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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
試験Ⅱ
155/179

146.勇者と運の日々

対人としては『最硬』のもので決着をつけようとしたが失敗した。

そして、勇者に飛行能力はない、成す術もなく落下するだけだ。


・あっちゃあ……


まあ、両足犠牲を覚悟すれば、まだ戦闘継続は可能かなと覚悟を決める。

骨姿とタレ目が戦う姿が遠ざかり、ただ重力に身を任せる。

更に真上の仲間たちの姿が少し悲しい。


だが、広がった『空間』は、飛行モンスターの移動速度を存分に発揮できる環境でもあった。


真上のキョウがなにかを叫んだ、気がした。

彼女がさんざん作り出したもの――天使モンスターが複数まとめて通路より飛び出し、衝突するように勇者を抱き止めた。


千切れんばかりに羽ばたき、落下威力を殺す。土煙が盛大に舞う。

真下との距離感覚は五十センチもなかった。


・ぎりっぎりぃ……


内心冷や汗を流すが、表情には現れない。

代わりに感謝の動作を天使たちに伝えた。


真上で仲間たちが盛大に文句と安堵と非難を叫んでいる、それに対して申し訳なくも思うが、やはり表情にまでは伝達されない。

天使のそれと同じような、内容のない笑みだけが口元に張り付いているだけだ。


地面に足をつきながら、見上げる。

恰好の隙をなぜ敵が逃したのか。


・あー、けっこう使いこなしてるっぽかったけど、そでもないのかなー。


浮遊は可能なようだが上手く飛行まではできていない――そんな魔神の様子があった。


魔神は舌打ちし、悪態をついていた。

思い通りにならない能力に苛立ち、その苛立ちがまた能力の把握から遠ざけた。


『空間』の中心、その歪んだ顔で暴れるその近くには結節点があり、その中心には人影がある。

今は空っぽとなっている魔神の体だ。かなり力を消費し、結節点の球は縮んでいる、その中心のシルエットは――


・あ、やっぱ男だったか。


そういえば、もともとこのダンジョンと呼ばれる場所はそういうところだったかと思いながらも、抱えてくれている天使に合図を送る。

こちらの意図を察してくれたのか、彼女を抱えてふわりと浮かび上がり……


・ん……?


そして、にこりと微笑みかけたと思ったら、天使の姿が消えた。

現在、高さとしては五メートルほど、反射的に着地に備えようとするが浮かび上がったままだった。


なぜだろうかと確かめると、背中に羽がついていた。

思い通り、意志通りに、まるで最初からあったかのように自然に動かせた。

それが重力に逆らう浮遊を可能にさせていた。


・あー、キョウがなんかやってた奴の成果ですかいな。


ビックリさせるなと、少しだけ文句を言いながら、やはりそれでも表情は変わらない。

ただ上を――標的となる敵を見据える。

できたばかりのそれをおおきく羽ばたかせ、飛翔する。

ペスの魔力に依るものとも、タレ目の無理矢理の軌道変化とも異なる軌道。

自由にただ空を駆ける。


ほんの一瞬だけ、視線を走らせる。

周囲の状況を把握するためだった。


真上では、ジツをはじめとした仲間たちがこちらの様子を捉え、彼らもまたこの『羽付け』をしようとしていた。


少し離れた場所にいる、魔王に率いられて来た魔族たちは戸惑うばかりだった。

その魔王は球状の『空間』のすぐ外側を沿うように移動しながら戦闘を続けている。

瞬間的な魔術の爆発と制御、その有様を勇者は『見る』。

最適装備を使用しての彼らの戦いは、とても楽しそうだった。


最後に、横方向の『空間』にやはり戸惑うものたちがいる。


・ん……?


その場所に、かすかに、幻のように、誰かが勇者を見つめた――ような気がした。


・気のせい?


わからなかった。

だが、その地点にいるものたちを、他ならぬ魔神が注視していることはわかった。

好意的なものではなく、敵意ですらなく、害虫を見る目だった。


両手をそちらに向け、無形の暗雲を生成した。

弱者を苛む快楽を表情に浮かべながら、ゆっくりと力を集積させ、黒光の球とする。


迎撃も防御も、あるいは回避ですらも難しい攻撃だ。

あれは時空を操るものだ、あるいは運命を。

触れればただでは済まず、近づくだけでも危険となる。

だからこそ、魔神はただ一人の怨敵だけを標的にしていた。

勇者はもちろん、それ以外のものたちは意にも介さない。通用するはずがないからだ。


「→てやー」

「!?」


だがその脅威――ただ接近するだけで破滅しかねない暗雲をつっきり、勇者は挨拶がてらに剣を振るった。

委員長の体に向けてではなかった。

結節点内部の体に向けてだ。


「やめろ!」

・やっぱりただの物理攻撃じゃ無理かー


簡単にそれは弾かれた。

ジグザグな飛行で距離を取ってから、再び接近を試みる。


「僕の体を傷つけるな奴隷!」

「→わははー」


魔神の甲高い声に、馬鹿にしたような笑いを返す。

連続して黒光の弾丸が打ち込まれるが、そんなものに当たりはしない。

というよりも、精度が悪すぎてそもそも当たる軌道を取っていない。


お返しとばかりに、ちまちまと魔術攻撃を繰り出す。

もちろん、一つ残らず『体』の方を狙ったものだ。星々のように浮かぶ結節点、その内の『青』に近づきステータスを底上げしてからのものだが、もちろん途中で消失した。


・んー……


さらに目を凝らし、暗雲の高まり――委員長が不運と呼ぶ無秩序の塊、その濃度を見据える。

刻一刻と変化する時間――いわゆる未来と呼ばれるものへ視線のピントを合わせる。

勇者と呼ばれる彼女は、常人よりも広い視界を持っていた。

先ほどは、そうして接近した。今度はきちんと通用する一撃を送り込むつもりだ。剣を握る手に力を込める。


・あ、やべ


魔神が、力を放出するとわかった。

その発動の一瞬前に飛び退いた。


この大『空間』を作ったほどのものではないが、球状に黒光が広がり、すべてを飲み込まんとした。

完全に、追いつかれる距離であり速度差だ。

未来予測をするタイミングが遅すぎた。その爆発を避けることは不可能だ。

そう――『その力の高まりを事前にわかっていない限り』。


「あああぁあぁあ!」

・は……?


攻撃に先んじて、飛行し来るするものがあった。

元吸血鬼にして元魔王だった。

涙目で、なんの支えもなく勇者に接近した。

たしかについ先ほどまで『空間』にいたはずの彼女が、盛大にひきつった顔をしながらぐるんぐるんと、まるで「見えない誰かに引きずられるように」しながら迫った。


――なんか運がいいっぽいのがイヤですけど、マイナスにマイナスってことにしておきますかね。


そんな呑気な声と、くすくすの笑顔が見えた気がしたが、ともあれ、駆逐しようと広がる黒光が目の前で、ぽわん、と音を立てて無くなった。


積もった雪をぱっと手で振り払った、その程度のあっけなさだった。

トンネルを高速移動するように破壊が過ぎ去った。


・えー……


思わず呆然とする。

魔神は血走った目でこちらを見ている。


浮かびながら叫ぶ元吸血鬼、そこから徐々にセーラー服姿が見え始めていた。


「おまえ、ふざけるな!」

「一人での移動って難しいんですよ? 取り憑く人と一緒じゃないとこの距離は難しいのです」

「だったらあっちのネコミミにしろ!」

「そんな運のいいことをヤマシタさんにできません!」

「こっちの生存を脅かすようなまねをするなと言っているんだ!」

「今まさに風前の灯状態の命ですよね?」

「く――」


勇者は首をかしげながらも。


「→ええと、ありがとう」


一応礼を述べる。


にこりと、『それ』が勇者を見つめて微笑んだ。

なぜか、とんでもなく嫌な感覚が背筋を這った。

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