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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
試験Ⅱ
144/179

135.健康第一の日々

廃墟ではないが、人の気配は無かった。

巨大『空間』内部に建てられた建物。結節点を通じて職人を呼び寄せ、莫大な素材を購入し、数年の歳月を経て建てられたそこに、生きている者は誰もいない。


中央最上部には部屋があり、そこには一人のモノがあった。

狭く、暗い部屋だ。

居れば圧迫感に押しつぶされそうになり、すぐさま退席を望むだろう。


そこにいるモノは、白い肌と白い指に、白い髪を持っていた。

病的な色合いのその内部に、生きた血は通っていない。

死したまま動き、考え、頬杖をついた。


結節点の照らす光は彼女を害することはない。

地上と違い、その光は肌を焼かず、存在を否定することもない。出歩く自由を謳歌できるが、それは「ダンジョン」と呼ばれる牢獄に囚われたことをも意味する。

棺の中で過ごすか、巨大な棺の中で過ごすかの違いだ。


彼女はため息をつく。


十代中頃と見える彼女の手には生首が乗り、しゃべっていた。

体は無くなっていたが、手の神経を首の切断面より接続させ、血液を循環させ、直接その意志を支配下に置いていた。


白目を剥き、顔を恐怖で固定させたそこに、魂と呼ばれるものも命と呼ばれるものも無い。

物質としての記憶のみを再生され、彼女のいる『空間』を襲い来た理由をしゃべり続けた。


曰く――吸血鬼とは人類の天敵であり、残らず殺さなければならない害悪であり、どれほどの犠牲を払おうとも滅すべき病原菌である。だからこそ、これを倒さなければならない――


聞く彼女は顔にちらりと皮肉を見せた。

手より伝わる本当の感情の有り様は、虚栄心と名誉欲だ。

言葉通りの想いなど、カケラもありはしなかった。

死した後であっても嘘を付き続けるその有様は道化そのものだ。

生きていた頃は、本人ですらも信じ込んでいた嘘に違いない。


「はは……」


声とは裏腹の本当の想いにのみ、心の耳を傾けた。


そうとも――公式に人類の敵と見なされたものを倒せば、これ以上ないほどの栄誉となる。

まして、相手は他の魔王と違い、多くの魔族を配下としない「手頃な相手」だ。

どれほど調べようとも、配下となるゾンビだけがあり、魔族はいない。

敵となるのは吸血鬼一匹のみ。

当てになるかどうかわからぬ勇者など待つ必要などあるはずもない、むしろ、これに頼れば、せっかくの武勲にケチをつけられかねない。俺だ、俺だけが魔王を倒す栄誉を得る……


「そうして招いた、この結末」


頬杖をつく彼女の周囲では躯が詰み上がっていた。

狭いと見えた室内は、それだけの量の死体が占有していたからこそだった。

意志と命を無くした眼球があちこちに向けられていた。


「なるほど、まったく無能だ、あなたは」


舌打ちし、一転して忌々しげな表情で生首を投げた。

自身の神経網が引きちぎれるのも気にせず投擲したそれは、死体群の空いていた箇所へ入り込み、それきり沈黙した。


手を振り、混ざってしまた血を排出する。

その動作ですら苛立ちが混じっていた。


そうして、屋敷の内部は静かになった。

部屋内に密集した彼らは、そのうちに彼女の下僕として目を覚ますだろうが、まだいくらか間がある。

大規模な軍としてやってきた人間たち、彼らによって掃除や料理や剪定をしていたゾンビを残らず彼らに蹴散らされた。

彼ら自身がこの補充として有用だが。条件付けや最適配備を考えると、いささか面倒にも感じていた。


だが――


「次は、どうだろうな」


そうも言ってはいられなかった。


魔術を投射する。

結節点を利用した魔術構築だ。それは薄暗い室内に三次元的な地図を作成した。

他より大きな『空間』であるここを中心にして球状に展開されるそれは、一秒毎ににどこぞのタレ目が絶叫しなければならないほどの金銭を消費して描かれる『リアルタイム情報』だった。


まず目に付くのは、この周辺の空白具合だ。

周辺を存分に蹴散らし放置したため、大半は中立地帯であり、どの勢力にも属していない白が表示される。

東側と西側から人間陣営の襲撃を示す青の痕跡があるが、全体からすれば微々たるものでしかない。


それ以外にもぽつぽつと青や赤があるが、それらは『空間』一つか二つ分のみの、少数勢力のものでしかなかった。

身を守るために、弱小勢力が膨大な空白地帯で暮らしているのだ。

たまに貢ぎ物をよこす以外には、特に交流もなく、関わることもない相手だった。

滅ぼす価値すらありはしない。


問題は、いや、その興味は――


ここより五十『空間』ほど上に、別勢力が出来上がりつつあることだ。

最初は他と変わらぬものだったが、急速に拡大し、勢力を延ばした。計画性もなく広がり続けていたそれは、今は真っ直ぐ真下へ――この地点を目指していた。

まるで貯まった血が一滴こぼれ、落ちているかのようだった。


その進行速度を見れば、どのようにしているかはわかる。

この勢力の主は前線に立ち、味方を鼓舞し、戦っている。


無謀とも思えるほどの、百年来の仇敵を見つけたかのような速度だ。

思わず目尻が下がり、うっとりと微笑む。


また、その赤と平行するように青も来ていた。

こちらは勢力を伸ばすということをまったくせず、ただ真っ直ぐ、愚直に迫っていた。

足がかりとなる支配地域を作成する様子もなく、放置による結節点の陣営中立化を押しとどめようとする気配もない。

『空間』制圧のセオリーを無視し、自らの手足のみで立ち向かおうとする気概と実力は、遙か太古の冒険者と呼ばれるものたちを思わせた。


その対象として――倒されるべき「魔王」として在ることを思えば、普段は止めてある心臓ですら高鳴りそうだ。


どちら片方が来るのか、あるいは共闘して来るのかは知らない。

だが、作成したばかりのろくに鍛えてもいないモンスターを前衛へと追い立て、安全な後方にて物見遊山の様子でいるゴミどもよりは、ずっと楽しめる相手に違いない。


「ああ、どうするべきか……」


これらに対して、『空間』からさして離れるわけにもいかないことが悔しくてたまらない。

膨大に残された人間の死体――そこに残る血を見つめながら、彼女はどうするべきかを考えた。


「む……」


だがそれも、天井付近に設置した時計がベルを鳴らすまでだった。

続いて大音量で慣らされる音楽に急かされるように椅子から降りる。

狭い室内に舌打ちし、血でぬめる床に悪態をつきながら、己の体の調子を良くするための動作を実行する。

たとえ吸血鬼といえども、肉体である以上は一定のメンテナンスが必要だ、それは定期的かつ継続的に行わなければならない。


倒されてしまったゾンビの腐敗防止のために取り入れたものだったが、今では誰よりも彼女がこれを順守していた。


ちゃーんちゃらちゃちゃちゃっ、ちゃーんちゃら――♪


軽快な音に合わせて、誰よりも健康に気を使う吸血鬼は、いつものようにラジオ体操を開始した。


とても真剣な表情だった。

しばらく外伝っぽい話になります

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