149.猫の困惑の日々
「なぜ、どうしてこのようなことに……!」
ヤマシタさんの苦悩はすさまじい勢いで膨れ上がったが、それで事態は解決しなかった。
魔神は暴れ、委員長は元吸血鬼を引き連れ向かい、勇者はおちょくりながら魔術を放ち暴れ続けている。
この事態を招いたのはヤマシタさんのせいではまったくないが、なぜか原因の一部であるように思えた。
出所のわからない罪悪感だ。誰かと離れて好き勝手をさせてしまったせいでこんな大変な事態になった――そんな根も葉もない感覚だ。
不合理きわまりないものだったが、なぜだか「うん、そうだね」と納得している。
せっかく購入した武器は痴話喧嘩のようなものに使われ、追いかけてきた元吸血鬼は再び『鬼』となって魔神を追いかけることを強制され、未誕英雄が多く出現しては殺戮を繰り広げようと目論見、真上から現れた羽根をつけたものたちがこれに先制攻撃をしている。
いろいろと混沌とした状況、戦闘力をさして持たない体ではこれに介入することはできない。
飛行能力を持たないヤマシタさんでは、見ていること以外にない。
――本当にそう、のか?
「……」
そこまでを思って、己の内に反発するものがあると気づいた。
名前をつけることのできぬものだ。
意地とも呼べる、心意気とも呼べる、あるいはプライドとも。
それら全てであって、同時にまったく異なるものだ。
しょぼんと垂れたネコミミをピンと上げて、立ち上がる。
そうして一つ呼吸する。
見れば状況はクリアだ、細かいことを全て放って整理をすれば、つまりは「魔神をどうにかすればいい」。それ以外のことなど些事でしかない。
この手助けとなるものは、いったいなにか?
か弱い身で出来ることはなにか?
縄張りを――つい先ほどまでいた『空間』を守ることができるのか?
「なるほど」
タブレットを取り出し、操作を始めた。
+ + +
ジツのパーティは飛行能力こそ得たが、それで有利となるわけではなかった。
なにせ今までの戦闘経験がほとんど使えない。
飛行状態では前衛後衛の概念がほとんどない、常に移動しながら攻撃も防御もしなければならない。それも単純に前や後ろだけではなく下や上など全方向にも注意を向ける必要がある。ひとつ間違えれば下がどこかわかりなくなりそうだ。
「うひぃ……!」
その中でもウーツは、いち早くこれに適応し、敵背後に現れては取り付き、その喉笛を切断して回った。
テンポよく敵を排除して行くが、それも敵襲団が混乱から立ち直る間だけでしかなかった。
空中戦であっても数の利は、やはりある。
一対一で互角であれば、一対二となれば不利であり、一対三ともなれば無理に近い。
「キョウ! これ以上のモンスター召還は無理か!」
「無理なの!」
赤や青の光を一秒で通り過ぎていた。
大『空間』をそれぞれ色分けし、少し動くたびにステータスが変化する。
ただでさえ慣れない飛行の最中だ、魔術の構築すら難しかった。
「く――」
つい一秒前までは気軽に殺せた相手が、一秒後には難敵となる。
特に銃器を持つ相手は厄介だ。地面に叩きつけられ、今にも死にそうな有様だが、恐ろしく正確な狙撃を行っていた。
無数に繰り出される攻撃の数々は、後衛をしている者には厳しい。
常日頃、いかに周囲を気にせず魔術を構築するかを鍛錬していたというのに、今は敵も味方も動き続けて止まることができない。
――追い込まれている。
その感覚があった。
五分後か、一分後か、あるいは十秒後には敗北する。
このままでいれば落とされる、全員が死ぬ。
瞬間的に認識し、すぐさま決断した。
「上へ向かう!」
「え」
「あそこで待機している魔族たちに接近する!」
「まじでぇぇぇぇぇ!?」
「文句を言うなウーツ、今はどんな戦力であっても必要だ!」
そこにいるのはペスが率いてきた集団だ。
上手く飛行することのできないキョウはジツが抱え、もう片方はウーツが抱えながらの飛行する。
進行方向から見れば×を描くような形で羽ばたき、上昇した。
当然のことながらその背後からは多量の召還されたばかりの『魔神の配下』を引きつけていた。
彼らは人間側の敵だが、同時に魔族側の敵でもある。
二つの集団の狭間を衝突させるようなコースへと誘導しその直前、ジツは左へ、ウーツは右へと直角の軌道を取った。
上で待機していた魔族は――ペスの引き連れたものたちは、戸惑っていたが、それでも彼女の配下だ。
被害を恐れず敵を倒し、命がけの戦いこそを本分とするものたちだった。
以前、ジツたちのパーティにそうしていたようにだ。
目の前に、わかりやすい敵が現れれば、迷うことなどなかった。
全員が笑い、武具を手に取った。
鍛え上げられた集団と、生まれたばかりの未誕の英雄たちは衝突。
刃と魔術と雄叫びがその一帯で飽和した。
「ッ!」
ジツは余波だけで吹き飛ばされ、背中を強かに叩きつけられた。
キョウが回復を行おうとするが手の動作だけで押しとどめる。
睨む先では、はぐれた何人かがこちらに来ていた。
それだけでも手に余る相手だ。
もともとの地力が違いすぎる上に、妙な能力まで持っている。マトモに戦えば勝率は低い。
「こちらだ!」
叫び声が聞こえたのは、そんなときだった。
見れば仁王立ちするネコミミが大『空間』の中腹あたりから顔をのぞかせ叫んでいた。
まず、キョウがそれを認め、急いでジツの肩を叩いた。
ジツは振り向き、大きく目を見開いた。
その周辺一帯が、すべて『青』に染まっていたのだ。
おおよそ大『空間』の四分の一程度が一つ残らず。時間による変移も行なわすただ青だけを光らせていた。
それはつまり、どれだけ拙い飛行技術であっても、ステータス底上げが常に続く一帯ということであり――
敵の攻撃を阻む防御力を手に入れ、『回避のために飛行しても安定して魔術を構築することができる』広さがあるということでもあった。
「拙者がこの辺り一帯の結節点を買い取った、すぐさまこれを譲渡する! すべてお主たちのものとなる! これを活用するのだ!」
ダンジョン内のものの多くは売買することが可能だ。
その対象は、結節点そのものですらも例外ではなかった。
だがこれは、通常であればまったく愚かな取引だ。
なにせ普段であれば時間をかければタダで手には入るものだ。時間短縮にしかならない。無駄遣いの極みともいえる金銭の使用方法は――
「天使様なの……ッ!」
さらなる大馬鹿者の目を輝かせるのに十分なものだった。
「あ、おい……!」
キョウは空を駆ける。
ステータス画面より譲渡依頼の契約文面を認識し、これを受諾、膨大な数の結節点すべてから一つの種族を選択し、これを構築する。
それは通常では絶対にありえない、「多数結節点の同時モンスター生成」だった。
視界を阻む岩が残らず消え、金銭で結節点の支配権を獲得し、これを行える下地を作り上げた。
魔神が未誕英雄という種族を同時に作り出したように、キョウはモンスターの作成をした。
なにを作り出すかなど、決まっていた。
「む……?」
ちなみに、もう四分の一ばかりは赤に染まっている。その結節点群はもう譲渡してあった。
こちらは仲間を殺されたことの復讐に燃えるとある鳥魔族がうにゅるうにゅると飛行できぬモンスター――スライムをすさまじい勢い速度で生成していた。
多種多様の、さまざまなモンスターの使役を前提としていたものが、今は二種類のモンスターだけしか生み出さない。
ヤマシタさんには、どうしてそういうことになっているのかまったくわからなかった。




