものじゃないのかもしれない。

コピーされたとか、僕が把握していた僕の概念とか、残り香とかそういう感じ。

命や心や魂の定義がどうなっているのか知らないけど、本物ですよと胸張っては言えない。


まあ、それでも、僕は僕だ。

オリジナルの命が消えてしまった以上、唯一の僕が僕だった。


……なんだか「僕」がゲシュタルト崩壊してくる感じだけど、とにかく、実際にやったことはそんなに大したことじゃない。

ペスの攻撃、封印のそれの効果が発揮されるのを少しだけ遅らせた。

完全に捉えられてしまうより先に剣で――概念伝達武器で僕自身を突き刺した。

そうして、僕自身の体で剣を『掴んだ』。


命がけの、体そのもので行った一世一代の『掴み』だ、普段とは段違いのパワーを発揮した。

お蔭でこうして明確に、ちゃんとした意識が残り続けた。


そうまでして得たものって言えば……まあ、ぺスの僕への執着を弱めたとかそれくらい。

僕っていう人間を武器と化すことで、魔神との対決への道を開いた。

この場面で最も殺さなきゃいけない相手、状況を変える邪魔をする者を排除した。


まあ、とはいえ、体から剣が離れて、ぺスと接触できない位置に行ってしまうとかかなりの予想外で、ひょっとして放置されたまんまじゃないかと少し不安だったけどね。

ペスが一人で戦いに赴く可能性だって十分あった。そうしたら、どうしたのかな、我ながらまったく考えなしだ。その場のノリと思いつきで生きている。


……などなどの、グチ混じりの思考すべては、魔力を通じて余さずペスへと伝わった。握った手は、僕とペスとの魔力を接合させて循環させる。


剣ってものになってしまったせいか、視界は上手く機能していない、代わりに周囲の魔力の様子はよくわかる。


少し離れた位置にいる、魔神の様子は相変わらず半端ない。

太陽がそこにあるんだよ、って言われたら信じる。


ジツさんをはじめとした皆は――よかった、まだ生きてる。かなりの不利だけど、ダンジョン内の生活が役立った、長く無茶苦茶な攻勢を受け続けた成果が出てる。

勇者は半死半生の様子だけど、体を起こして戦いを続けようとしている。どうやら元吸血鬼の子が回復の魔術を使ってるみたい。

ヤマシタさんは駆けている、何かを必死に探してる。

そして僕はペスに掴まれたままだった。いや、『掴み』とかじゃないけどね。それをしているのは僕の方。

ペスの呆然とした様子は、もう圧倒的な空白で、突然ペスを抱きしめプロポーズしたってここまでじゃないって感じだった。


「おまえ……」

――ん、なに?


発声器官がないから魔力で伝達する。


「おまえは、おまえなのか……?」

――えーと、そういわれてもよくわからない感じというか。

「なあ……その……」


やけに奥ゆかしいというかしおらしい。


――まったくもってペスらしくない、命捨ててまで欲しかったのはガハハと笑いながら酒ウメエと叫んで辺り構わずセクハラをする親父のようなペスであって――

「んなことしてねえ!?」

――あれ、そうだったっけ?

「おま、だっ、ふざ、ごめ――っ!」


感知できるのは、泣き笑いの坩堝と沸騰。

ぎゅっと僕を握る力の強さは、限界を超えてペス自身ですらも壊してしまいそう。


――そんなに興奮したら体に悪いよ?

「おまえが言うなッ! 無理言うな……ッ!」


魔力の結晶のようなものがこぼれる。

その両目から、涙みたいに。


「もう離さない、絶対離さない、手放さない、おまえはおれのものだ、どこにもいくな、ごめんなさい、おれは――」

――了解。

「え……」

――全部認める、全部受け止める。


なにを惚けた顔をしてるんだろう、以前にもちゃんと頷いたはずなのに。

僕は、ちゃんと了承してた。


――ペスは、僕に対して何一つ我慢しなくていい。


「……っ!」


抱きしめられた。

さすがに刃を引っ込める。

なかなか便利な体かもしれない。


巨大な熱が、魔力の塊が、ふさがれていた何かが湧き出てくるのを感知した。

狂気に似た驚喜。ひょっとしたら激怒にすら近い。

暴力的な魔力が僕へと注がれる、僕はそれを『掴み』――把握してからそれを返す。


炎の魔術を左手で『掴み』、右手でそのまま『掴んだ』としたらどうなるか?

答えは炎が二つに増える。

僕が持つ能力はそういうもの。

時間の経過と共にどっちも消えてしまうものだけど、こうして接触させている間はなくならない。


ぺスが僕を握る限り、僕はぺスを高め続ける。


まるでマイクとスピーカーを近づけたハウリングだ。

無制限に魔力は増え続ける、どこまでも高まり続ける。

機材であれば限界があるけど、僕らの間にそれはない。

極点を通り過ぎてさらに膨れ上がり循環し、銀円は回転を極限まで回し、その放出をしようとするけど間に合わない。


ペスは鎧をつけたまま。

だけどその顔は、その体は、もう生身のそれだ。


こつん、とペスは刀身に額をつける。

ちいさく囁く。

僕は頷く。

照れた笑いは女の子のそれ。

瞼を見開き、魔神を見つめる表情は――僕っていう剣を手にして、鎧を身につけ、魔力の力を振りまく姿は――間違いなく英雄の形。


「行くぜ」


強い声、いつもの強気。

負ける気なんてまったくしない。

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