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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
試験Ⅱ
154/179

145.二人勝手な日々

最初の一撃――スライムの多くを吹き飛ばした一撃は、あくまでも魔神が試しで撃ったものだ。

まったく本気ではなく、威力もそれほど込められていない、小手先のジャブのような、試すような一撃だった。


だから、次の攻撃こそが本命だ。

それは――魔神を中心点として彼らがいる位置までを半径とし、球状にすべてを消し飛ばした。


「――」


破壊もなく音もなく、ただ消えた。

鳥魔族の一歩先には何もなく、膨大な広大が――世にあるどのような構造物より巨大な『空間』が出来上がった。


結節点が、赤や青や白の光で周囲を染めながらも浮かんでいる。

まるで宙に浮かぶスポットライトが無数にあるかのようだ。


その中心には、一人の姿がある。

ごく小さなそれは、とてもこの破壊を成したものには見えない。


「あ、これはびっくりです」


委員長は本当に驚いた顔をしていた。

つい先ほどまであった歓喜は、ぬぐい去られたように消えている。


繋いだ手すら離して、『それ』と対峙する。

豆粒のようにしか見えない遠距離、それでもその存在はわかる。

幽霊と実体、まったく同じ二つの形があった。


「なるほど、私の体に憑依したのですね、たしかに、あのままでは鼻炎に悩まされ続けますからね」


膨大な『空間』の中心で、委員長の形をしたものが、委員長が一度も浮かべたことのない曲がった笑みを浮かべた。

対する悪霊も、一度も浮かべたことのないものを浮かべていた。苛立ちだ。


「その不運は、そのように使うものではありません。あなたの幸福のためのものではないのです。万人を等しく不運にするために使うべきです」

「それはそれで違うのではないだろうか!?」

「そうですかね?」


穿ったそれは広大なものだ。

ヤマシタさんのいた地点、経済中心の隠蔽『空間』にまで届かなかったのは幸いだが、じゅうぶん『攻撃範囲』にあることはわかった。

だが、その広大さは、別々の地点にいた人間のショートカットにもなっていた。


上からのぞき込む者多数、何人かが即座に飛び降りた。

その数は三。


「は、え、魔王様!?」


呆然としていた鳥魔族が叫んだ。

無骨な装備に身を包んだものが笑いながら飛翔する。


「あ、やはりいましたか」


もう一人はやけにタレ目の者であり、ジグザグに無理矢理の飛行をしていた。


「――かの被写体は……」


最後の一人は、そんな飛行機能をまったく持たずに、ひょいとただ飛び降りた。

上からは彼らを止める叫び声が上がっていたが三人とも気にしていない。


「→号雷法槍」


勇者は、相変わらず緊張感のない表情で、その手に雷の槍を作り出す。

遅れて、口から発せられていない声が響いた。


「→魔雷貫槍」「→炎雷縛槍」「→水雷刺槍」「→風雷裂槍」「→土雷固槍」


選択されたそれらが一度に現れ、手にした魔槍に重なる。

時空そのものをねじ切りかねない唸りを上げるそれを――同一人物による同時多重詠唱による一撃を、勇者は躊躇なく解き放った。


人外の獣を連想させる咆吼と共に発射され、『空間』に直線が引かれた。


対する魔神は、ただ手を広げた。

歓迎するように浮遊し、待ち受ける。

体は動かず――ただ周囲を濃い黒雲が膨れ上がり、直線を描いて接近する槍を包み込んだ。


まっすぐに、目標にのみ突き進んでいたはずのそれが、すさまじい勢いで『迷った』。

黒雲の中を幾度も直線が引かれては屈折し、ついには、ぼふん、と情けない音を出して消え去った。

必殺の一撃はなんの効果も発揮しない。


しかし、その暗雲を遮蔽にし、加速した者たちが左右から出現する。


「喰らえぇえええ!」

「ぉ嗚呼ッツ!!!」


二種の攻撃が繰り出された。


一人は、自身を砲塔と見立て、以前よりも高い魔力伝導率を誇る体を使い、極限まで圧縮した魔力を砲撃する。

もう一人は、先ほどの雷すらも把握し、百を越える概念を購入したばかりの武器へと『掴み』伝えて投擲する。


どのような敵であろうと当たれば無事では済まない。問答無用で消し飛び終わるとわかる左右からの必殺。

魔神は、これに当たることを選択しなかった。


口元を曲げて、両手を左右へとかざす。

それだけで時空が歪み、攻撃がぐにゃりと行く先を変えた。

衝突地点にいた魔神を避けるような軌道を取り、左右にいる相手へ向かった。


「く――!」


咄嗟にペスはこれを回避。

その背後では爆発と貫通が連続する。


「!」


タレ目は、咄嗟にこれを『掴んだ』。

吹き飛ばされながらも把握する。


壁面に背中を打ち付けられる。背骨の折れかねない衝撃をやり過ごそうとわずかに力の方向を変える――即座に反応、上へと昇った。土煙が上がり、背中をヤスリ掛けされたような有様だが、概念そのものを掌握し切る。


ペスは睨みつけながらも笑った。


――全力だってのに、受け止めやがった……!


笑い、飛翔し、後を追う。


タレ目はようやく一つの『空間』に滑り込み、体を強打しながらも止まることができた。


「ああ、もう、まったく……!」

「お久しぶりです」

「む、むむ……?」


偶然か不運か幸運か、委員長とヤマシタさんと鳥魔族と元魔王のいる『空間』だった。


「あれ……?」


背中から血を流しながらも、見知った顔があることに気がついた。


「あ、そういえばあれって委員長だった」


ついさっき、全力の一撃を投げた先にいたのが、そのような姿をしていたことを今更思い出した。

そんなこと、まったく注意を払っていなかった。


「こ、これは――この中破的な姿はッ! なぜ今この時にカメラがないのか、どれほど悔やんだところで悔やみ切れぬことでしょうッ!」


タレ目は、黙って『掴んで』いた破壊の塊を投げた。

ゴミがあったから拭いといたレベルの何気なさだった。


飛翔したペスがこれを弾き飛ばさなければ、確実にその『ゴミ掃除』は完遂されていただろう。


「おいおい、人の部下、気軽に殺そうとすんじゃねえよ」


光球は魔神の方へとぽぉんと飛んだが、当たり前のように黒雲に紛れて消える。

タレ目は不本意そうな顔をしていた。その口を開くより先に――


「一つ、頼みがあるのだが聞いてはもらえないだろうか!」


ヤマシタさんが叫んだ。

微妙な力関係の、奇妙な均衡を縫うような声だ。


初めて見るその相手に、ペスは不審そうな顔になった。

タレ目は、側にいる委員長の様子を目に留め、あ……と何もかもを察した顔となった。


「拙者たちは、今、あの魔神に襲われている。この撃退のために、あなた方へ装備の援助をする用意がある」


端末を操作して取り出したのは、一つは剣。

概念伝達のそれは、今までの中の最上品であり、同時に「見た覚えのあるもの」だった。

以前に壊してしまったそれを、鍛えに鍛え上げた果てにある。


もう一つは腕輪。

精緻な文様は一つ残らず魔術的な要素を秘め、この世のあらゆるものよりも魔力への高い伝達性能を秘めている。

その内側ではあらゆる魔術文様がその発動の機会を待ち望んでいる、これほどまでの品となればこのダンジョンの中であっても使用可能だ。


「これらの提供する代わりに、あの魔神を倒してはくれないだろうか」


呆然と二人はそれを受け取る。

慣れ親しんだものだけに、その価値がわかる。その威力を承知する。その相性の良さを理解する。


手に取り、そして――


「は……」

「ハハ……」


吸い寄せられるように、相手を見つめた。

瞬間、二人の姿が消えた。

こんなにも素晴らしい装備を向ける先は、今この時に限れば一人しかいなかった。

否、そもそも最初の攻撃ですら「魔神を対象にしたものではなかった」。


「な!?」


ペスは瞬間的に魔術を構築し、タレ目は瞬間的に『掴み』を発動させてこれを切り裂く。

広がろうとした炎は剣へとまとわりつく。

殺意とそれ以外を込めて振られた剣の灼熱は、すぐさま構築されたぺスの魔術が迎撃する。

だが、その破壊ですらも『掴み』切る。

爆発と収束がほぼ同時に発生し、途切れることなく連続する、位置は刻一刻と遠くなる。

あっという間に二人は遠ざかった。


「……な、な……?」


呆然とするヤマシタさんは、もちろんわけがわからなかった。


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