130.骨の魔王について
一人きりで彼女はいた。
他の魔族とかの姿はまったくない。
ひとりで座り、僕を待ち受けていた。
その顔には仮面。
体には鎧。
表情はわからないし、どういう顔をしているのかもまったく不明。
なるほど――
と一人納得した。
どんなものかはわからないけど、ペスもまた僕と同じように変化していて、僕にそれを見られたくはないらしい。
その気持ちはとてもよくわかる。というか、現在進行形でこの姿さらしているのを後悔している最中だ。どうして仮面を買っておかなかったんだ……!
「ずるくない?」
思わず言う。
「なにがだよ」
「ペスが僕に素顔をまったく見せないでいるのが」
「おまえが勝手に見せてんだろうが」
「こっちが隠す暇もなく、そっちが先に撮ったじゃないか」
ペスはポンと手を叩く。
「ああ、あれな!」
「見たな? 見るなっていったのにやっぱ見たんだな!?」
ぐっと親指を立て。
「ナイスピップ!」
「どうして誰も彼もまずはそれ注目するの!?」
「自分でも見てみろって、やっぱそういう感想になるから!」
「なにその罰ゲーム」
「いやいや、考えてもみろ」
「なにを」
「まず、キワドイ格好で戦ってる映像を、おまえ自身が見るだろ?」
「その時点で最悪なんだけど」
「恥ずかしいし、嫌がるし、叫んだり、赤面したりするだろ?」
「なんとしてでも停止させるというか破壊する」
「そういうおまえの姿を――おれは見たい……!」
「絶対却下だ!」
「是非見るべきだ!」
「見ちゃいけないといま心底思った!」
「なんだよー、おれ魔王だぞー、えらいんだぞー、言うこと聞けよー!」
「あからさまな悪人装備で幼児化しないでよ!?」
「ま、そこまで言うなら諦める」
「そうして……」
「いま鑑賞してんので満足しとくな?」
え、それって、どういう――?
と言おうとして、バッと僕はお尻を盾で隠した。
映像じゃなくて、リアルタイムで、まったく油断した状態で見られ続けているのが今だった。
ペスは「わっはっは!」と大笑いしてた。
くそう、なんか弱いぞ、今の僕。
「やっぱ僕も仮面買う……」
「却下」
「……なんで?」
「おまえの顔をずっと見てたいから」
「僕もペスの顔を見たいんじゃないか、とかは思わないの?」
「思う」
「じゃあ――」
「思うけど、駄目だ」
ばっさりと言い切られた。
「……ほほう」
うずうずと両手が動いた。
というか、さっきからズルいし、卑怯だ。
僕だけが鑑賞されている不公平事象であり、これは当然の報復なんである。
「……やめろよ?」
「なにが?」
「この仮面取るのがだよ! というか何いい笑顔浮かべて近づいてんだよ! 駄目だからな、絶対に駄目だ!」
「なるほど?」
「だから近づくなっての! この――蜘弦拘陣!」
捕縛系の魔術をすでに唱えて待機状態にしてあったらしく、物質的な糸が幾重にも降り注いだ。
上下左右、あらゆる方角から来ているのは、きっと僕対策としての行動。両手で対処できるのは一度に二方向までだ。
いままでなら絶対捕まってた。
「――は!?」
僕はその『全体攻撃の概念』を『掴んだ』。
さすがに糸の粘着力までは無理だったけど、捕縛の糸は僕の右手だけにからみつく。他は身動きが取れる状態のままだ。
距離数歩。
踏み込み、手を振る。
ペスはとっさに回避する。さすがの動作。だけど、僕が目的としたのは攻撃じゃなかった。
ウーツに対して行ったように周辺の空間を――もっと言えば仮面のある地点を『掴む』。敵陣営に属しているから透過することなく効果を発揮した。
結果として、仮面はつるっと上へと動く。
「あ、あ――!」
隠されていた素顔が見えた。
そこには、生身がなにもなかった。
ただ骨だけが――頭蓋骨だけがあった。
+ + +
すぐに仮面を元へと戻したけど、ばっちり見えた。
頭部だけじゃなくて、首から下の全身も、以前のように骨だった。
なるほど、たしかに骨の魔王様だった。
ペスは、怯えるみたいに下を向き押し黙る。
さっきまでの快活さが嘘みたいだ。
「――」
「ペス……」
捕縛の糸を引き剥がし、そのまま近づく。
もう妨害はなにも無かった。
「おれは……」
「ペスにはがっかりだ……」
「!」
「まったく――もっとトンデモなことになってると思ったのに、なんで意外と普通なの?」
「はあ!?」
「アリん子に自慢げに、おまえなんて大したことないとか言った僕が馬鹿みたいじゃないか。というか、明らかに僕と比べて軽すぎるよねその変化!」
「おま――なに言って……!?」
「ペスは頭部が変わっただけじゃないか! 僕なんて全身だぞ全身! 今すぐ変化具合を取り替えろ!」
「ふっざけんな!? おまえ、おれがここ来んのにどんだけ勇気が必要だったかわかってねえだろっ!」
「はあ!? いつもとたいして変わらないじゃないか!」
「おっまえ、ふざ――――殴らせろ! マジで一発全身全霊全力で殴らせろ! おれの葛藤とか悩みとか返せ!」
「それ言うなら僕の方こそだ! というかあのヘンタイ魔族をどうして部下にした!」
「は? ジズの奴か? 撮影するだけのスライム使いだろ?」
「くそっ! なんかペスのスケルトン具合が加速している……!」
「やっぱそう思ってたんだな! おれの今の姿が不満なんだな!」
「羞恥心とかそういうのが無いってことについて問題にしてんの! どんな格好だろうがペスはペスに決まってる!」
「マジか!」
「本気だよ!」
「ありがとうっ!」
「どうしたしましてっ!」
「てかすっげーうれしいっ!」
「意味わかんないけど良かったね!」
ふーふーっと息を整えながら僕らは間近でにらみ合っていた。
なんかもう面倒なので、その仮面を取り外す。
一瞬取り戻そうとする動きを見せたけど、諦めたみたいになすがまま。
僕はその顔をじっと見つめる。
「あんま見るな」
「え、なんで?」
「なんでもだ――」
ペスは横を向いていた。
ひょっとしたら、恥ずかしがっているのかもしれない。
「……ん?」
そこにあるのは、もちろん骨だけだ。
そのはずなんだけど、うっすらと、別の何かが見えていた。
トリックアートとか、そういうものを見ている気分。
二重写しに、違う映像がある。
極薄のガラスのようなものが、数秒に一回くらいの割合で、瞬くように。
それは以前のペスの、生身の顔の様子だ。
唇をとがらせた、拗ねたような顔が、骨を覆うように存在してた。
「ねえ……」
「なんだ?」
「その――ジズだっけ? 鳥魔族のスライム使い」
「ああ」
「そいつ、よくペスのこと撮影しようとしてない……?」
「してるな。特になんも着てない状態」
よりくわしく見る。
顔を覆っているそれは、たぶん、魔力が形を示した状態だ。
顔だけじゃなくて、全身も同じような感じになっていた。
「周囲のやつらが必死に止めてたけど、まあ、別にいいじゃんかよなぁ? 今着てるこれも無理矢理着させられたんだよ」
意味わかんねえと続ける。
自覚はまったくなさそうだった。
僕は頷く。
決意した。
「あの鳥魔族絶対殺す」
「は!?」
あのヘンタイ、僕の敵だ。




