115.戦闘狂乱について
どうして吹き飛んで来れたのか、その理由は、背後にいた敵魔術師の動作が教えた。
ダークエルフらしきソイツは杖先に爆炎の余波を纏わせていた。魔術を放った痕跡だ。味方を透過するはずのそれを、僕の両手を拘束しているコイツは「攻撃ではない」と信じ、受け止めた。
攻撃をした側も、「攻撃ではない」と信じて放ったに違いない。
結果として、敵は距離を詰め、多数の手で僕を拘束した。
ダークエルフは鬼以上の形相で何かを叫ぶ。隣には、弓を引き絞るオーガがいた。
見るからに強弓、空間を軋ませるような動作、太い腕が膨れ上がり、弦の反発力を開く様子がここからでもわかる。
「――!」
通常なら、矢なんて剣でたたき落とせば終わりだ、それが、今はまったくできない。『掴み』がなければ僕の筋力は大したものじゃない、どれだけ手を動かしても何にも触れない、振り解くことができない。
元いた世界なら敵を盾にすることができるけど。ここじゃ確実に透過し僕だけを貫く――!
隣のジツさんは起動したモンスターに掛かり切りだ。勇者は別の魔族と切り結んでいる。
放置して僕を助けに来れば後衛にまで攻め込まれる。それはパーテイの壊滅だ。
ウーツはちょっと離れてる、来ようとしているけど彼女じゃこの状況を即座に変えるだけの力を持たない。
魔術を使う人たちは、すでに詠唱を開始している、こっちに関われるだけの余地がない。
詰んだ……!
もっと正確に言えば、詰まされた。
得た情報を元に、命がけの戦術を組まれた、その意気に対応するだけの術を僕は用意していなかった。
悔しさと賞賛と焦燥が入り交じる。
拘束は、僕に身動き一つすら許さない。こっちが蹴る動作はまるで無意味。
弦が弾かれ、矢が放たれるのが、見えた。
水平に、まっすぐ僕めがけて飛んで来る。
音を聞き敵は笑う。僕の背筋はこの上なく冷える。
死亡確実の状況は――
「→攻撃>敵魔族その2」
「ッ!?」
勇者の一撃が、ひっくり返した。
かなりの手練れと戦っていたはずなのに、間を縫うように攻撃を届け、僕を拘束していた奴の腹を完全に切断してのけた。
それは、この場における最善の選択であり、タイミングだった。
「――!」
唖然とした表情で粒子と化す敵を切り裂くように、僕は手を持ち上げた。
飛翔した矢を捉える。ギリギリ以下の位置、わずかに矢は刺さってる。心臓の直前で震えて暴れる殺意を『掴み』、威力や速度を保持させたまま体を一回転、射手に向けて投擲した。
水平に飛翔した矢は、同じ軌道を辿った。
僕に刺さるはずだったそれは、射手の胸を着地点とした。撃った直後の体勢から勢いよくひっくり返る。
わずかな時間差で、二人の魔族が粒子となって消えた。
一瞬の静寂――
ダークエルフが目を見開き、次に殺意と共に吠えた。
「人間どもがァアアアアア!」
「『赤』が始まる、防御態勢を!」
叫びとジツさんの指示は同時。
両者イーブンの時間は終わり、敵が猛る時間となる。
「助かりました!」
「→それほどでもない」
「後衛を潰せたのは大きい! よくやった!」
「ふっっひぃぃぃいぃい――!」
若干広がり気味だった位置取りを縮め、僕、ジツさん、勇者の三人で残り三人を守る体勢となる。
入り口を背にしている。僕らは壁になればいい。そして、魔術を使える人たちはさっきからずっと詠唱をしている。この時間を耐え切れば、ほぼ勝利は確定だ。
「敵魔術、たぶん火炎呪文! 僕が『掴み』ます!」
「任せた! 左から影兵!」
「やったらご褒美ぃぃぃぃいい!」
「→なでなでしてあげよう」
ウーツが人外の瞬発力を見せた。
僕はもう両方とも剣を手放し、僕ら全員を包もうとした炎を『掴む』ことに集中する。
『空間』を両断するような炎の濁流。
細い杖から吐き出されたとは思えないそれを『掴む』と同時に踏ん張る。衝撃に押されていくらか後退した。
一瞬では終わらず、次から次へと溢れかえる。
熱だけじゃなく怨念すらも込められたそれは、一つ油断をすれば制御しきれず暴発する。
「ふざけるなふざけるなフザケるな――ッ!」
それでも、恨みの対象が僕だけに向かっているのは僥倖。
肌が焦げ、汗が噴き出て、衣服が焼かれるけれど、口には思わず笑みが浮かぶ。
魔術師に好き勝手されることほど厄介なことはない。
「キョウ、前に出過ぎだ! ウーツはがんばりすぎだ! 勇者はどうして戦いながら踊ってる?!」
「→敵のMPを下げた?」
「なで、なでぇええええぇぇぇえ――!」
喋ることができるのは呪文を唱えていない四人だけ。
本来なら勇者もまた呪文に専念すべき立場だ。なのに、その口はさっきから絶え間なく小さく言葉を紡いでる。
矢印選択による発声は、口頭発音とは関係なしに出ているらしかった。
攻撃をしながら呪文の準備を整え、全体を見極める行動をしながらたまにふざけて踊り出す。
凄いのに、なんかいまいち素直に感嘆できないのはどうしてなのか。
「魔術は疾風を左、火炎を右、雷光を正面へ!」
「→はあく」
「回復薬投げるよぅぅぅぅうぅ――!」
「感謝!」
「うひひッ」
「あと少しだ、みんな凌ぎ切れ!」
ジツさんの叫びは、僕らを鼓舞すると同時に、敵の尻に火をつけた。
心なしか、『空間』中央の結節点がその赤色を薄くしてた。
「魔王様の恩義に応えろ! 我らが痛みの万分の一でも返せッ! 勝利を我らに!」
そして、この数秒足らずの時間こそが、もっとも濃いものとなる。
勝利と敗北の分岐点だ。
魔術を『掴み』続ける僕に対し、幾本もの矢がすでに降り注いでいる。
痛みは些事。生き残ってさえいれば復帰できる。太股に、両腕に、わき腹に突き刺さるそれらは、乱舞しては収束する炎が燃やし、鏃ばかりが残り続ける。たまに投げられる回復薬は焼け石に水ていど、それでも無いよりはマシだ。
その炎を避けるように左右から来る敵モンスターは、その圧力をさらに増す。
彼らの瞳に、ダークエルフの言葉に呼応するものがあった。
「っ!」
全員が、防御を捨てていた。
襲撃するモンスター全員が捨て身を行う。
必死、決死ではなく、笑いながら――歓喜しながらだった。指示するダークエルフの方がよほど凶悪な顔だ。
同士討ち覚悟で攻撃圧力を高める。
雄叫びを上げながら跳躍し、後衛へ迫ろうとする。
巨大蛇が朗々と戦の歌を歌い、氷を纏った馬が突進し、草の塊にしか見えない奴が斧を振り下ろす。
後先考えることのない熱狂を、遠慮もなにも無いまま叩きつける。
誰も彼もが自分の命を計算から抜かして攻撃を行う。
一世一代の己の晴れ舞台というように、突進する。
その勢いに押され、わずかに綻びができる。
ジツさんが小さく悲鳴を漏らす。
手助けに行きたくとも、今度は僕が引きとめられてる恰好だった。
汗どころか血や臓物が舞う最中、詠唱者二人は目をつむったまま集中を乱さず必死に唱え続けている。
ウーツは援護に向かう、さすがにふざける様子は皆無。
勇者は縦横無尽に戦い続ける、こんな時でも変わらない笑顔のままでいることがむしろ異常、いや、違うのかもしれない、「いつもと同じように楽しそう」にしていた。
「『白』――ッ!」
ジツさんの叫びは、時刻の到来を知らせるものだったけど、同時にこの上ない安堵を伴っていた。
白々とした光が照らす中、三種の魔術が『空間』内を蹂躙する。
決死の奴らを致死へと変える。
そこへ、僕が『掴み』続けていた炎をようやく投げ返し、残党を掃討する。
僕の攻撃が当たる直前、無謀で無茶な魔術行使により両手を炭化させたダークエルフが、それでも目に殺意を浮かべ続けているのが見えた――




