113.駄目駄目について
古来から、お金で失敗した人の話は枚挙に暇がない。
どうしてなんだろうと思っていたけど、いざ自分がそういう立場に立ってみると理解できた。
それは、欲望の解放だ。
我慢していたあれやこれやを得ることができる。
いろいろと言い訳して封じ込めていたものを、全開にすることができる。
そう、人間の心って「ほどほど」に制御することが難しい。
全部を我慢するか、全部を得るかのどっちかの方が安定する。
そして、今目の前に我慢から解放へとスイッチを押し倒せる状況があった。こんなん、我慢できるはずもなく……っ!
「あー、うわぁ……いい剣だなぁ、これ買おうかなぁ、あ、概念伝達系の武器もある、まだ手が出ないけど、もうちょっと貯めれば大丈夫そうだなぁ、うへへへぇ……」
「→あかん」
「正気に、正気に戻るんだ! 俺だけにつっこみをさせるつもりか!? 未誕とはいえ英雄なんだろう! 救いを求めている人間がここにいるんだ!」
涙目のジツさんが説得してたり、フード魔術師が僕の裾を持ってぶんぶん上下に振ってたりしたけど、もはや目に入らなかった。
バラ色の未来が脳内で誕生していた。
ああ、素うどんが食べ放題だぁ……
書類上の金銭を実体化させてからは、さらにその感覚が強くなった。
手のひらから溢れんばかりの金の群、一見すると小石を乗せているだけだけど、一つ一つがすべて黄金。
白や青の光に照らされ、きらきら輝く。
「あはー」
「ダメだ、壊れつつある……!」
「ああ、天使様なの――!」
「ああ、お金が沢山――!」
「仮にも勇者パーティだというのに、どうして厄介なのがまた増えているんだ!」
「うふふぅふぅうう、そっかぁ、お金かぁ、お金だねぇえぇえぇぇ……!」
「ウーツ、おまえはまた何を……」
恍惚とする僕の手のひらに、重いなにかが乗せられた。
それは、万物を圧倒して駆逐する威圧と偉容を兼ね備えるもの、富の象徴、本物を持ったのが初めてだからかやたらとリアリティがない感じの、ペカペカと光輝を纏うそれ。
金の延べ棒だった。
がちゃんと粗野な音をさせて乗っている。
思わずハッと顔を上げる。
「お金だよぅぅ?」
ウーツが怪しげな笑みを浮かべていた。流し目だった。なんか「かもーん」って感じに手をわきわき動かしていた。
僕のパジャマの第一ボタンあたりに指が向かっていた。僕を見つめる目の光がまじだった。
「……世の中には、金で売買できないものもありますよね……」
気分が一気に冷めた。
「おお、やっと正気に!」
「売れるよお!? 売ってしまおうようぉおうぅぉう……! まだ生やしてないから大丈夫だからぁ! 先っぽだけだからぁああああ!」
透過するボタンに、ウーツは何度も再挑戦している。
僕は悟りを開いた心持ちでそれをスルーする。
「良かった、本当に良かった……!」
「ジツさん、なにも泣かなくても」
「君はこのパーティにまだ長くいないから、そんな風に言えるんだ! 一日二日なら耐えられることも一ヶ月二ヶ月と経つと話は別になるんだ!」
「……その一言で、やっぱり抜けたくなったんですが……」
「ふふふっふ……君は一度承諾しただろう? 俺の許可がなければ勝手に脱パーティはできないっ! もう逃がさないからなっ!」
「まじで落ち着きましょう」
「勇者とは話が通じるようで通じないし、魔術師はいい子だけどあまりお話をしてくれないし、ウーツは寝込みを性的な意味で必ず襲うし、キョウは――」
「天使様が、沢山なの……ッ」
さらに増えた天使を前に叫んでいた。最後の「なの」が「な゛の゛」って聞こえた。
たぶんその精神は天国に旅立ってる。
本来ならかなりの精密作業というか、面倒な行程をたくさん経過しなきゃモンスター制作はできないし、たとえ同種類の連続作成であっても大変さはあんまり変わらないらしいんだけど、とんでもない生産スピードだった。
さっきの『空間』でも、あっという間に天使だらけにしてた。
「この有様だ……っ!」
「……話が通じたら、むしろヤバいですね」
「彼らを率いてここまで来た俺の苦労がわかるか!? 王からの勅命を果たさなければという使命感は、もうとっくにすり切れたんだ! 人には限度というものがある! あと俺が本当に女かどうか検査しなければとか言い出していた奴らはどこに目をつけていたんだ!」
「ええと……」
僕もいまだにちょっと疑ってるとは言い出せない感じだ。
「せめて、せめて手足となる味方モンスターがまともだったらまだしも。天使系だけでは他の『空間』に攻め込んでも返り討ちに合うだけだ、俺たちが直接行かなきゃいけない……!」
ジツさんの悲痛な声は、もちろん狂喜乱舞している狂信者には届かない。
「彼女が崇めてるのって、やっぱり邪教とかじゃ……」
「言っておくが、君はさっきまで似たような状態だった」
「心底反省しました」
人間、どんな状態になってもいくらか冷静さを残さないとダメだと理解した。
+ + +
本来であれば、というかセオリー通りであれば、まずはゴーレムなどの「でかくて進路を妨害するモンスター」を作成するらしかった。前衛にそれらを密集させて防御態勢で待機、後衛に魔術師や弓兵などを配置し攻撃させる。
味方に対する攻撃は透過されるから、敵だけにそれらは降り注ぐ。
反撃するためには、高い防御力を誇るモンスターを越えなければできない。
「これが基本にしてもっとも効果的な『空間』の防御手段なんだ……」
天使系のモンスターは、あくまでも『空間』外への偵察や、三次元的な奇襲要員として使われるらしい。
「周囲の『空間』がどうなっているかの把握は、もちろん必須だ。だが、それだけしか作らないとか論外なんだよ……っ!」
「うふふふふっ、すてきなの、とってもすてきなの!」
「どうして昔の俺はモンスター作成は仲間に頼ればいいと考えたんだ……! ああ、こういう事態になるとか予想ができるはずがないからだな! そうだなもっともだ! 基本的なラインナップ全無視とか想定できるはずもない!」
「ジツさん、一人つっこみはむなしいからやめましょう」
「ならば、聞いてくれるか? 俺の愚痴につきあってくれるか……?」
「それはゴメンです」
「だよな! 俺も君の立場なら同様に嫌がる!」
かなり限界が近そうだなぁ、と思う。
徐々にガス抜きできれば最善。
人間の心って「ほどほど」になるのが難しいけど、周囲のことを考えた場合、そうした方がだいたい上手く行く。
勇者がいつの間にか僕の横で、うんうんと腕組みして頷いていた。
「→いい仲間たちだなぁ」
「へい、その勇者の人、他の選択肢がどんなのか見せてくれない?」
「――」
「非人間的な動きで後退しないでよ!?」
「前進しているようにしか見えないが、あれは一体どうやって後ろに下がっているんだ?」
「僕にわかるはずないですよね!?」
「異なる世界の知識にもないのか……」
「――」
深くフードをかぶった子だけが、一人黙々と夕食の用意をしてくれていた。
僕を含めて、他の全員がかなりだめだめな感じだった。




