134.戦う理由について
言葉の余韻が『空間』にほどける。
そのまま僕らは向き合い、見つめ合う。
じりっ――
と染み出ようとするものがあった。
戦いの始まりはもう告げた。
なら、ここで行わない理由はどこにもない。
魔力が満ちる。
空気が震える。
欲するものを得ようとする。
手を伸ばせば、すぐそこにある。
我慢する必要は、どこにもない。
制限はすべて取っ払われた。
結節点はすでに魔族側、『赤』が照らす時間。ペスはその能力を増大させ、僕はその分不利となる。
戦えばまず勝てないこと請け合いだった。
だけどペスは、ぷしゅっと気が抜けたように肩を落とした。
あきれたようにため息をつき、骨の指でさす。
「おまえ……ホント嫌なやつだな」
「なにが?」
「この状況でも、逃げることならできるって踏んでんだろ?」
「まあね」
ちょっと意地悪く笑う。
そう、倒すことはできない、勝つことは無理、だけど、「逃げること」であれば可能だ。
ペスの魔術は、どんなものであっても二回くらいであれば防ぐことができる。
左手と右手、その二回分だ。
『掴んで』手を犠牲にして、この場から離脱する。
どれだけの威力だろうと関係ない。その概念を把握しているかどうかだ。
そして、ペスの使う魔術の大半はすでに知っている。いくらか形式は変わってるだろうけど、基本的なものは変化してないはずだ。
「そうじゃなきゃ、さすがにここには来てないよ」
概念伝達武器は手元にないけどね、とは言わないでおく。
「ペスは、こういうことになるとは想定してないから僕を捕縛するための準備はしてないよね?」
「――」
「舌出さないでよ」
「……やっぱきっちり見えてるのかよ」
「うん、けっこうね」
「……くそ、もうちょっとボヤケたもんだと思ってた……」
今も、むすっとしながら照れてるよね、とは言わないでおく。
言えないことが沢山だ。
「てか、いま舌出したとか自覚ねえし、出る表情とかこれ制御できねえぞ……」
「仮面かぶっといた方がいいのかもね」
「そうしとく。ったく面倒だな」
言いながら立ち上がろうとしたので、ガッと両手でその肩を押さえる。
「……?」
不思議そうな顔をされた。
なぜ立ち上がろうとするのを止めるのだろう? そんな表情だ。
僕は真剣に、その立ち上がる動作を停止させる。あと、なるべく下の方は見ないようにしておく。
「――!」
理解が顔に浮かんだ。
しずしずと元の位置へと戻り、コタツ布団を胸元まで上げた。
ペスは何度も自分の体を――僕視点からでは、いろいろ違って見えてしまうそれを確かめる。
「まじか……」
「本当だよ」
「か、体まで……?」
黙って重々しく頷く。
「み、見てたのか?」
「見てないよ」
「顔そらしながら言うな! 言ってるようなもんだろ! え、けど、まじで――!?」
「……考えてみれば、ペスはずっと僕の姿を鑑賞してたんだし、そう、これはおあいこという感じに……」
「ならねえよ!」
「しばらくまた会えないんだから、そこはサービスということでどうでしょうか!」
「んなことするつもりねえから!」
威嚇されてしまった。
「けど、あー、自分じゃわかんねえから、まったく実感ねえな……」
「そういえば、この紙ってカメラ機能あるの知ってる?」
「……やめろよ?」
「他の人に見せるつもりはないし、自覚してもらうためにも必要な措置だと思う」
容赦なくシャッターを押す。
ぺスの感情が高ぶっていたせいか、上手いこと撮影できた。
印刷代がもったいないから、表示画面だけを見せる。
そこには、コタツ布団を両手で引き上げて、上目遣いで「こらー!」って威嚇してる子がいた。
骨部分はまったく見えなかった。肌色しかなかった。
うん、我ながらナイスタイミング。
「おい……それ消せよ?」
「え、なんで?」
「ふざっっけんなっッ!」
なんだかんだで結局消去されてしまった。残念だ。
+ + +
もぞもぞとしながら衣服を着込み、きちんと外から見えないようにしてた。
そうして現れたのは、元みたいな鎧姿の様子。
ちょっと残念とかは思ってない。
「そういえばさ――」
「ん?」
「待ち合わせ場所、下の方にある結構広い『空間』にしない?」
なに言ってんだこのバカという顔をされてしまった。
「今いるパーティは下に行く必要がある、そこまで行ければ、心おきなく戦うことができる、そこまで行かずに敗北は、なんかこう、いろいろ後味が悪い感じになるんだ」
ペスにとって受けるメリットとかまるで無いものだった。
当然のようにあきれた顔。
だけど、すぐにこれ以上ないくらいの渋面になった。
「……おまえって、敵に回すと最悪だな」
「なにが?」
「くそ、嬉しそうな顔しやがって」
「できればこの提案を飲んで欲しいんだけど?」
「この――っ」
「どうだろ?」
「あー、くそ、そういうことかよ、わかったよ、承諾する、だからそれ下ろせっ!」
ちなみに、行った交渉はウーツ式。
具体的にはナイフを僕自身の首筋に接触させながら。
まあ、こういうことをしなくても、だいたい似たような感じになったんじゃないかと思う。
ペスは僕を確保したい。
そのためには、僕を殺してしまうわけにはいかない。
だけど、その部下となる魔族は僕に恨みっぽいものを持っている。
あのダークエルフがそうだったようにだ。
ちょっとした弾みで、僕を殺傷してしまうかもしれない。
鳥魔族ならそんなことしないかもしれないけど、いろんな意味で危険。
うん、無理矢理に撮影されるのってすごく嫌なものだ。さっきペスが味わったように。
もろもろを考えれば、「確実に僕が行く場所で罠を張る」って選択になる。
「……死ぬなよ?」
「努力するよ」
「死んだら、おまえのこと嫌いになるからな」
「それはとても怖いから頑張る――そっちも死なないでね」
「当たり前だ」
立ち上がり、お互いの目を見つめ合う。
どうしようもない渇望みたいなものがあった。
たぶん、僕の中にも似たようなものがある。
「おれから逃げられると思うなよ?」
「逃げるつもりはないよ。ペスの方こそ、僕の手から逃すつもりはないから」
笑みが深くなる。
「よかったよ」
「なにが?」
「おまえが同陣営じゃなくて、よかった。今、心からそう思った」
「うん、けっこう同感」
言って握手をする。
今となっては、試験も、種族も、男女も、陣営も、英雄も、未来も、目的も関係なくなった。
僕らはここで、相手を獲得するための戦いを開始する。
試験編のⅠ、あるいは殺し愛の始まり編、終わり。




