151.その英雄について
その衝突は、僕も感じ取っていた。
破壊、って言っていいのかどうかもわからないくらいに無茶苦茶な、どう考えてもありえない規模だ。
純粋な力だけで言えばいままでで一番大きい、未誕英雄世界でだって体感したことはなかった。
それが、二つも現れ、激突した。
大『空間』のすぐ近くで睨み合っている僕らに影響が出ず、立ったままでいられているのかまったく意味がわからないレベル。
何が起きて、今どうなっているのか、それは横に開いた穴から大『空間』を見ればきっとわかる。
うん、わかるんだけど、それはできない相談だった。
だって、目の前の女の子の視線はまったく僕から外れていない。
すでに仮面を取って骨の素顔をさらしてるけど、そこには見慣れた顔しかない。
それだけのペスの持つ魔力の密度が高くなってる。
是が非でも、なにがなんでも、この世界が破滅しても僕を手に入れるという決意がそこにある。
構築している魔術は、まだペスの腕に纏わせたまま。
僕の眼球が少しでも横を向けば、すぐさま襲い来る。
避けられるかどうかは五分五分がいいところ。まあ、たぶん当たるんだろうなと思う。
僕って人間の結末がそれで決定される。どうなるかは未知数だけど、きっとなんやかんやあって最終的には死ぬ感じだ。
「……無効試合ってわけにはいかない?」
視線を逸らさず、手だけで横を示してみた。
まだ横では破壊の衝突が続いてる。
膨大な黒――委員長のもつ力を無制限に遠慮なく破壊に傾けたようなもの。
鮮烈な白――勇者が放った雷というよりもベクトルを整えた破壊概念そのもの。
宇宙開闢レベルとか、そういう感じかなってものが横にあるのに、そっちを振り向くことのできない辛さ。というか、普通にどうなってるのか滅茶苦茶気になる! あと確かめないと余波で僕らごと消え去る可能性だって高いし!
「いいぜ、そうしよう」
迷いのない断言だけど、目にはまったく逆の意志が現れていた。
僕の焦りをぺスは共有してない。
そんなどうでもいいことはどうでもいい――言葉以外のすべてがそう宣言してる。
「僕って、そこまで執着される価値があるかなぁ」
逆なら十分わかるけど、ペスの想いの強さがよくわからなかった。
「……おまえ以外に、おれを受け入れる奴がいると思うか?」
「きっといるよ」
「いねえよ、『生まれ』た後でだって絶対いねえ」
「断言するのは、いくらなんでも早すぎるよ」
「かもな。一緒に確かめてくれ」
「それ、ペスの魔術を受けて、同じ世界に『生まれ』ろってことだ」
「当たり前だろ」
ペスが構築してる魔術は封印のそれ。
僕って存在そのものを閉じ込める術式。『生まれる』ことすら自由にならなくなる。首輪どころの騒ぎじゃない。
「ぺスが『生まれた』先には仲間とか友達とか、きっといると思うけどなぁ」
「……やっぱ撤回する」
「ん?」
飢餓の視線は変わらない。
だけど、やけに優しい顔で。
「他にそういう奴がいても、おまえがいい」
「……」
「うん、おれにはきっと、他のなんていらない」
やっぱりよくわからなかった。
慈愛すら感じるその表情は、だけど、僕が苦しみ悶えて苦痛と恨みと憎悪を叫び、ただペスだけにそれらを向けることを求めてた。曖昧な優しさなんて挟み込まない絶対を欲してる。
運命も力も時間も関係ない――確実な繋がり。
それを求める気持ちだけは、わかった。
そういう部分に関しては、僕だって同じだ。
ただ僕には『掴み』っていう能力があるからこそ、そういう手段を取らずに済んでる。
あるいは、今ペスが構築してる魔術がその代わりってことなのかも。
「んー……」
口だけは動かしてるけど、絡みつく視線の強さはまったく変わってないし、わずかにでも身動きすれば決闘開始な状況も変化してない。
だけど、外の情報は変化していた。
力の衝突が、相殺されて消えつつあった。
あれだけの莫大で馬鹿らしい力なのに周囲に影響があんまりないのは、勇者のそれが指向性の強いもので、魔神の使うそれが逆に『指向性を乱すもの』だからだと思う。
最初の、勇者が放った魔法槍と魔神の反撃、あれを盛大に馬鹿らしいレベルの規模で行われた。
ふ、と消え、膨大な空気が流れ込む。
立っているのが少し辛くなるレベル。
それでも僕らは瞬きしない、ぺスの姿は幻みたいなものだから可能だろうけど、こっちは普通にけっこう辛い。
数秒の、決定的な時間の間は誰もなにもできない。特に空を飛んでいたら風の影響は絶大だ。近くのものにしがみつくか、風のままに流されるかしかない。
そうして――世界が黒く染まった。
文字通りの真っ黒。
なにがどうしてそうなったのかはわからない。
ただ反射的に瞼が痙攣してしまった、それを合図にペスが動いた。すさまじい踏み込み、避けられたのは奇跡。
次の攻撃より先に、大『空間』の方へと向かう。ペスもまた追いかけてくるけど、僕は『空間を掴んで動かす』。
「なっ!?」
結節点が影響を及ぼす範囲を指して『空間』と呼んでる、これは一つの名詞であり概念だ、だったら僕はこれを『掴む』ことができる。さすがに全部ってわけにはいかないけど、ちょっと揺り動かすくらいはできた。
大『空間』側へと数メートルばかり『掴んで』引いた。
僕以外には目もくれてない様子が仇となって、ぺスはバランスを崩した、その隙に僕は距離を取ろうとして――
「――」
それを、見た。
大『空間』の中心、そこから人影が現れ出でた。
それは、突風の隙をついて乗り換えた。
それは、黒雲を制御しきっていた。
それは、委員長を――正確には委員長の体を抱えていた。
長い黒髪、やけにゴツゴツした体躯と長身、すべてを侮蔑し価値を認めない様子。
――魔神だ。
唾を飲み込み、その事実だけが脳裏に浮かぶ。
不運の制御を可能にしたそれが、元の体に魂を戻した。どうして最初からそうしなかったのかは不明だけど、まとわりつく黒雲を鬱陶しそうに振り払い、笑った。
――あ、やばい。
かなり素直にそう思った。
状況は――状況だけを見つめれば魔神にとってかなあり不利なものになっていたはずだった。
減りはしたけど、スライムつきの天使はまだ数を保ってる。
召還された未誕英雄は少なくなってるし、ジツさんやペスの部下たちが健闘してる。
勇者はさすがに大魔術を使った直後だから、辛そうに両手をだらんと下げた格好だけど、それでも余力を残してるっぽいし、ヤマシタさん、委員長は無事だ。
だけど、すべてはその登場で――本来の姿を取り戻した魔神の腕の一振りで台無しになった。
「――!」
やったことは単純、ただの魔力の放出だ。
先ほどの絶対的な破壊からすれば見劣りする暴風、けど、さっきの衝突余波とは比べ物にならない威力。そしてなによりも『的確な破壊』だった。
ジツさんたちパーティ、ペスの配下の魔族、あとヤマシタさんは成す術もなく吹き飛ばされた。叩きつけられ骨が折れ、何人かは重傷を負った。
同時にカマイタチが馬鹿みたいに発生し、すべての天使たちを撃墜した。
また同時に渡る魔力は結節点の支配を一挙に上書きした。
唯一影響を受けない人――幽霊状態の委員長が黒雲を纏って何かをしようとしたけど、霊力も『不運』もあっけなく潰れた。魔神が手を開き閉じただけで、その姿が消え失せた。
委員長に取り憑かれた人は、そんなの知ったことじゃないとばかりに必死に逃げていたけど、両足が蒸発し、動けなくなった。
勇者は歯を食いしばり、反撃を行った。
疲れを感じさせない動き、絶技と言える一撃を送り込む。
だけど、笑う魔神の拳を振り上げ、振り下ろす一撃を――技も技術も何もなく、ただステータス値が高いだけの動きを捉えることができなかった。
腹を貫かれて吹き飛び、湿った音をさせて壁面に叩きつけられる。
そうして身動きせず、何も喋らなくなった。
わずか数秒で、大『空間』内に動くものは魔神だけになった。
「ハハ――不運? 極雷? 所詮はおまえらが操ることのできる程度ものだ、この世界は俺のためにある、おまえら全ては俺の糧だ」
そいつは、特別な出自であり、運命に選ばれ、膨大な力を与えられ、傲慢そのものであり、成長するものだった――その心根以外は、英雄と呼ぶべき存在だった。
それは、ひひひ、と長く卑しく笑い続けた。




