114.挽回機会について
一日にどれだけの『空間』を攻めるかってことのセオリーは、他との連携によって決まってくるらしい。
一つのパーティだけが突出しても、多方面から袋叩きに会う。
きちんと十分な量のモンスターを生成しておかないと、物量で攻められ続けることになりかねない。
レベル100の魔族は強敵だけど、レベル1の雑魚が100匹攻めてくるのだって同じくらい怖い。
そして、ジツさん率いるこの勇者パーティは、そういうセオリーとか連携とか戦略とか完全に皆無だった。
だって囮だしね!
他のパーティには必須の連絡用アイテムとか持ってないしね!
たぶん上はここが全滅すること想定の上で計画を立ててるんじゃないかな!
夕食を食べて、交代で見張りをしながら一夜を過ごして、眠る前にウーツを縛り上げておいて、朝食を食べて――
きちんと鋭気を養い、装備の購入を終えて、偵察に出ていたモンスターが帰って来たら、あとはもう攻め込むより他に無かった。単独パーティでしかない僕らは、じっと手をこまねいていては敗北する、常に先手を取り続ける必要があった。
自転車操業どころか、敗北前提の有様だけど――
「幸いなことに、今回、この地域の『支配者』は新米だ、おそらくだが」
「どういうことですか?」
「昨日言った通り、普通であれば前衛に固くて重いモンスターを配置し、後衛に遠距離を多数作成する」
「はい」
「だが、ここに居たモンスターたちはバラバラで統一感が無かった――敵の魔族こそ優秀な奴が揃っている。だが、モンスター作成はセオリーから完全に外れている。より多くの『空間』を制圧するノウハウを、敵はまだ知らない……」
ジツさんの目には強い光があった。
ある種の興奮を抑えた光だった。
「敵が戸惑っている内に、奪い取れるだけ奪い取ろう、それが俺たちの生存率を上げる」
僕とフード姿は頷いた。
キョウはびくびくと殺戮の予感に肩あたりを震わせていた。
勇者は、ぼーっと相変わらず聞いているのかどうかわからない体勢。
ウーツは全身をぐるぐる巻きに縛ったまま僕が引きずっている。
……透過してないってことは、ウーツにとってはこれが「攻撃」じゃないんだって事実が一番嫌だ。
+ + +
『空間』はどちらかの陣営に属している場合、扉が設置されている。
それは外部からの侵入を防ぐと同時に、内部のモンスターを簡単には外へ出さないための装置だ。
特性を持っているか、『造る』ときに特殊な措置を施すかしないと、モンスターは『空間』外へは出ていけない。
縄を解いたばっかりのウーツは、その扉に耳を当てていた。
さすがにまじめな顔。
普段からこうであれば、年上のしっかりした人だと見ることができるかもしれないけど、そんな事態をイメージできるほど僕の想像力は豊かじゃない。
「いるよぅ……」
ささやく声は、ほんの幽か。
身動きひとつで紛れてしまうほどの小ささ。
ジツさんがとの肩に手を置く、ウーツは簡単なハンドサインで、モンスターだけではなく魔族がいることを示した。
全員の緊張が、さらに一段階高まる。
僕は音を立てないようにしながら装備を確かめる。
対刃や対魔能力に優れた衣服、踏み込みを邪魔せずそれでいて頑丈なブーツ、バスタードソードは一回の戦闘で使い捨てること前提だから、ごくシンプルな安物を二本だけ。
完璧とは言えない。頼りになるとも思えない。
まるで下着姿で町中を歩いてるみたいな不安感だ。
それでも、今はこれらに命を預けるより他になかった。
「どこか、おかしな様子だよぅ、気をつけようぅ……」
この『空間』に近づくにつれて、全員でできるだけ音を立てずに移動してた。
僕以外にも、あまり重装備の人はいない。
他パーティとの連携が取れない以上、隠密性能は僕らの生死を分ける。戦わなければ生き残れないけど、戦うと生き残れなくなるかもしれない、そんな矛盾した立場だった。
罠の類も警戒したし、こちらは羽音を出す天使系モンスターを引き連れておらず、敵の繰り出す偵察系モンスターとも出会っていない。奇襲としては成功が約束されたような形。それでも、「敵地に乗り込む」って事態は緊張を生む。
特に、僕なんて前に一度失敗している。今回も同じような、思いも寄らぬ失敗をしないとも限らない。なにか僕は今、致命的なことをしでかしていやしないか?
――ああ、くそう……
僕自身の両頬を思いっきり叩いて喝を入れたかった。
あるいは叫んで意気を取り戻したい。
それができない今は、弱気だけがそろそろと這いずり出ようとしていた。手足が縮こまり、強ばるような感覚。
僕の失敗が僕を危険にするんじゃなくて、他の人への死に繋がるかもしれない予感だ、それは、こんなにも怖かった。馬鹿みたいな会話した相手が、戦闘後には物言わぬものと化しているかもしれない。
「……」
唾すら飲み込めない。
全員が黙ってその時を待つ。待ち続ける。
『空間』内部から音が聞こえるたびに心臓が高く鳴る。
『赤』と『白』の変化するタイミングを見計らって侵入する予定だった。
入ったはいいものの、こちらが攻撃することができなきゃ奇襲の意味なんてありはしない。
「――」
手を握られた。
やけに柔らかい感触。
それが誰だったのかを確認するより先に、暖かさは離れ、ウーツが手を挙げ、扉は開けられた。
「行くぞ!」
「おうッ!」
そう叫ぶことができたのは幸い。
固まろうとしていた意識に熱が入った。
遅れず、衝突せず、事前に決めた通りの順番で『空間』へと侵入する。
暗い通路から明るい室内へ、まぶしさに目を細め、両手で剣を『掴む』――
「ッ!?」
数歩ばかり駆け込んですぐ、本当に目の前にホブゴブリンらしき敵がいた。
僕も驚いたけど、向こうもまた驚いた。
亜人――人型、つまりは魔族!
脳を経由せず、脊髄だけで攻撃する。当たった、首の半ばまで斬り込めた。
見開かれた敵の目、血しぶきが上がる、愕然が殺意へ変わる。けど、すでに致命傷、あと数秒も経たずに粒子に変わる――
そう、そのはずだ、にもかかわらず、そいつは叫び声を上げた。
気管から漏れる空気を無視して、野太い叫びが『空間』内に木霊する。仲間に僕らの存在を知らせ、いち早くモンスターたちを戦闘状態にまで起動させる……!
「――!」
トドメを刺すための次撃を行うより先に、太い足が上がり、蹴られた。
今は『白』の時間だ、レベル差だってそんなにない。防御した僕はただ少し後ずさるだけで終わる。
「――カハっ」
だけど、蹴り終えた体勢のホブゴブリンが笑う。
両手を広げたそれが、なにを意図したものかわからない。なんら僕にダメージを与えていないのに、どうして『確信』をその表情に浮かべることができるのか。
答えは――すぐにわかった。
多数の手足を持つ奴が、その背後から走り来ていた。
顔には凶暴な笑み。
前に取り逃がした相手だった。光の粒子となるホブゴブリンを踏破するように走り来る。
僕は体勢こそ崩しているけど、まったく動けないほどじゃない。
カウンター気味に『掴み』を併用した攻撃を仕掛けようとして――目算を外した。
「は!?」
敵は、加速した、明らかに『吹き飛んで来た』。
剣は根本で当たる、刃先で無い以上、半端な効果しかもたらさない。
敵魔族の体がぶつかる、本来なら『掴み』を使える僕に有利な距離、だけど覚悟と予測が一足先の行動を相手に許した。『僕の手首を両方ともつかまれる』――!
「会いたくてたまらなかったぜ?」
敵は血しぶきを上げながらも、牙を剥き笑った。
「やば……ッ!」
それは僕の能力を、完全に封じ込める体勢だった。




