132.陣営変更について
「んー……」
そう言われるかもしれないな、とは思っていた。
だけど、実際に言われてしまうとは思ってなかった。
矛盾してるようだけど、正直な気持ちだ。
「まず、そういうことって可能なの?」
「できる、おまえが望めば可能だ」
「方法は?」
「おまえが承諾すれば教える」
「それは、あれか、教えたら僕が強引にペスの陣営を変えるかもしれないからか」
「だな」
少しの笑顔。
すぐに真剣なものに変わった。強敵を前にした確信みたいな表情。
「だけど、それは無理だ、おれは陣営を変えらんねえ」
「それって――あー、そっか……」
「わかんだろ?」
頬杖をつき、渋い顔になりながら頷いた。
ペスが省略した言葉が、きっとある。
――実際に戦ったおまえなら、理解できんだろ?
そういう感じだ。
モンスターや魔族たちの、彼らの命を捨てることを前提にしてまで戦う姿、歓喜し、喜びのままに死にゆく様――その在り方は、まだ覚えてる、忘れられそうにない。
ペスが『魔王』であることを止めて人間陣営につくことは、その戦いに唾を吐きかけるようなものだった。
彼らに対してだけじゃない、真剣に立ち向かった僕らに対しても侮辱になる。
最低限、退くことのできないラインが、そこにある。
じゃあ、僕は?
たまたまの、流れのついでみたいに『人間』の陣営に参加しただけだった。
また、リーダーってわけじゃない。負うべき責任とかあんまりない。
二者択一のうち、陣営変更するとしたら僕しかなかった。
「……」
目を閉じる。
ジツさん、キョウ、勇者、ウーツ、アリん子――
まだ短い間かもしれないけど、彼らに背を預け、命を預かった。
間違いなく、パーティの一員として参加した。
すごく気に入ってる。
癖は強いけど悪い人たちなんかじゃない、敵対したいなんてまったく思わない。
だけどそれは――言ってしまえば気に入ってるだけだ。
ペスを殺してまで得たいものかと言われれば、首を振るしかない。
ペスの手が、僕の手に乗った。
「おれは――」
迷うように少し言葉を切り。
「――おまえに、側にいて欲しい」
コタツを挟んで向こうにあるのは骨ばかり。
だけど、瞬くように映るのは、ただまっすぐな、真剣な女の子。
瞳には、モンスターたちが示した戦闘熱狂よりも更に高い熱と、偽りのない怯えがあった。
目をそらす。
そうしないと、すぐにでも頷いてしまいそうだった。
――いや、どうして?
そらしてから、僕自身が驚いた。
――どうして、僕はここで頷かない……?
すぐに頷いて、安心させてやればいい。
これからよろしくと握手をすればいい。
よくよく状況を吟味すれば、悩むことなんて無いはずだ。
ジツさんたちと敵対せずにパーティ離脱する道だって、きっとある。
たとえば、僕の陣営変更の条件を「彼らを無事に下まで行かせること」にすれば解決だ。
多くの魔族、命を捨てて向かってくるモンスター、厄介なスライム使い、なによりもペスっていう戦力を全てスルーできる。無傷で目的地にまでたどり着ける。
それは、僕がどれだけ頑張っても得られない成果だ。実際、いままであんまり活躍していない。それこそ鳥魔族を取り逃がしてしまうくらいだ。
行動としては――うん、確かに不義理なものになるのかもしれない。
彼らの信頼を、完全に裏切ってしまうのかもしれない。
身売りのようなことをするなと怒られるのかも。
だけど、結果として、損をする人は誰もない。
僕は離脱して元の仲間と一緒になる。
みんなは望みを叶えることができる。
誰も困らない。
誰もがハッピーだ。
なのに――「頷きたくない」と思ってる。
ここでの陣営替えは論外だと確信してる。
なぜ。
どうして?
どこにひっかかってる?
「……」
目の前の、不安に揺れる子の願いを、どうして僕は叶えようとしない?
いろいろなものが、ぐるぐると頭の中を駆けめぐった。
過去の情景がこれでもかとわき上がる。
僕は出口を求めて右往左往するけど、どこにも見つからない。
ここで陣営変更を認めれば、失うことになる、大切で貴重な何かを取り逃がす。
その確信ばかりがある。
だけど、なにを……?
心の奥底で「否」を唱え続けてるものの正体はどこにある――
「だめか……?」
不安そうな声。
いつも開けっぴろげだと思ってたけど、本当は違ったのかもしれない、初めて知る表情だった。
この姿を、今までとは違う彼女の表情を、どうして僕はもっと見たいと思わない。
そう、これは――いや……
――似たものを、どこかで見たことがある……?
「ペスは、僕の陣営替えを本当に望んでるの?」
言葉は、するりと出てきた。
骨は変わらないけど、覆う姿がびくりと震えた。
「な、なに言って――」
どもる様子。まるで図星をつかれたような。
つっかえていたものの正体が、それでようやく分かった。
分かってしまえば、あまりに簡単だった。
そこにあったのは、以前にペスが「おれの部下にならないか」と僕に言った時のもの。
言うたびに言葉の奥底に秘めていた――怯えと渇望。
ずっとぺスが僕に隠していたものだった。
その手を握り返す。
敵陣営だからこそ、ちゃんと『掴む』ことができる。
味方陣営であれば透過してしまうものを伝えることができる。
「僕はペスの部下を殺した、これに対する憎しみはまったくない?」
「それは――」
「僕を存分に傷つけることのできる「建前」があるのに、このチャンスを逃したい?」
手が震えた。
骨まで、それこそ魂までもが怯えていた。
「味方になったら、できなくなる、僕を損なうことができなくなるんだ。ペスは、それを望んでいないよね?」
僕を見上げる姿は罪人のそれ、罪のありかを指摘された者の顔。
僕って人間を、取り返しがつかないほど破壊してしまいたい気持ちを持つ者の表情。
眠る間、屋内を乱雑にしてしまったように。
敵わぬ強敵を前にしても怯まなかったように。
数多くの無念の死を怨霊として肯定したように。
プラスにもマイナスにも振り切れる感情は――その凶暴は、僕も対象になっていた。
きっと、ずっとあった。
ずっと隠し続けていた。
だからこそ、「攻撃が透過する関係」にしようとした。
いつものように、プラスだけを表に出し、マイナスの気持ちを抑えつけようとした。
油断し、ペス自身が見られていると自覚していないからこそ、ようやくそれが読みとれた。
「僕は、肯定する」
だからこそ、まっすぐ見つめる。
「ペスが僕を傷つけ、憎み、痛めつけたいと思う気持ち全てを肯定する。誰にもそれを否定させない。僕がそれを守る」
「え――」
「ペスは僕に対して、手加減する必要も、我慢する必要も何一つない――それをされたところで、何かが変わることも無い」
笑って僕は言う。
「あんまり見くびらないで欲しい、たかが敵対して殺されるくらいで、僕の気持ちが変化するわけないでしょうが」




