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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
訓練
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10.後始末について

勝算は、あったといえばあった。

とはいえそれはただの賭け、とてもじゃないけど確実なものとは言い切れない。

だから、最低限の勝利条件を考える必要があった。


最低勝利条件は、僕以外の三人を生かして返すこと。

それさえ達成できれば、あとはどうでもいい。


委員長も同じようなことを考えていたんだと思う。たぶん、ペスとヤマシタさんも。

ただ、あのときそれに最適の手段を持っていたのが委員長だけで、それを奪い取る手段を持っていたのが僕だけだった。ただそれだけの話。


僕らは未誕英雄だ。未だ生まれていないし、何かをなしてはいないけど、英雄ってものになっている。なら、他人の意志じゃなくて、自分の意志を押し進めるべきだ。


その場における最善を、独善的に行ってこそ、英雄だ。


民主的かつ公平に皆の意見を聞いて、妥当と思われることを行う者は、英雄とは別の名前で呼ばれる。

リーダーとか、いい政治家とか、調整役とかそんな感じ。

そっちの方がたぶんトータルで見れば良い方向に動くことが多いと思う。


まあ、戦闘中にそんなことやれば、全員そろってあの世行き。

速度が必要な場面と、情報が必要な場面はまったく違う。


そして、あのときの最高の勝利条件は――



 + + +

 

 

首を斬り落とされたボス狼の瞳から色が失われるのと、黒色のゲートが開くのはまったくの同時だった。

本来ならただ開くはずのそれから、何かが飛び出し、あっという間に周囲の敵すべてを叩きのめした。


鋭い目つきで、凄まじい速度で駆け回っているのは、僕らをここへと放り込んだ二回生の人。

狼の顔を持つ人だった。


その実力はもちろん、ここにいるのとは比べものにならない。


僕の全身に噛みついていた群狼たちの牙も、いつの間にか外れてる。

あっけに取られたその姿を視界の端に捉えながら、僕らは元いた世界――未誕英雄のいるべき場所へと連れ去られた。

ここへ来たとき以上の速度と勢いだった。


湿って密閉された洞窟から、涼しい風吹く広々としたところへ、その変化に戸惑う暇すらなく僕はぽぉんと放り投げられた。

地面から、空へ。ほとんど衝撃はなかったのに、とんでもない高さにいた。


あ、建物がすごく小さい。

ミニチュア模型で作られた町って、意外と本物と変わらない感じだったんだなぁ――


砲弾視点のような光景を見ながら、そんなことを思った。

不思議と恐怖は湧かなかった。なんかいろいろと現実離れしすぎて、事態が急変しすぎて、実態を掴めない。


頂点を過ぎて、徐々に加速をつけて空から、地面へ。

内臓が浮遊する感じ。


よくわからないけど、あんまり怖くないなぁ、変だなぁ――

僕自身のものの考え方に疑問を抱きながら、ぱす、って感じに着地したのは一軒のお店。

僕の近所にある青果店で、樹さんの店だった。


天井の一部が変形してハンモック状の編み目になって、落下の勢いを完全に殺した。


エプロン姿の彼女が、冷たく微笑む様子が見えた。


そのままぐるぐる巻きにされた。爪先から頭までを。

目鼻口の部分だけは開いていて、周囲の様子は確かめることができる。

樹木でそうされてるはずなのに、あんまり痛みは感じない。なんかもう、麻痺してるのかもしれない。


「え――あの――?」


うねうねと傷口付近で蠢く様子は触手みたいで、誰得とか思うけど、とにかく現状がぜんぜん理解できない。

穿たれた部分に何かの液体がずるりって感じに流れた。どうやら洗浄しているらしかった。あんまり神経にさわらないのは毎朝飲んでるあの果汁、あれと同じ液体だからなのかも。


樹さんの口がもむもむと動いてる。

何かを咀嚼しているみたいだった。

目つきは優しいはずなんだけど、なぜか怖い。


「あの、あ、ありがとう?」


とりあえずお礼を言う。

治療されてるみたいだし。


どうして学校内で治さないんだろう。いつもみたいに保険の先生が治せばいいじゃないか。そんな疑問がふと浮かぶ。

すぐに、僕ら以外にも同じような感じに怪我してる人たちが沢山いるからだと気がついた。

回復魔法は万能じゃないし、魔力だって無限じゃない。

傷口清掃して、患者の体力が十分残っているかどうかを確認して、菌による毒が回ってないかどうか確かめて、最適な魔力量で無駄使いしないようにして――それを一人で一カ所でやるよりも、あちこちで分散しながら治療する方が適切だ。


ああ、なるほどなぁ――


そう思っていると、樹さんの顔が近づいた。

顔を反らそうとする。

身動き一つとれなかった。


なんかこう、決して逃がしてなるものかって感じに拘束されてる。


「ちょ、ちょっ!?」


唇が接触した、ごくごくと何かを強制的に飲まされる。

いつものものとは、違った味わい。なによりその量が違う。

胃が焼けるように熱くなる。


「ンンッ!?」


二リットルくらいを一気に。

鼻から逆流しようとするのを、樹さんの指が押さえる。

更に強制的に嚥下させられる。

涙が自然と出るけど、それでも容赦はまったくされない。


樹さんの、心配と加虐を混ぜ合わせたような瞳を見ながら、僕の意識はあっけなく落ちた。



 + + +

 

 

途切れた意識、曖昧な思考、夢特有のふわふわとした様子で考える。


あのとき、あの狼たちの罠にかかったときに考えたのは、二回生の人が言っていたことだった。「課題をクリアすれば戻れる」――だけど、クリアしたのを一体どうやって外から知るのか。


ヤマシタさんが言っていたことを、次に思った――魔力の変化で敵の動きがわかる。その様子を捉えることができる。


二つのことを足し合わせれば、一つの考えが生まれる。

あの場所のボスを倒せば、発していた魔力の源そのものを殺せば、その様子は外まで届く。洞窟外からでも観察できる。それを以て「課題のクリア」にしているんじゃないか?


つまり、ボス狼を倒せば、あの死地から抜け出すことができる。元の世界へ戻るためのゲートが開く。

真正面からすべての敵を倒すより、生存のチャンスが生まれるに違いない――


もちろんこれは、ただの推測であり、推理だ。

何かの宝を手に入れるまでだったのかもしれないし、一番奥に到達することで課題のクリアになっていた可能性は十分あった。

それでも、あの場で他の手段は考えつかなかった。


まあ、実際には、敵を倒すのとほとんど同時に助け出されたんだから、別の手段で僕らを観察していたんだと思う。


どちらにせよ――


「委員長の言うとおり、もっとちゃんと注意事項を読んでおかないと駄目だよね……」


やたら嬉しそうに僕の看病をしている樹さんの様子を見ながら、心底そう思う。

果たして僕はここから無事に抜け出ることができるかどうか、勝率はかなり怪しい。


まあ、それでも――


「全員生きて帰った、課題はクリアした」


僕たちは、最高の勝利を得た。


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