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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
試験Ⅰ
124/179

116.休息回復について

「甘く見ていたつもりはないが――」


短くも濃密な戦闘が終わり、ジツさんは荒い呼吸を整えないまま言った。


「この志気の高さは驚異だ。単純にレベルの高い敵よりも、俺はこちらの方がよほど怖い」


まったくの同意見だった。

もう二度と、できれば戦いたくない。


僕ら前衛は全員が全員、酷い有様だった。

ジツさんの手にしている盾には血がこれでもかとこびり付いている。

剣や、鎧や、あるいは衣服まで浸食している、それだけ敵モンスターたちは考えなしに突進してきた。


「魔族なら、まだ話はわかる。だが、何をどうやれば使役するモンスターに、あそこまでの決意と決死を促せる……?」


倒したはずなのに、いまだにあのダークエルフがそこにいて睨んでいるんじゃないかと思えてくる。


「いてー……」


僕の両手は火傷その他で酷いことになっていた。

キョウに癒しの魔法をかけてもらっているけど、酷い有様になった手が、ゆっくり回復してく様子はやな感じだった。

贅沢かもしれないけど、できればスパッと回復したい。

いや、無理なんだろうけど……


図形で魔術を構築するのは、定期的に属性が変化するこのダンジョンの特質上かなり難しい。地上で例えて言えば、満月から新月までが秒単位で変化しているような感じだ。

だから、どれだけ不便だろうと生体魔力を使って、口頭で魔術を構築しなきゃいけない。

痒みにも似た、細胞の再生に耐える。


「ところでそこのウーツは、どうして尿瓶なんか持ってるの?」

「うひっ」

「どうして、にじり寄る……?」 

「うひひぃいっ!」

「尿意とかないからそれ必要ないから!」

「りょ、りょ、両手が、使えないってことはぁあああぁあ――!」

「→あれ、なでなでいらないの?」


小首を傾げる勇者へ向けて、ウーツはUターンして高速で移動、ずささと音立て正座していた。残像すら見えそうな具合だった。

放り投げられた尿瓶が割れた。


僕は舞い戻って来やしないかと、経過を観察する。


勇者は相変わらず、どこ見ているんだかわからない具合に、触れているんだかいないんだかわからない感じに撫でていた。たぶん、大体の空間をまさぐってるような感じだ。

不思議なことにウーツはその間、一言も言葉を発することがなかった。

なんか耳が赤い。

勇者が撫で終えた途端、正座姿勢のまま横へとぱったり倒れた。

意外と攻められると弱いらしかった。


キョウも、普段とは違ってた。

普段ならいち早く天使を呼び出すか、さもなければいかに魔族に断末魔を上げさせるかについて語るのに、黙々と作業している。

正直、ちょっと怖い。


「負けていられないの――」


ぽつりとこぼしたその言葉がどういう意味なのかは、今のところわからない。

できれば、ずっとわからないままでいたい。



 + + +



その後は、これ以上の侵攻はせずにこの場でキャンプってことになった。

『夜』はダンジョンの活動が低下する時間帯だ。それ専用の能力を持っているならともかく、普通は身動きせずに体を休めた方がお得な時間だった。ある程度は警戒するけど、それほどシリアスにやらなくても大丈夫だった。お蔭で僕は、白炎に照らされながら獲得したアイテムとかお金とかゴールドとかマネーとかを確かめることができた。


「わんだふる……!」

「またか――」


ジツさんががっくりと肩を落とす。

フード姿がやれやれって感じに首を振っていた。


「でも、苦労した分だけ報われるのっていいじゃないですかッ」

「それは否定しないが……」


基本的にはモンスターを倒した場合はチームで公平分配。魔族を倒した場合は、トドメを刺した者だけが経験値や金銭やアイテムを手に入れる感じだった。上手いこと三人ばかりを倒すことができた僕の懐はなかなか暖かいことになっていた。


あ、レベルも上がってたけど、どうでもいい。


「ただ、無駄使いはしないようにな」

「そりゃしませんけど――」

「いや、君は事態の重さを理解していない。俺たちは武器装備はもちろん、水や食料も『取り引き』で手に入れる必要がある。このダンジョンで金が尽きることは命が尽きるのと一緒だ」

「あー……」


少し、納得する。


「中立の『白』に属する結節点でも取り引きはできるが、割高になる。水や食料の購入金額が足りない事態を回避するためにも、なるべく資産は残しておいた方がいい」


裏側には、「このパーティだって、いつ全滅するかわからないのだから」って言葉が隠れているように思えた。

モンスターを倒せる装備もなく、お金もまったくない――そういう事態って、そういうことだ。


「まあ、本来であれば生成したモンスターたちに他の手頃な『空間』を襲撃させ、定期的にパーティの資産を増大させることができるんだが……」

「必要なものは知識以上に鉱石類なの、レシピを手にして確率を計って、そう、天使様が天使様であることがなによりも大切なの、あんなクソ魔族に負けてられないの! 光り輝く天使様は光り輝いているからこそ天使様ァぁあッッッ!」

「無理ですね」

「ああ」


キョウはぶつぶつと、真剣な顔してノートにがりがりと書いている。

どうやら改良した天使系モンスターを造ろうとしているみたいだった。それが成功するかどうかはまったくわからない。


どうやら、彼女にとって「魔族だけでなくモンスターまで命がけで戦いを挑んでくる」って事態はかなりショックだったらしい。


ウーツはなぜか姿を見せない。どこかに潜み隠れてるみたいだった。

ジツさんの「アイツ、実は恥ずかしがり屋だからな」って妄言は、きっと戦闘の後遺症が吐かせたものに違いない。

まあ、たぶんそのうち戻ってくる。


僕はなんとなく、薄暗くなった結節点を見上げた。光量こそ低くなってるけど、相変わらず青と白とを行ったり来たりしていた。まるで寝ている人の鼓動みたいだと、なんとなく思う。


「んー……」


ずずっとホットミルクらしき液体を飲む。本当のところどういうものかはわからない。

結節点を通じての取り引きして得たものだった。

飲んで普通に美味しいから問題なし。


熱源代わりになってる焚き火に近づける。少し冷めてしまったのだ。

本物の焚火と違って灰が舞うのを気にしなくていいから気楽にできる。


両手には、まだ動かすたびに違和感があった。痛痒さこそ収まったけど、皮膚がひきつれるような感覚がある。明日くらいには元に戻っているのかなと思う。


ちなみに夕食は食べ終えていた。

串に刺したものを炙って食べるだけの簡単料理だった。

結構メジャーなもので、迷宮探索セットのひとつに数えられるものとのこと、お手軽で美味しい。

最初は馬鹿みたいに塩辛いと感じたけど、動いた後だとこの塩気が欲しくなる。

皆んな無言で、黙々と味わった。


そうして今は、僕以外にも三人ばかりがまだ焚き火を囲んでる。

フードの子は明日の朝食の準備をしている、心なしか動きが弾んでるように見えた。

ジツさんは眼鏡を取って、眉間辺りを揉んでいる。変に肩に力が入って大変そうだと他人事みたいに思う。

目を閉じる勇者の姿は瞑想してるみたいだけど、だんだん見えてくる選択肢は「さっきの鶏肉うまかー、また頼むかー」とか「行動>フードの子のフードを取るフリをする」とか「アイテム>使用>爆竹」とか「今夜はみったんのお腹を枕にして眠りゅ!」とか……いや、最後の待て。

まあ、どれも実行しないで内側に留めてるからいいのかもしれないけど。


僕は思わず睨むけど、勇者は何食わぬ顔で「うふふ、なんか見てる? 見てなさる?」とか選ばない選択肢を出しているだけだった。

僕はため息をついて、頬杖をついた。


時間が流れる。

疲れがほんの少しずつ体から抜けていくのを感じ取る。

他の人たちも、きっと似たような感じだ。

野生動物みたいに休息してる。

炎の揺らめく様子を皆で見ている。


上手くいえないけど、悪くないなって思えた。

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