106.戦闘称賛について
さすがというべきか、当然というべきか、落下した岩には誰も当たっていなかった。
僕から見て左右に空いている横穴へと退避している。例外は僕が攻撃した相手だけ。意志を無くした頭と、だらしなく横たわる体が、光の粒子になって解けて消えた。
どうやらここは、そういうところらしい。
漂っていたはずの血の匂いですらも消えているのは、なんだかリアリティがない感じだ。
左側にモンスターが四、右側に人間が五、合計で九。
両方をいっぺんに相手するのは問題だ、というか、普通に負けて終わるんじゃないかな。
せっかくだから、小鬼の魔術師が僕を襲った誤解を利用する。
この場面、僕はいきなり人間の側から襲われる可能性は低いはずだ。
というか、退避したはいいものの、なんだか混乱している人間側の方は、今のところ放置しておいても大丈夫だと思う。
モンスターの側――即座に陣を立て直し、戦いの準備を終えた方へと向き直る。
落石の余韻がまだ収まらない中、戦士二人が駆けてきた。
三メートルくらいの巨人が顔に激怒を浮かべながら地響きと共に走る。遅い。
コウモリみたいな羽を生やした方が、飛翔と跳躍の中間みたいな軌道で来る。速い。
無為無策とも思える突進は、きっと僕が魔力弾で攻撃した事と薄すぎる装備のせい。
つまり、僕を魔術師であると判断した。
魔術師相手に距離の遠さはマイナスにしかならない。
また、数からしても五対五から四対六になってしまった。これをせめて四対五にしようって考えは妥当だ。
背中を火で炙られたような焦りが伝わる。敵の挙動がそれを教える。
味方を殺されたことよりもさらに上の、全滅に至るかもしれない恐怖だ。
僕の口角は自然とつり上がる。
すでに両手は空のまま、魔力弾の補充はなし。
突進していた羽付き、その顔に疑念が浮かぶ、こちらがなにもしないことの不審。
けれど動作は変わることなく、突進速度を利用し、右上から左下へと剣は振られた。明らかに、魔術師という手軽な獲物を刈るための挙動だ。
僕はタイミングを合わせて前進、斬殺に特化した剣を『掴んだ』。
「!」
もうちょっと正確にいえば、左手で斬撃を、右手で衝撃と左手そのものを『掴む』。こんなの、白刃取りとはとても言えない、能力を使っての防御手段。技じゃなくてスキルの使用だ。
だけどそれは、全力で振られたサーベルをぴたりと止めた。向こうからしたら僕が鋼鉄に化けたとでも思えたかもしれない。
あんまりにも急激かつ唐突に止めたせいで、羽付きの手首が妙な方向に折れ曲がった。軽いだけあって骨がもろい。
ぼきりぼきりと破損の音が、サーベルを通して伝わった。
剣だけを残して、本体はそのまま背後へ吹き飛んだ。
手に入れた剣を半回転させ、柄を握った。
ちょっと重い。『掴んで』把握し僕のものとする。
突進してきた巨人の、振りかぶる攻撃動作に対して、僕は片手だけのバンザイみたいな形を取った。手には剣。横一直線の形。パジャマの襟あたりがちょっとズレる。
「っ!」
突進する巨人は吠え、洞窟をびりびりと響かせた。無理もない。
本来であれば防御としてまったく不適当な形だ、踏ん張りが効かない素人以下の体勢。
馬鹿にしてんのか! とばかりに攻撃は真上から真下へ行き。
馬鹿にしてないよ? とばかり完璧に斬撃を受け止めきった。
ツーハンドソードにひょろひょろのサーベルが噛みつき、通さない。
『掴み』による固定化だった。
こと防御に限っていえば、けっこう有用なものになる。
「ごの゛……ッ!」
巨人は、額に多数の青筋を立てながらも剣を落とすことはなかった。奥歯を噛みしめ、鍔迫り合いの力比べに移行しようとする。
つき合っていられない。
ふと視線を向ければ、背後では羽の奴が唾を飛び散らせながら短剣を口にくわえていた。
落石を足場にしての反転突入だ。
僕は巨人と力比べをして身動きとれず、後ろから襲撃されている格好だった。
だからこそ、空いている方の手を伸ばし――
『掴む』
今度は、咆吼じゃなくて絶叫が洞窟を揺らした。
巨人の持つ剣、その柄部分を相手の手首ごと僕が『掴んだ』せいだった。
血しぶきがかかる、気にせず巨人の手首を『掴んだ』ままツーハンドソードを片手だけで振る。
踏み込む足を軸に一回転。
概念として掌握した剣は重さを感じさせず、相手にだけ物理法則の適応を強要する。
羽付きを短剣ごと叩き潰し、加速を乗せた一撃が元持ち主を両断した。
数瞬の間を開けて、前後二つばかりが光の粒子となって消える。
「うし……!」
いい武器が手に入った、と思えたけど、ツーハンドソードは不本意を表明するみたいに真っ二つに折れた。
そう上手い話はないらしい。
落石で分断された向こう、人間の冒険者たちが呆然と僕を見ていた。
けっこう平和な様子だった寝間着は、今は血染めになりつつある。生臭いニオイが嫌な感じだ。死体は光の粒子になるのに、どうしてこれは残ったままなんだろう?
ぴろりろりんっ
なんだか間抜けな音も聞こえた気がした。
だけど、それを上書きするような雄叫びが聞こえた。
戦士の上げるものというより、破れかぶれといった感じのそれ。
見れば額から角を生やした人が突進した。
後衛で、たぶん神官とかそういう感じの装備なのに、後先考えず駆けて来る。
落石から、ものの五秒たらずでチーム半壊。
その怨敵を葬らんとする動きなのかもしれない。
「▲▲▽■!」
何かの呪いらしい言葉。
紫色の輪が僕を拘束しようとしていたから、『掴み』壊しておく。
大振りなメイスの一撃を避け、すぐ目の前に晒された無防備な首もとを注視する。
そうして手に持つサーベルと、半分になったツーハンドソードでその首を上下から切り裂いた。
頭だけが宙を舞った。
「あ……」
洞窟出口のさらに向こう、別のモンスターが――手足の多い奴が背を向け走っているのが見えた。
逃げた?
いや、これは、違う――
くるくる回転していた角つきの顔を止め、その顔を確かめた。僕の疑念を肯定するかのように、凄絶に笑っていた、「ざまあみろ」と言うように。
すぐさま光の粒子となって消えた。
無為無策の突進じゃなかった。時間稼ぎのための行動だった。
叫ぶことで注目を集め、本命から目を逸らさせた。
僕はそれにまんまと引っかかった。
一人でも生き残らせて、情報を持ち帰り、後の対策とする。
これから先、僕が相手をするモンスターたちの多くは、僕の能力を把握した上で行動することになる。
仲間や己の命よりも、全体の生存率を高め、より確実に僕を葬り去る選択だ。
五人中三人が倒された時点で、一瞬の遅延もなくそれを決定した。
「やるなぁ」
僕はただ素直に敵を賞賛した。
間違いなく、戦いがいのある相手だった。
『定期試験開始』と書かれている紙に、いつの間にかその文字が消えて別の情報が書き込まれていたのに気づくのは、もうちょっとしてから。
そこには僕のステータスとか、レベルだとかが現れ、『人間陣営側で参加』とかいう文字まで書かれてた。
そう、いつの間にか参加陣営が勝手に決定されていた。
まあ、別に文句はない。
強くて尊敬できる相手は、味方にするより敵にするに限る。




