12.全力について
戦うのに理由がある場合と、ない場合がある。
それは、全力を出せるときと出せないときと同じってわけじゃない。
勝たなきゃいけない場面で怒りまくって力を発揮できない。
どうでもいい場面でなんか調子よくいつも以上の力を発揮する。
どっちもありがちで、なんかこう、思い通りにならないなぁ、って感じだ。
どれだけ訓練しても、本番で普段以上の力を出すことはきっとできない。
勝たなきゃいけない場面で、いかに普段通りにできるか、それが訓練をすることの意味だ。
だけど――
「はあ、はあ……ッ!」
遙か格上なのに、なんとかしてでも勝ちたい相手がいて、普段通りの実力じゃまるで敵わない相手と対峙したら、いったいどうすればいいんだろう?
答えは、今の僕じゃ出せそうになかった。
目の前にいるのは、凶悪なフォルムの黒鎧。
全身をトゲトゲとしたそれが覆っていて、目の部分だけが赤く光る。
鎧間の隙間からは、白い蒸気が定期的に漏れていて、胸元中央部分には鍵のついた小さな両開きの扉がある。
一見すると何かの亡霊。
だけど、きちんと実体があるし、剣のみで攻撃をしてくる。
呪い系統の攻撃はまるでしない、なのに実力としては二回生並み。
僕は、手も足も出なかった。
踏み込み、斬る――
普段通りの行いが、ごく簡単に弾かれる。火花と、それ以外のものが散った。
全力のそれが、まるで子供の戯れみたいな扱いだ。
悔しさはあるけど、それ以上に死の予感が背中を走った。
暴風と共に、巨剣が迫る。
避けても翻り、さらに速度を増して来る。
下手な防御は無意味、剣もろともに断ち切られる。でも、避ければ避けるほどに加速する。
まるで高速回転するプロペラが迫ってくるみたいな感じだ。
手動じゃとても捌ききれない。
できることはただひとつ。
回避、回避、回避――!
脳が焼き切れそうな緊張の中、それだけを行う。
ときに空間を掴んで無理矢理に動きを変えて、ときに後先考えない飛び込みで安全地帯に潜り、ときに床の岩を掴んで盾にしながら。
一秒どころか一刹那だって止まっていられない。
連続攻撃が何回されたのかはわからない。
だけど気づけば、敵は停止していた。
振り切った状態で、剣先が地面を指していた。
赤い眼光が光り、鎧の隙間から蒸気が吹き出した。
僕はぜいぜいと荒い呼吸を止められない。
実力はまるで敵わない。
手も足も出ないっていうのは、きっとこういうことだ。
今のも、わざと攻撃の手を止めた感じがあった。
甘く見られているって怒りは湧くけど、それに助けられたのも確かだった。
「か、簡単に考えすぎた、のかな……」
後悔が思わず口から出た。
弱気が後から後から湧いて出る。
それでも、僕は勝たなきゃいけない。
前の、あのボス狼のときに感じたことだ。
今より強くなるためには、何もかもを成長させなきゃいけない。
身体能力も、特殊能力も、戦術構築も、そして装備も。
「――」
僕が今手にしているのは、能力的には平凡な剣だった。
丹誠込めておかしな方向に挑戦した剣。
正直、前の握り潰してしまったブロードソードの方がずっといい。
というか、たぶん、この剣だと敵の黒鎧を通らない。
新しい武器を手に入れるために新しい武器が必要。
でも、この黒鎧を倒さないと素材は手には入らない。
なんだその理不尽、って感じだ。
「まあ、それでも――」
尻尾を巻いて逃げ出すわけにもいかない。
前へ進むと決めたのなら、退くわけにはいかない。
剣を構える。
担ぐようなそれは、防御を考えない攻撃一辺倒の体勢。
まったく趣味じゃないし、僕のやり方でもない。
でも、勝機があるとすればこれしかない。
敵の攻撃よりも先に、こっちの攻撃で粉砕する。
シンプルで脳味噌筋肉な解決方法。
破れかぶれなんだか、冷静に考えた末の選択なのか、正直、自分でもよく分からない。
それでも行う、ただ全身全霊を賭して。
ゆっくりと呼吸し、機会を伺う。
僕自身の調子を整え、ギアを一段ずつ上げる。
魔力、筋力、あるいは運不運、周囲にある何もかもを感じ取り、その何もかもを『掴もう』とする。
剣術において握力は、最後の瞬間、力の伝達と加速のために行うものだ。
全身を可動させ、最速の一点を導き出すための技術だ。
僕は、そこに筋力以外のものを掴むことで、更なる加速をさせようと企てていた。
運を掴むことで、さらに当てやすく。
魔力を掴むことで、さらに威力を高め。
空間すらも掴むことで、剣そのものを硬化させる。
知ったことを、自分なりに応用して叩きつける。
この複雑を、今の僕ができるとは思えない。
それでも、勝機があるとすればこれしかない――
黒鎧が、ちょいちょい、と人差し指を動かし挑発してきた。
この黒鎧は――実のところ誰かが作り出した機械で、言ってみればロボットだった。中の人は誰もいない。この動きもプログラムされたものに過ぎない。こういう時に、こういう反応をするように作られてるだけ。
勝たなきゃいけない場面で怒りまくって力を発揮できない――
そういうことを誘発させるための動作であり行動だ。
うん、分かってる、なにもかも分かってる。
今ここで僕がやるべきなのは、せめて普段通りの実力を発揮することだ。
でも「ぷひゅひゅぅー!」って感じに蒸気吹き出し、口元に手を当てて、赤い眼光がアーチ形して、剣を小脇にはさみながらパタパタ手を動かし、全身小刻みに揺らしてる様子を前に――
「砕けろこのバカロボッッ!」
無駄に力みまくった一撃を出さざるを得なかった。
黒鎧はそれまでのふざけ度合いが嘘だったみたいに、なめらかに動いて僕の剣を弾いた。
僕の両手は、バンザイするように上がり、切っ先は何もない青空を刺した。
やろうとしていたことは、すべて失敗した。
というか、最初の剣速以下だった。
「あ……」
心構えすら最低以下。
一撃の不発に茫然とした、敵を前に意識を空白にした。
黒鎧の攻撃で、ぱかーん! って感じに吹き飛ばされた。
「あー……」
青い空を見上げ、次の瞬間に来る衝撃に備えながら、僕はここに来るまでの出来事を思い出していた。




