110.重要確認について
ウーツは、なんか僕のことをじぃいいぃいいいいっと見つめてた。
「なに見てるんですか」
「うひっ」
「なんで鼻息荒いんですか」
「ふひひひぃっ」
「というか首、傾けすぎじゃないですか」
なんかそのうちに折れるんじゃないかって角度だった。
「よ、よ、よろしくねぇええぇ……っ!」
「震えるな、舌なめずりするな、そして近づくなぁ!?」
ワキワキと高速で動かす指は、何をどうしようとも僕に触れること無く透過するはずだけど、それでも嫌なものは嫌だった。
というか、僕がまばたきする度に、ごくわずかに接近してくるのはすごい技術だと思うけど、目の前でやられると嫌すぎる……!
ジツさんは沈痛な面もちで首を振っていた。
「同陣営に攻撃できないってことは、問題のあるセクハラ以外は透過しないということで、俺からもつっこみ入れて取り締まれないってことでもあるんだ……」
「ジツさん、そこで諦めないで!?」
乾いた笑いと、遠くを見つめる目つきは、悟りを開いた人のものだった。
小柄でフードの人は、魔術構築を続けてる。必要な作業かもしれないけど、今は完全に他人事モードだ。
キョウさんはその手伝いをしている。
僕はなるべくまばたきしないようにしながら後ずさる。
ウーツは僕に見られ続けることに興奮したのか、肩と横隔膜あたりを痙攣させた。
この変態、無敵か!?
ぴっ、ぴっ、と音がした。
勇者が立ち上がり、近づいて、僕の肩をぽんと叩いた。
顔は相変わらず僕の方を向いていない。なんとなくこちらの方向を見てるかな、って感じだ。
ぴっ、ぴっ……?
どこか悩み迷うような音が続く。しばらく間を置いたせいか、他の選択肢はもう見えない。やがて、こっくり頷いたかと思うと。
「→あきらめよう」
「ようやく出てきた言葉がそれ!?」
僕の返事も聞かずに、勇者は満足したっぽい動作で元の位置へと戻った。
高速匍匐前進で接近した変態は、跳躍することで避ける。同時に攻撃もするけど、当然のことながら通用しない。
「棒状のもので、そんなに激しくぅううう――」
「誤解を招く言い方するな!」
「ねえ、眠くないかいぃい?」
「あんたの側では絶対眠らない!」
「うひ、ふふ、体に毒だよぅ、そのパジャマ姿は今すぐ寝たいってことだよねぇえええぇ!」
「違っがうッ!」
せめて距離を取ろうとするけど、それすらできない。
援護に来てくれたジツさんと一緒に踏みつけにするけど、それにすら喜んでいる風情があってものすごく嫌だ。
というか、ウーツの中でこれは「攻撃」にはなってないみたいだけど、なら一体何になっているのかは――
「うひひぅぅひぃ!」
白目剥いてる笑顔が教えた。
心なしか、踏む力を強くした方がハイテンションになってるような……
「ウーツは、実力だけはあるんだ……」
「ジツさん、実力があれば変態が許されるって風潮はどうかと思う……」
「俺もそう思う」
「どっちにしても、ずっとコレに狙われ続けるのは、ちょっと……」
「大丈夫だ」
「なにがです」
「いま君だけを対象にしているのは物珍しいからだ。普段であれば全員が対象になっているから……」
「節操がないにもほどがある!?」
「是非、俺のパーティに入ってくれ!」
「生け贄としてですよね! それって被害を減らしたいからってだけですよね!?」
「いや、それだけじゃない」
「本当ですか?」
「ああ、剣に誓ってもいいくらいだ」
「そりゃもちろん、人数増えた方が戦闘が有利になることは確かでしょうが……」
「それだけじゃないんだ……!」
疑問符を浮かべる僕の横で、朗らかに笑いながらキョウと呼ばれている神官が話しかけてた。
どうやら一段落終わったらしい。
「なにも悩むことはないの……」
やけに透き通った笑顔だった。
透き通りすぎていた。
あと、手の甲に血管が浮き出るレベルで力強くメイスを握りしめている。
「魔族どもをぶちゅっと叩き潰して鼓膜が震えるほどの断末魔を響かせることより他にすべきことなどないの、我が神もそれをお望みです――」
「彼女、邪神か戦神の信仰者ですか……?」
「まずは俺に小声で訊いてくれてありがとう」
「いえいえ」
さすがに僕だって空気くらいは読む。
「キョウの信仰対処は、平和と平等と均衡を謳う主神だ」
「またまたご冗談を」
「その中でも、特別に異端の一派が、その……」
「ご冗談じゃなかったのか……」
「平等にすべての魔族を殺し狂ったバランスを整えることで世の中に平和が訪れるの。これほどまでに明確な論理をなぜ人は理解しないの? 我が神は真の心のあり方を無視され、きっとお嘆きに違いないはず……」
キョウは膝折り祈りを捧げているけど、目の焦点がどこにも合っていなかった。
続く祈りの言葉は、途中途中に呪詛めいたワードが挟まっていた。小声すぎてよく聞き取れないことがありがたい。
「ね?」
祈る途中で顔を上げ、同意を求められても、僕にはどうしようもない。
どこか焦点の合わない視線だけど、勇者の人と違って煮詰めに煮詰められてドロドロに融解した熱狂があった、瞳孔が完璧に開いてた、めちゃくちゃ怖い。
「頼む」
ガッと肩を捕まれ、ジツさんに懇願された。
加重がかかってウーツの奇声が一オクターブ高くなる。
「お願いだから一緒に参加してくれないか、俺をこの状況に取り残さないで欲しい!」
「いや、でも――」
キョウさんが祈りを捧げているのは伊達とか格好とかだけじゃなかったらしく、卵形の空洞中心からゆっくりと何かが出現していた。
天使、のように見えた。
人型こそしているけど、まるで意志のない様子。
「ああ、また勝手にモンスターの生成を……」
「すばらしいの、我が信仰が形を作ってこのクソ汚れた場所に産み落とされ、清めてくれるの。あはは、なんて、なんてすてきな世界……っ!」
「ジツさんの今後のご活躍をお祈りします」
「祈りなんてもう聞き飽きてる! そんなのはいらないんだ!」
「いや、でもですね、さすがに……」
「条件としても君は合致している! 一番苦労した部分に合う人が本当に見つからなかったんだ! 初期メンバーが三人しかいなかったこともこれに由来している部分だってある!」
「は……?」
「わざわざダンジョンに潜ろうとする女は、どうしたって少数派なんだ。今回の人造勇者の性別がそうである以上、メンバーも揃える必要があった!」
「いや、その……?」
「まして、君のように単騎で敵パーティを圧倒できるとなると、本当に未誕英雄くらいしか――」
「なにを言って……」
言いながらも、僕は男前のジツさんの声が、いくらか高いことにようやく気がついた。
本当の性別を示すものは、それくらいしかなかった。
ウーツを見た、「うひひぃ」と恍惚と笑う顔は相変わらず変態だけど、けっこう整ったものだった、十本の指がわきわきと蠢いている。
そして、僕の寝間着がまたズレた。
『まるで体格が変化してしまったかのように』。
「女性同士でパーティを組めることはなかなかないんだ……!」
その叫びを聞きながら、おそるおそる僕は下を確かめてみた。
『掴む』ことができなかった。
なんか、無かった。
未誕とはいえ英雄なんだから、そりゃTSくらいしますよ(暴言)




