144.消失攻撃の日々
叫び声は悲痛というよりも、奇声と呼ぶべきものだった。
その声量に押されるように、破砕した内側から少しばかり傷ついた黄金色のスライムが出た。
「な、なんということでしょう! ここに来るまでに撮り貯めたすべての映像が木っ端みじんに……! 我が美の殿堂へ貯蔵すべきものが消え失せてしまうとは! ああ、そういえばバックアップは大切だと聞いた覚えがありますがこのような事態を想定してのことだったのでしょうか、いや、なによりも、これではいくら脱がせたところで意味がないでしょう!」
ダンダンと地面に羽を打ち付け悔しがった。
鳥魔族からは、委員長の姿はいまだに見えず、ただ偶然壊れてしまったとしかわからない。
はらはらと流す涙の合間合間には、「裸が、ヌードが、ぬぎぬぎが……!」という単語が挟まる。
今まさにその被害に会った元魔王がその尻を蹴り飛ばすが、残骸を抱えてオイオイ泣く要すに変化はない。
周囲のスライムたちは微動だにしないままだが混乱の気配をぷるぷるさせ、黄金色をしたスライムだけがその肩をぽんぽんと叩いた。
元吸血鬼と元猫の現ネコミミの二人は、もはやそんな様子など目に留めずに睨み合った。
いくらか溶解した装備に身を包みながらも、視線の鋭さは変わらない。その対象は、だが、ヤマシタさんではなく、手を繋いでニコニコとしている方だった。
「なぜ、おまえがここにいる、もはや用はないはずだ」
「そうですね」
「一刻も早く、魔神から離れる。我が身の安全を確保する。おまえは邪魔だ」
「わお」
「あの魔神を止めたければ勝手にしろ、興味はない」
「ええ、とてもいい感じです!」
「相変わらず……ッ!」
のれんに腕押し、どれほど険悪な顔で言ったところで、委員長は笑顔でうんうんと頷く。相変わらず楽しそうだし嬉しそうだった。
「――!」
その様子を見て、手を握るヤマシタさんは最大級の悪寒に襲われた。
委員長が拳を突き上げるような動作で小躍りする様を見て倍加した。
本来であれば、こんな厄介なものを渡して来たことについて文句を言い。今度はこちらが『タッチ』して鬼を交換しようとしていたが、それどころではなかった。
全身全霊、すべての器官を使って周囲を警戒する。
ついでに握られた手をふりほどこうとするが不可能だ。
その顔は青ざめ、小刻みに荒い呼吸を繰り返す。まるで今まさに殺人鬼に襲われようとしているヒロインのようだった。
「おい……?」
こちらを睨みつけていたと思ったら、突然周囲の警戒を始める様子に、さすがに不審を感じた。
その「なんだコイツ」と視線を飛ばす様子は、ヤマシタさんの苛立ちを瞬間的に高めた。
「拙者には魔力的な感知力はあるがそれ以外となるとそれほどでもない、なにか異変はないだろうか!」
「なにを言っている、そもそもそこの悪霊が取り憑いたおまえは――」
「えへへ、ふふふふぅ……」
「これほどまでにご機嫌の委員長を前に、なぜそのように安穏としていられるのであろう! 言いたくはないがさすがに呑気かつ愚かに過ぎるのではないだろうか!」
「なにを……!」
「我々がこの場に集合したことは偶然ではない! この集合は間違いなく『運が悪い』こととなっている! そのバロメーターとなるものが目の前にあるというのに無視する行いを、拙者は愚か以外の言葉で表現することができぬ!」
委員長は両手で口元を隠しながら、くすくすと笑いを続けている。
本人にも根拠のわからない歓喜だった。
目は笑顔の形に歪み、その体からは自然と黒い何かが這いずり迫る。
ヤマシタさんが手を握っているにも関わらずだ。
この場の誰もそれを視認することはできないが、悪寒という形でそれは現れる。
魂の震えで感じ取る。
「む、ぬ?」
『空間』内部を、黒雲が埋め尽くす。
見えぬはずの者ですらも、徐々にその姿がわかろうとしていた。
滲み出るように現れた少女の様子を、鳥魔族はまんまるの目で見つめる。なぜ今まで見逃していたのかわからない。
反射的にビデオを構えようとしたが、フレームだけしか残っておらず何の映像も撮れなかった。
はらりとその両目から涙が流れる。
「嗚呼……」
切なくそう呟く鳥魔族ことジズを瞬間、黄金色のスライムが包んだ。襲い掛からんばかりの速度で広がった。多種多様なスライムが更に取り囲む、待機していたものたちが残らず移動し、ただの一瞬で防御体勢を形成した。
ぷるぷる震えるものたちが、メートル単位の分厚い壁となる。
それらは――すべて残らず蒸発した。
遠方より黒い光がレーザー状に投げかけられたのだ。
耐性も膨大なヒットポイントも特性も、すべては膨大な破壊力を前にしては無意味だった。
悲鳴を上げる暇すらなかった。
+ + +
「は、え、でしょう……?」
身を挺して守った結果として、ジズは無傷だった。
ただ呆然と、もうもうと立ち込める煙と破壊の痕跡を見つめる。
そのつもりはなかっただろうが、ちょうど影となる位置にいた元魔王とヤマシタさんと委員長もまた無事だ。
熱の余波が肌を擽るが、ダメージとしてはなにもない。
「な……」
元魔王が呆然と呟いたのは、攻撃されたからではなかった。
感知した魔力の痕跡のせいだった。
分厚い岩盤を貫く威力は知っている。だが、この位置を、ただの人間となってしまった者の位置の探知は不可能だ。
実際、その攻撃はただ適当に、どこかに当たれば幸いとばかりに放出されたものだった。
にも関わらず、がくんと途中で曲がってこちらに向かい直撃したのだ。
追尾機能ではなかった。どちらかといえば攻撃の引き寄せだ。
「おおー」
運の悪さが攻撃の直撃を招いた。
「あちらから、認識されてしまいましたね?」
そして、直接通路が連結したのであれば、『魔神』は憎むべき敵である吸血鬼の位置を理解した。
白と黒、明確で妥協を許さぬ色彩の気配。それがまっすぐ一人を標的とした。
背筋が凍り、足がすくむ、この場から逃れる方法は?
まったく思いつかなかった。
「魔神が……」
「……なるほど、その名を称して不自然ではないほどの力があるようだ……」
曲がり直撃したそれは向こうの姿を見せることはない。
しかし、それでも気配と、力の規模は伝わった。
遥か遠く、一歩を踏み出した様子をたしかに感じた。
それだけで、ダンジョンそのものが揺れ動いたと思えた。
止まる思考の代わりというように、ゆらりと鳥魔族が立ち上がった。
「カメラを壊されることは致し方ないことでしょう……」
顔は呆然と、虚空を見つめているかのようだ。
「あるいは、美しきものにこれを壊されることは、ある意味では本望ですらあります……」
「む、その……?」
「このように礼拝し、賛美し、地に額づけることを躊躇うことはありません……」
おびえる者と、混乱する者と、微笑む者。
三人の前に立ちふさがる一匹の魔族は。
「しかし! 我が同胞を意味もなく、理由もなく、その根拠もなく破壊される覚えなどないことでしょう! そもそも無差別と思われる破壊はすなわち美の破壊に他なりません! 魔神? 知ったことではないでしょう!」
後先も考えず、変態が突進しようとした。
だが、それよりも先に、何もかもが吹き飛んだ。




