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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
試験Ⅰ
120/179

112.迷宮礼賛について

『空間』中心の結節点が青く照らしている間が、一方的にこっち攻撃できる時間だとすれば、赤い光が照らす間は一方的にこっちが攻撃される時間だった。

僕ら『人間』に属する側がどれだけ攻撃しても通用しない。よっぽどレベル差があれば話は別なんだろうけど、たいていの場合は無駄な動作にしかならない。むしろ致命的な一撃を受ける隙になる。


幸いなことに防御力こそバカみたいに上がるけど、攻撃力はそれほどでもないらしい。

だからこそ、不利となる『赤』が照らす間は、黙って耐え続けるのが最善の選択。

攻撃するのは有利となる『青』か、中立となる『白』のときでないと意味がない――


以上のことを、僕は正座姿勢で聞いていた。

岩肌はごつごつしていて、ちょっとした刑罰気分だ。


「いや、あの、そういう体勢で聞く必要はないだろ?」

「いえ……」

「説明していなかった俺が悪い、君が未誕英雄だということは知っていたのに、情報の出し惜しみをした」

「それは僕が混乱して、言うことを聞かなかったことの理由にはなりません……」


ちなみにあの後、赤のターンが終わって、白の光が照らすようになった途端、決着はついた。

それまで延々と準備を整えていた僧侶と魔術と勇者の三種によってだ。

真空刃の乱舞と火炎の濁流と落雷の飽和が、『空間』内にいる七割以上の敵モンスターを瞬時に消し飛ばした。

容赦ない殲滅力は、当たり前だけど、わざわざ僕らを避けながら放たれるなんて無駄なことをしなかった。透過しながら目の前を渡って行く破壊の光景は、効かないとわかっていても鳥肌ものだった。

うん、瞬時に頭が冷えて反省した。


その後の残党狩りもあっという間に終わった。

というよりも、『白』の時間を狙って攻撃し、『赤』の時間に防御を固めていれば、もともと簡単に倒せる相手だった。

その世界なりの独特なやり方は、それなりの理由があってのことだ。初心者がいきなり好き勝手やっていい結果につながるはずもなかった。


ジツさんとの話が終わった後も、僕はしばし瞑目し「調子に乗るな」と自身に言い聞かせることにした。

ここが未誕英雄世界じゃない事実は、侮っていい根拠にも、下に見ていい理由にもなりはしない。


今はフード姿の小柄な魔術師が、結節点を人間の側――『青』へと変えている。

赤と白を入ったり来たりしていたものが、白ばっかりになり、やがて青の時間が生じてくる。

『空間』に残留していたモンスターのカケラが、それで残らず蒸発して消えた。


属性の変更を終えた後は、味方になるモンスターを生成する時間のはずなんだけど――


「キョウ……」

「はい?」

「天使系のモンスターは、防衛には向かないんだ、できればゴーレム系や巨獣系など他のを選びたい――」

「?」

「そんな顔をしないでくれ、別に不可能なことを言ってるわけじゃないだろ?」

「そんな無理なことを言わないで欲しいの」


キョウはぷいっと横を向く。

僧侶じゃないとモンスターの生成ができない、ってことじゃないらしいけど、生体や習慣や体組織構造やらの細かい部分を――それこそ人間で言えば医者ができるレベルできちんと把握してないと『造る』ことができないらしい。


「天使系は偵察にこそ向くが、そう多く必要じゃないんだ」

「つーん」

「せめて今夜くらいは安心して眠りたい、そのためのモンスターが必要なのは、理解してくれるよな?」


僕の目の前では、小柄なフードが、あきらめたみたいに首を振っていた。

たぶん、これは無駄な説得なんだろうと思う。


「教会では、モンスター一般について教えてくれていたはずだ。そうだよな?」

「天使様以外のことなんて聞き流してのよ?」

「自慢げに言わないでくれ……!」

「→やっぱり」

「興味のあることに、みんな興味があるよねぇえぇ……」

「僕が未だに着替えることができない理由を、それで説明したつもりですか……」


さすがに血走った目で見つめられながら着替える趣味はなかった。


フードつき魔術師の子が、僕とジツさんの肩をぽんぽんと叩いた。

どうやら慰めてくれているらしい。


「……」

「あの?」


勇者の人が僕をじっと見つめていた。

感情の読めない視線だ。

ジツさんの嘆願にも関わらず、やっぱり天使を作り出していたのを背景に、じーっと僕を見つめ続けている。


「ええと……?」

「……」


ぴっ、ぴっ、ぷっ――


「最後の音なに!?」

「→はじめまして、よろしく」

「今更!?」

「→戦闘ミスは誰にでもある、あまり気にしないほうがいいよ」

「選択肢をミスったんだよね? 今の絶対そうだよね!?」

「――」


僕の叫び声にも関わらず、どこか満足そうに勇者の人は去っていった。

ちいさくグッと拳を握っているのは、ひょっとしたら本人的には成功ってことなのかもしれない。

なぜか正座して進行方向に待ち受けていたウーツのことは、当たり前みたいにスルーしていた。


一心に祈るキョウは、相変わらず目の焦点が合っていなくて、くすくすと呪いみたいに笑ってる。


「そういえば、食料とかはどうしてるんですか……?」

「ああ、うん」


やがて現出してきた天使を前にきゃっきゃと喜ぶキョウと、それを前にがっくりとうなだれるジツさんに訊いた。

実質的には一人にしか訊いていない。


「人間側に属する結節点を経由すれば、外部と商取引が行える、君でいえばステータスが乗っている紙を使えばいいはずだ」

「え、そんなことが――」

「裏側に、獲得した金銭やアイテムが表記されているはずだ」

「おお……」


とてもいいことを教えてもらった。


「魔術はクソッタレな魔族をぶちぶちぶちぃって潰せるのがいいの。だけど、断末魔も潰しちゃうのがだめだめなのね? 天使様は両方を一度に味わえるのがすばらしいの! まさに神様の恩寵なの! ああっ……!」


だから、天井付近を旋回する天使を仰ぎながら、ガクガク震えてる人とか見えない。


ちなみに僕の手にしていた武器は戦闘終了後、両方ともあっけなく壊れた。

折れたツーハンドソードは二十等分くらいになっていたし、サーベルはなぜか鉄粉をまき散らしながら爆発した。

なんとか新しい武器が必要だと思っていたから、それが手には入るかもしれないって事実はありがたい。仮にアイテムとして入手できていなかったとしても、お金もあるみたいだから取引で入手すれば――


「……」


紙を裏返し、その内容を確かめ、僕は思わず真顔になった。


結節点の方に紙を掲げる、途端に購入物品とその支払金額の一覧が出た。

金銭感覚的なものに大きな違いはなかった。


今の今まで僕の中にあった不満――前置きなしの強制転移とか、女性化したとか、仲間と引きはがされたとかの、試験に対する憤りみたいなものの一切が消えた。


「……ジツさん」

「ん、なんだい?」

「がんばって、モンスターを倒しましょう、どんどん殺しましょう、一匹だって残しちゃいけない、このダンジョンにいるありとあらゆる敵を抹殺するべきです……!」

「どうしたんだい!? どうしていきなりキョウみたいなことを!」

「ああ、我が神のすばらしさにあなたも目覚めてくれたの?」

「こ、このペースでお金が手に入るのなら、借金帳消しにした上で新しい武器の作成だって……! ああ、醤油とか味噌の買い戻しもできるし、ペスが欲しがってた馬鹿みたいに高い鍋とかだって買えるし――」

「落ち着け、落ち着いてくれ、君まで正気を失う気か! 一人で楽になろうだなんて許さないからな!」


濡れ手に粟どころか、塗れ手に砂金な事態を前に、僕の自制心とか正気とかは吹き飛んでいた。


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