108.人造勇者について
勇者がなにか、っていうことに厳格な定義はないと思う。
だけど、一言でいってしまえばそれは『特別』だ。
一般人じゃなくて特別な血筋を持つ。
一般人じゃ得ることのできないスキルを持つ。
一般人じゃ装備することのできない武器防具を身につけることができる。
必ずしもイコールで『強さ』には繋がらない。それでも物語の中心に座している選ばれた特別、それが勇者って存在だ。
「だけど、自然に発生する勇者を待っていられない状況なんていくらでもある、それに、望み通りの勇者が現れてくれるとも限らないだろ?」
だからこそ、人工的に造り出すことにしたらしい。
世のため人のためにある勇者じゃなくて、国のためにある勇者。本物を参考に造られた模造品、ちょっとばかり生臭いけど、それでも「人を救う」ってことには変わらない。
魔術的措置で肉体を改変し、条件付け設定をこれでもかと組み込んだ魂を入れ、絶え間なく能力を向上させるようし向けたモノ、それがこの目の前にいる勇者、ってことらしい。
「はぁ……」
先ほどの場所で小休止をしながら、そんな話を聞いた。
周囲では敵モンスター――より正確に言えば『敵魔族』らしいけど――それらを撃退した後、急いで魔術的な儀式が執り行っていた。
それは、回復魔法よりも優先しなきゃいけないことらしい。
小柄なフード姿が杖を立て、それがぐんぐんと成長し、卵形空洞の中心点あたりで発光を始めた。青色の光が白光と交互に内部を照らす。
どうも、さっき戦ってた連中とは、この空間内部にある結節点の取り合いみたいなことをしているとのこと。ダンジョン探索というよりも、陣取り合戦だ。
僕としては、ため息しか出ない。
よくもまあ、という気もするし、なんなんだ一体、という気もする。
勇者は、英雄の一種だ。
僕みたいなよくわからないシロモノと違って、ある意味では本物だ。
なにせ未誕英雄は、未だ英雄じゃない。誕生後、本当に英雄やってるかどうかの確認もできない。
一方のこっちは、ちゃんと存在するし認められている。
「……」
上手く表現できないもやもやが、僕の内部にあった。
いくつもの感情が入り交じったものの内、何割かは引け目というか罪悪感だ。
僕は、ここに試験のためにいる。
一方の彼女は、本当に英雄として存在する。
本物と偽物との差が、明確にある。
なんだか申し訳ないような気分で彼女を見るけど、勇者は煙を出さない白炎に手をかざしていた。
いくらかぼーっとしている様子もあるし、感情とは関連のなさそうな笑顔が口元に浮かんでいるけど、戦う人にも、選ばれた人にもまったく見えない。
「――」
ふと、勇者が僕の方を見た。
小首を傾げ、また例のぴっ、ぴ、て音をさせ。
「→どうかした?」
「いえ、その……」
ずっと見続けていたっていうのに、いざ訊かれたらなにを質問すればいいのかわからなかった。
「勇者、なんですよね?」
「→はい」
「未誕英雄については、知ってますか?」
「→はい」
・いいえ
「……ん?」
「……」
「え、ええと、やっぱり戦闘とか強いんですよね?」
「→そうでもない」
・それほどでもない
「んんん……?」
矢印が滑り、ヘンに現れた文字の頭部分を移動する度に、ぴっ、ぴ、って例の音がしていた。
いや、というか、この現れて見える文字、なに?
そもそも矢印ってなんだ……!?
「こ、こんばんは?」
「→こんばんは」
・おはよう
・血塗れナイトキャップに挨拶されちった
「……ご機嫌いかが?」
「→良好です」
・最悪です
・ごはんまだかなー
「……お腹空きましたね?」
「→はい!」
・いえす!
・もうすぐ飯テロが開始されそうな件について
「……」
思わず後ずさる。
たぶん、顔は盛大にひきつっていると思う。
確かに心にあった憧れとか「ひょっとしたら僕らの未来の姿」みたいな感情がぐんにょり捻じ曲がった。
本当に、なに、これ……?
僕の行動に対して、勇者の人はなにも反応しなかった。
ただ僕の方角に顔を向けてるだけだ。
明確な意志みたいなものはない。
「……」
うっすらと見えるのは、ひょっとして――
「別の選択肢……?」
勇者からの反応はない、聞こえているかどうかもわからない。
そもそも、僕に見えるこれが、本当なのかどうかもわからない。それこそ勇者固有の、看破に対するジャミング能力とかなのかも。
いや、でも、なんでそれが?
僕は息を整え、勇者を見つめる。
すこし、いや、かなり緊張していた。
「……あなたはあなたで、他の意識はありませんよね?」
「→ない」
・ある
・どうしてそれを知っている……!?
「プレイヤーとか、ゲームとか、そういう言葉に聞き覚えは?」
「→ない」
・ある
・面白いゲームが最近増えてきたよね!
「どうしてあなたは勇者に?」
「→皆んなのために」
・世の中金だよ金!
・逆ハーレムとか、好きだからー!
・世界を征服するのは魔王ではない、我だ……!
「ええと……つまりあなたは、なにか特殊な処置を受けたただの人間、ってことでいいんですかね?」
「→はい」
・いいえ
・中の人などいない!
・え、まさかここ見えてる? やっほー、仲良くしようねー!
「……」
「……」
本当か? 本当に口に出してる答えが答えなのか!?
見えてる別の選択肢って本当に僕の錯覚か!?
なんかいろいろおかしくない!?
というか、見える選択肢が増えるに従ってヘンなものも増えてる! だけど、どうして変でおかしいのか、いまいち、こう、上手く言葉で説明できない……!
「少し変わっているだろ?」
ジツさんは、どこか悲しげにそう言う。
僕はコクコクと頷くより他にない。
たぶん、ジツさんが思う以上に変だと確信している。
「彼女はもともと俺の知り合いでね、志願して勇者になったんだ。文字通り、勇気ある人なんだよ……」
今の会話の中に、勇気要素がどこにも感じ取れなかった僕は、何かが間違っているのか……?
僕とジツさんの前で、勇者は変わらず手をかざしてあったまっている。
完全に動かず、なにを考えているか外からじゃわからないけど、僕が見ている前で次々に『選択肢』が湧いては消えていた。
・あー、あったけー
・行動>ジツのメガネを取る
・未誕英雄なんだから、あだ名はみったんが妥当……!
・またしばらく話せんのかー、緘黙制限強すぎんよー
・みったんは・白血球が風邪ウイルスと闘って死んだ残骸が含まれている
・うわ、また変なバグ出てるしー!
……国が行った人造勇者は、いろいろな意味で問題があるみたいだ。
ただ、うん、彼女はたしかに『特別』ではあるのかもしれない……




