133.独占渇求について
「あ――」
呆気にとられ、信じられないといういような顔。
そのまま、まじまじと見つめられた。
「……僕、なんか意外なこと言った?」
かなり不思議。
なぜそんなに驚く。
「おまえ――」
「どうせいつかは『生まれ』ちゃうんだ、どうせならそれをペスにやってもらうのは悪くない。まあ、積極的にやりたいわけじゃないけど」
「……」
「だから、それで嫌いになるとかありえない」
少し胸を張って言ってやる。
「というか、仮にも僕は君のボスなんだ、その程度のわがまま受け止められないとか思われるのは心外だよ」
胸を張りつつ、偉そうに。
どやぁ……って効果音が付きそうな具合に。
「……」
当然ツッコミなり反応があると待ってたのに、いつまで経っても無反応。
どんなものが来ても「だけど僕は本気だ!」と即座に返そうと思ってたのに。
胸逸らし状態から、ちらっと片目を開けて見ると、ぺスは完全に固まってた。
どんな冷凍魔法でも不可能と思えるくらいの硬直具合。
ちょっとばかり不安になる。さすがに少しは動いて欲しい。
「えーと……?」
前傾姿勢、ちょっとだけ近づく。
突然、身を乗り出し、手が伸びた。
反応する暇もない素早さ、顔はまったくの真顔。
逃げようとする僕の頭を両手で押さえつけ、固定される。
ごく間近で、僕を見る。まるで、生き別れの兄弟を確かめるみたいな真剣さで。
殺そうとしてるみたいだなとも、少し思う。
その接近は、ちょっと見には骨の接近、よくよく見れば裸の女の子だった。
自然と動悸は速くなる。
その顔が、少しずつ少しずつ、変化する。
そこに嘘がないことを、読みとり、確かめた。
唇が震えた。
「おれは――」
「ん?」
「――おまえに対して、何一つ我慢しなくて、いいんだな……?」
「うん、そう言ってる」
「憎んでいいんだな? 愛していいんだな? 狂っていいんだな?」
「そうだよ」
「八つ裂きにしていいんだな? 血を吸い開口した血管を眺め悲鳴を上げて苦しむ様を愛でキスして抱きしめ――」
「全部許す」
くしゃりと表情が歪む、僕の顔に爪が立てられ傷跡が残る、その瞳から、涙がこぼれる。
「は、あは……っ」
途切れ途切れに、笑う。
僕の顔を固定したまま、幻の、結晶みたいな液体が落下する。
「はは、ははは――っ」
徐々に音量を上げ、存在しないお腹を押さえ、涙を流しながら、抱え込んでいたものを溢れさせる。
「はははははははははっはあはははははははッっ!!!」
赤の『空間』に木霊する。
解放された産声みたいに。
綺麗だった。
「ああ、ああ――くそっ、おまえ、おれの表情がわかってんだろ?」
「あ、バレた」
ペスは手で顔を覆い、その表情を隠してしまった。
かなりもったいない。
きらきらと、指の間から滴のようなものが漏れた。
「ふざけんな、くそ、おまえ――」
「落ち着いて」
「落ち着けるわけねえだろ、ばか……!」
「えーと……」
「ひ、人の隠してること、勝手に見やがって――」
「うん、おあいこだ」
「ぜってえ許さないからな」
「どうしたら許してくれる?」
「そんなの――」
何度か、深く鋭い呼吸がした。
暴れるものを宥め、ゆっくりと瞼を開く。
涙に濡れた表情で、笑いの余韻を残しながら、深く静かに。
「おれのものになれ」
魔王みたいな台詞だった。
「もう我慢できるか、他の奴らになんて渡してたまるか、おまえをおれのものにする、英雄になんかさせない、未来のその果てまで手放さない。世界の半分を滅ぼしてでも手に入れてやる」
「やだよ」
僕は気軽に笑う。
「そんなことになったら、僕がペスのことを抱きしめられない」
「――それ、おまえの『掴み』ってことだろ」
「そうとも言う」
概念把握能力。
相手の在り方そのものを把握する。
限定的に、一側面だけをわかるだなんてことはしない。
「くそ――ああ、くそ、それも悪くねえとか、いまおれ思ってやがる……」
「じゃあ、そうしよう」
「おまえの部下になれってことか?」
「僕は今でもそうでいるつもり」
「いやだ」
相変わらずの濡れた瞳、だけど、ニッと横に広げる笑顔で。
「おればっかりが憎んで、愛して、狂ってるのは不公平だ」
「えー」
「おまえも、おれのことを憎んで、傷つけ、ぐちゃぐちゃにしてやりたいと想え」
「むずかしいことを言う……」
「おれが、そうしてやるよ」
「かなり難易度が高いよ、具体的には僕自身もどうやればいいのかわからない」
「はは――駄目だもう、覚悟しろよ?」
「なにを」
「もう、愛されるだけじゃ足りないんだ、おまえのありとあらゆる感情が欲しい、最高の喜びも、最悪の憤怒も、最低の悲しみも、全部だ。全部おれだけに向けろ」
「わお」
思わず笑う。
「抱きしめて、『掴む』だけじゃ足りない?」
笑って強く頷かれてしまった。
ヤンデレどころの騒ぎじゃなかった。
「『敵』のまま、おまえをおれのものにする。なに一つ透過させない、全部受け止めて貰うし、全部受け止める」
今までよりもはっきりとした輪郭と姿を示しながら、彼女は、朗らかに笑みを浮かべる。
解き放たれたように。
救われたように。
「それは嫌だな」
それに対して、僕もまた微笑み返す。
コタツで向き合ってるこの状況は、まるでいつもの風景みたいで、ひょっとしたら元のあの場所でも、いつかこういう会話をすることになったんじゃないかと思いながら。
「ペスは僕のものだ。僕がペスのものになったら、そうじゃなくなる」
じっとその骨の姿を見る。
あるいは、その内側にある魂と呼ばれるものを。
「他の奴になんて渡さない。ペスがそれを取り上げることも許さない」
「やっぱおまえ、独占欲強いよな」
「うん、今自覚した。けど、お互い様だ」
「だな」
変な共感みたいなものがあった。
お互いに、相手を自分のものにしたくて仕方ない。
そのためには、相手の独占欲が邪魔だ。
望んでいることは同じなのに、決定的にズレている。
どちらか片方しか、一方的な所有をすることが――渇望を叶えることができない。
「……僕はペスに殺されようが痛めつけられようが憎まれようが受け入れる、ただ、僕のものでないことだけは耐えられない」
「おれは、おまえが欲しい。おまえの心も想いも魂も悩みも憎悪も、なにもかもだ……与えられるだけじゃ、もうまったく足りない」
お互いの気持ちはそれだ。
僕らがお互いを敵とし、戦う理由だった。




