152.その結末について
英雄……
英雄ってなんだ?
思い浮かぶのはその一言。
この目の前の、横暴きわまりないものを指して僕は英雄だと感じている。
たしかに、そう思ってしまっている。
良い影響も、悪い影響も、何もかもが彼を中心に撒き起こる。
誰もそれを無視できない、誰もそれを否定できない。
ただ己の思うがままに振る舞う存在、世間も社会もあるいは運命ですらもあざ笑い、一人動く。
そうあることに疑問も後悔も持たず、ごく当然の権利、当たり前の特権として他を弄ぶ。
人格その他は関係ない、それだけの影響力を持つことだけが条件だ。
むしろ、他を思いやり、調和を考え、今まで通りを望む心は、他に影響を与える力を下げてしまう、英雄から一歩も二歩も遠ざかる――
呆然としていた僕の前に、ぺスが現れ視界を遮った。
その目は、その意志は、最初からまったく変わっていない。
ある意味では、背後の魔神のそれと同質。
他を、世間を、状況に囚われず、己の想いだけに殉じる。
ああ……
心の底から、嘆息する。
それだけの意志、それだけの執着、あるいはそれだけの想い。
僕には、ない。
この状況では無理だ。
どうしたって、彼らのピンチをどうにかしたいと願う。
魔神のような傲慢も、ぺスのような真摯もない。
状況によってあっちこっちに心は動いて安定しない。
どうやら、僕は英雄なんてものにはなれそうにない。
「ペス」
「なんだ」
そして、それでも僕の気持ちは変化していない。
大『空間』に浮かぶ魔神、その間に立つペス、邪魔をしているのは彼女で、仲間が今にも命を落としそうになっていることの救助の邪魔をしているのもそう。なのに、参った、本当にどうかしている、この気持ちはまるで目減りしていない。
「約束して欲しい――決着がついたら、どちらが勝者となろうと後ろのアイツをやっつけると」
「……」
「ヤマシタさんが、委員長が、ペスの部下が死にそうだ、見捨てることは許さない」
返答はうなずき。
だけどどこか無精無精の不満そうな感じ。
思わず笑う。
「僕は、ペスよりも欲深いらしいよ」
「だろうな」
「一番欲しいのはペスだ、だけど、可能なら全部が欲しい、すべてを助けたい」
「おれにはそんなことは関係ない、おまえだ、おまえだけがあればいい」
きっと、僕らの一番の違いはそこだ。
そこだけが、決定的に異なっている。
僕はペスを手に入れるだけじゃ、足りない。
知る限りのほかの人たちだって欲しい。所有じゃなくて、彼らの安堵と笑顔が僕は欲しい。
少しだけ笑う。ペスの真剣は変わらない。
視線は絡みつき、わずかにも揺れず離れず、もう物理的に接続されてるんじゃないかと思える。
他より少しだけ狭い『空間』、そこが僕らの決戦場。
上には結節点があり青を照らした。
お互いの動きを注視しながらゆっくりとゆっくりと歩く、ただの一歩であっても全神経を使う必要があった。
ペスは、未だ魔術を携えたまま、そこに在る。
この世が終わろうとも僕を捉えると思い定めている。
だけど、本人も気づいてないような無理があるようにも見えた。
端的に言ってしまえば、ペスらしくない感じだ。
いつもみたいに笑っていない。
顰め面ばかりが浮かんでいる。
外では、魔神が高笑いしている、己の絶対が成ったことを確信してる。
欲しいものをようやく手に入れたことの歓喜だ。
そうして、弄ぶように光線を飛ばし続けている、命を奪う程度ではない攻撃で勇者を打擲し、元吸血鬼の腕を折り、その無様を嘲笑する。
英雄――
英雄ってなんだ?
再びの疑問。
僕は以前、殺すべきものを殺すものだと定義した。
じゃあ、この場で殺さなきゃいけない相手って誰だ。
除かなきゃいけないものは、なんだ。
一番は、きっとあの魔神だ、あれこそが殺さなきゃいけないものだ。
だけどその次、二番に位置するものといえば――
「約束するよ」
ペスは静かに言う。
そのペスを僕はじっと見つめる、見つめ続ける。
「命がけで後ろの奴、ぶっ倒してやるよ」
「たぶんぺスには無理だと思うよ」
「知るか、関係あるか、約束したんならやるだけだ」
それを聞いて、僕の気持ちは固まった。
真上の――結節点のそれはまだ青のままだ。
僕は大きく呼吸する。どれだけ酸素を取り込んでも足りないというように繰り返す。
目の前にはペス、その腕にはまる銀円は回転し魔術の制御をアシストし続ける。
まるで以前の状況みたいだ――
そんな言葉が、ふと心に思い浮かぶ。
以前の、扶萄国で塔へと駆けたときのことだ。
僕は邪魔するものをすべて蹴散らしながら直進した。求めるものを得るためまっすぐ、最短で。
僕は今回、もう一度だけ、似たようなことをしようとしている。
「ペス」
「なんだ」
「僕に『掴まれる』ことは嫌?」
「……どうだろうな、そうされたいけどな、同じくらいそれがイヤだ」
「そっか」
「おれにその能力があったらなって思う」
「そうなったら、僕の立場がものっすごく弱いものになってない?」
「なんか悪いか」
「僕にとっては悪い」
「おれにとってはベストだ」
ペスは意地悪く笑う、いつものようなやりとり、どこかズレた感じが懐かしい。反論を軽く口にしようとしたそのタイミングで――光が青から白に変わった。
表情を変えぬままに、優しさと慈しみすら浮かべながら、だけど必殺の速度で迫り来た。
魔術――封印の、封鎖の、所有のそれ。
無理無謀無茶を承知で僕はそれを『掴む』。
ペスの視線が鋭くなる、必勝を確信したものだった。
一瞬、わずかの間であれば拮抗できる、だけどこれは『初めて味わうもの』だ。一度は体感したものであればともかく、最初となれば把握しきることなんて出来ない。一度も炎を触ったことがないのにその概念を得ることなんて出来ない。魔力そのものはともかく魔術部分はまるで未知。『掴み』きることはできない。
じわり、と解析不明のそれが体に染み込もうとする。
「ペス……!」
声の限りに、僕は叫ぶ。
「約束を守れ!」
そして僕は空いた手で、剣を半回転させ、僕自身の胸へ突き刺した。
ぞぶりと沈む、血が吹き出た。
「ッッ!」
ペスが血相を変えて剣を引き戻そうとするけど、一瞬だけ開いた手で『掴み』直す。
片方の手は魔術のそれを、もう片方の手はペスと剣そのものを『掴んだ』体勢。手四つの力比べみたいな感じだ。
口から血が出る、気道や食道まで傷つけたのかもしれない。
痛み苦痛は無尽に無限、どうしてこんなことをしてるんだという気分は当然、だけど、それでも剣を進める、ペスの手を握ったまま。
「おい、やめろ、おい!」
痛切な叫び声。
それは聞けない。
そう、この場で、二番目に殺すべきものは、ただ一人。
僕だ。
僕がいるからこそ、ペスはいつも通りではなくなった。
そうなってしまったぺスを、僕は上回ることができない、それだけのまっすぐな想いがない、それでいて好きでいることを止めることもまたできない。
排除するべきは、この邪魔者だ。
さらに剣が進む。
僕の肉体はそれを食む。
叫び声が遠くなる。
意識もまた同様に。
すべてが消える、遠くなる、それでも『掴む』ことは止めない。魔術の浸食をそれで押さえ込む。僕を封じることは、間に合わない。
少し得意げな想いがあった。
今の僕は確かに弱い、接近戦も不得意な感じになった、それでも、この『掴み』はなかなかのものじゃないか……
泣きながら呼びかけるペスの顔が暗闇に沈んだ。
意識は尽きることなく遠くなる。
そうして、僕は――命を失った。




