131.裸の魔王について
「いや、なんでだよ?」
ペスははてなマークをとばしてた。
僕は取引を通じて結節点から手鏡を入手、黙って手渡す。
しげしげと、ペスは自分の顔をたしかめる。訝しげに眉ひそめる表情が僕からはわかる。
「やっぱ骨しかねえじゃん、おまえ何したいんだ?」
「……」
後ろからのぞき込むようにする。
確かに鏡の中では、骨の格好しかありはしなかった。
もともと極薄いもので、光の加減で紛れてしまうほど、しかも、主成分は魔力だ。
他人で、異なる魔力を感知することで「見えて」いた。
同じ魔力を放つペス自身には感知できない。
「他の奴らもなんか必死になっておれに服やら鎧やら着せようとすんだけどよ、ほんとなんなの?」
本人が認識できないのに、口で言って納得してくれるかどうかっていえばかなり疑問。
僕で言えば「一見すると女の姿になってるように思えるけど、他から見たら元のとおり男のまんまだから、まじで!」とか周囲の人間に言われるようなものだ。そんなの、信用できるはずもない。
けど――だからといってその姿を晒すことは許容できない。
僕はうなずき、強く言う。
「服は着よう、絶対着とこう、どんな時でも身につけよう」
「いやいや」
「脱いだらいけない、僕だってちゃんと着てるよね?」
「なんか魔力の巡りが悪くなんだよ、邪魔なんだよ」
「今までみたいな裸でマントとかやったら軽蔑する」
「はあ? なんでだ!?」
「どうしてもこうしてもないの! 駄目だから! 他人の前で裸マントしたらあかんの!」
「どこのオカンだおまえは!」
「ペスが裸になったら僕も脱ぐぞ、いいのか!」
「まじか!?」
「違う! 言い間違えた! これ燃料にしかなってない……!」
「よしたしかに聞いたぞ!」
「聞かなかったことにして! というか、そう! ここじゃなくてパーティみんなのところで脱ぐぞ!」
「はあ!? おれにも見せろよ! 今おれ脱ぐから!」
「やめて!?」
「止めんな!」
「止めるよ!」
今ほどペスが敵陣営で、透過しないことがありがたいと思ったことはなかった。
ちゃんと『掴んで』止めることができる。
「くそ、部下だけじゃなくておまえにも止められるとは思わなかった、てーか、待ってる時にもう脱いどきゃ良かった……!」
「たぶんその状況だと僕は即座に帰ってる!」
「だが、おれは諦めない!」
「――!?」
パチンと指を鳴らし、鎧がバラバラに分解した。
『掴む』暇すらありはしなかった。
よくよく見ればそれらは魔力で連結されているだけで、なんら接着はされていなかった。
紙吹雪ならぬ鎧吹雪の中から、腰に手を当て、仁王立ちで笑うペスの姿が出てきた。
裸だった。
骨だった。
うっすらと、透明なのに柔らかい『輪郭』が――
「……おい、なんで目ぇ閉じてんだよ? というか、なに背を向けてんだ?」
「見るわけにはいかないから……っ」
「はあ? どうしてだよ、普段からよく見てんだろ?」
「ここじゃ違うから! まったく、ぜんぜん、なにもかもが違うから……!」
「なにがだよ、変なやつだなぁ」
「今この時に限れば、百パーセント絶対にペスが変だ!」
「んー?」
後ろから抱きつかれる。
そんなはずはないのに、なぜか「固くない感触」に触れた気がした。
「ほら、変わんねえだろ?」
なんかグイグイと首締めっぽいことをされる。
ペスはやけに嬉しそうだった。
「よーし、次はおまえの番な?」
「嫌だというか服脱がせようとするなぁ!?」
「裸になろーぜー」
「裸族になる気はない! というか僕言ったよね、軽蔑するけどいいの!?」
「他の奴の前でやったら、だろ? おまえの前ならいいってことだ」
「違っ!?」
「おまえって、意外と独占欲強いよなー」
「風評被害が甚だしい!?」
「ん、なら他で脱いでいいのか?」
「いや――それは……だめ、だけど……」
「絶対に?」
からかうような声。
僕は、迷う、迷い続ける。絶対なんか勘違いされるんだろうなと思うけど、大本の感情を探れば「そういうこと」なのかもしれないとも思う。
時間をおいて、諦め混じりに――僕はコクリと頷く。
耳元で「うへへぇ」と笑い声がした。
「わかったよ、そうするな?」
耳朶が赤くなってることを自覚する。
なぜかとても悔しい。
+ + +
折衷案というか妥協案な感じで、ペスが結節点からコタツを購入することで、今この場の状況は結局は決着がついた。
どうやら服や鎧で拘束されてる状態は、ペスにとって相当嫌なものらしい。
「あー、楽だなー」
机に頬つけているのは、一見すると骨の姿。
大半の時間はそういう様子。
だけどたまに、裸でえへへと笑う女の子にもなっていた。
「もうちょっと深く、コタツに入ろう……」
「熱いから却下だな」
「僕の精神安静のためにも……!」
「えー」
僕はペスの頭や肩に手を起き、ぐっと押し込むようにする。
その『境』に触れるとき、かなり緊張したけど、手には骨の感触しか返らない。
ペスは「ぐえっ」といいながらも、いい感じの地点まで潜った。
「ふぅ」
「おーぼーだ」
「横暴で結構」
「ひでー」
「というかさ、このコタツ、こんなにポンと買ってよかったの?」
「ん、こんなの安物だろ?」
「……いま、ペスと僕との差をまざまざと見せつけられた気がする……!」
「なに泣いてんだよ」
「泣きたくなるような状態だからだよ……」
「へー」
ペスは僕の髪の毛を摘んで引いていた。
痛くはない、むしろ優しい感触。
あんまり腕を上げるようなことはしないで欲しかったけど、その油断しきった表情から、僕は目が離せなかった。
「ちゃんと触れるのは、いいな」
「それは……そうだね」
「ここの連中、なにかっていうとスグすり抜けちまうのがなぁ」
心当たりはあった。
「存分に接触できない感じはあるよね」
「ちょっとくらい嫌がってくれた方が、おれとしては触りがいがあるんだけどなぁ」
「どっちかって言えばそれ、触り害だ」
「おれのテクニックを知らねえからそう言えるんだ」
「たぶん、一番の被害者だからこそ言えるんだよ」
「なにおう」
僕らはさんざんに接触する。
考えてみれば、ここに来てからこういうことはあんまりしていなかったなと思う。
まあ、あのパーティメンバーに対してこういうことしたら、いろんな意味でタイヘンなことになるんだろうけど。
「おい、間接外して分解しようとすんな……!」
「……ペス、ちゃんと体は綺麗にしよう……」
「え、おれちゃんと風呂入ってるぞ?」
「細かい部分に注意が行ってない、ほら、こことか」
「まじか、あ、マジだった……」
「僕がつまようじで取ってあげよう」
「やめろ! それ痛痒いんだよ!」
「がまんを」
「くそ、今だけは、すげーすり抜けたい!」
「まったくもう……」
そういう時間をしばらく過ごした。
未誕英雄世界からは遙か遠く、それこそ世界そのものが違う環境、なのに「いつも通り」がたしかにあった。
それは、涙が出るほど僕が欲しがっていたものだと、やってみてから気がついた。
僕だけじゃなくて、ペスもそうであれば、とても嬉しい。
「なあ――」
だからなのか、ペスが真剣な顔で、僕を見つめた。
あるいはそれは、ずっと言おうと準備していた言葉なのかもしれない。
「陣営、こっちに変えないか?」




