105.試験開始について
寝ていたんだから当然のことながら寝間着姿。
最近ペスが冗談半分に買ったナイトキャップが頭に乗っている。
着心地のいい衣服は眠る時には最適だけど、ごつごつとした岩石とか真っ暗闇で敵がどこにいるかわからない事態を前には役立たず。
心許ないってレベルじゃなかった。
ごくりと唾を飲み込んだ。
そろりそろりと手足を動かす。
暗視の能力とか持っていない僕は、周囲を触って探ることから開始した。
けっこう広かった、少なくとも普通に立って歩くことができるだけの高さはあった。
僕自身も探ってみる。完全に丸腰、どこにも武器はない。起きていても無かったんじゃないかって事実は今は忘れる。なんとなく体全体が柔らかい感じになっているのは戦闘状態を維持しているからか。固くなっていたら咄嗟に動くこととかできない。はらりと紙切れが一枚落ちた。
「……?」
それは暗闇の中で文字を光らせていた。
落下しきる前に拾って確かめる。
定期試験開始♪
……それだけが、ぺかぺかと発光する文字で書かれてた。
裏返してみても、なにをしてもそれ以上の情報はなかった。
「え……試験……?」
じわりじわりと、恐怖というか危機感みたいなものが水位を上げた。
素っ気ない、ごく単純な情報だけを告げる文字。
どうすれば得点だとか、なにをすればクリアだとか、そもそもなにを試すものなのか、そういうことはまったく書かれていない。あるのは「これは試験ですよ」って事実だけ。
でもそれは、だからこそ最悪の情報だった。
前にやったダンジョン探索、あるいはクエストとか依頼とかとは根本的に異なるもの、知り合いの二回生が揃いも揃って同情顔をするけど決して詳細を口にしない難問、この未誕英雄世界の一番の『生まれ』る要因、それが、この『定期試験』だった。
結構いろいろな面で優遇されている僕らが越えなきゃいけない関門。
衣食住が、かなりの面で高水準にあるのは、言ってみれば死刑囚に対するそれなのかもしれなかった。
のんびり惚けて精進を怠っている者たちを残らず排除する状況のただ中に、いま僕はいる、寝間着姿で。
「格好がつかない……」
文句を言ってもはじまらないけど、がっくりとやる気が抜けることは止められなかった。
+ + +
とにもかくにもまずは移動。
あたたかなコタツとか、料理とか、買ってしまったちょっとお高めのお酒とかを脳裏から追い出し、ここが死地であるって事実を僕自身に言い聞かせる。
なにせ今は徒手空拳だ。
武器を持ってない近接戦闘者とか、役立たずにもほどがある。
黒々とした洞窟の道のりはどこまでも続いて、どこになにがあるのかまったく見通せない。
メモ書きはポケットの中にしまい込んであるけど、ほのかに光って外からわかる。ナイトキャップの中に入れても、どれだけ奥深くに入れても変わらなかったから、なにか魔術的な機能があるのかもしれない。捨てようかとも思ったけど、何かの役に立つかもしれないと、とりあえずはそのままに。
「……」
足は裸足、ぺたりと岩肌の感触が冷える。
なんだか、耳がへんだった。鼓膜が圧迫されてるみたいな感じ。ここが洞窟っていう密閉空間であることを感じ取る。
体の調子もなんだかおかしい。いまいち本調子じゃない。あの黒鎧と今戦ったら間違いなく負ける。
「……?」
遠くに、光があるのがわかった。
形としては台形だ。
まっくらな中にぽつんとそれが灯ってる、他に比較になるものがないから距離はわからない。
すぐそこにあるようにも見えるし、かなりの遠距離にも見えた。どちらにしても、間に遮蔽物がないことだけは確か。ゆらゆらと輪郭が揺れていた。
「……」
僕はなるべく態勢を低くし、ポケット内の光が向こうから見えないようにした。
衣服は透過するけど、体まではさすがに透過しない。
情報を相手に与えるわけにはいかない。
見たところ、僕が持っているのと同質の光じゃない。
ほのかな緑光と違って、あっちは完全な白光だ。
魔術特有の、冷たい光だ。
それこそ冒険者とかそういう人か、それともなければ僕と同じ未誕英雄なのか、あるいはまったく別の敵なのか、なにもかもが不明。情報なしの、危険度わからず、判断材料まったくなし。
この状態、僕はいったいどうするべきか?
……このまま引き返して距離を取る、って安全案は却下したかった。
武器もなければ食料もない、情報もなければ目的も不明。今の僕はまったくなにもない、なんらかの手段でそれを得なければならない。
あの光が、敵であれ味方であれ、そういうものが得られる可能性がある。この機会を逃すわけにはいかない。
「強盗は、あんまりしたくないなぁ……」
とはいえ、生きて何かを成し遂げるためには、無理と無茶を行う必要もある。
場合によっては覚悟を決めなきゃいけない。
幸いなことに――と言っていいかわからないけど、僕が発見したのは人とモンスターの両方だった。
もっと言えば戦闘中だった。
どうやら卵形の空洞みたいなところの頭頂部付近に穴が開き、そこから漏れる光を僕は発見していたらしい。
上手い具合に彼らの様子を見て取れた。
いかにもな装備に身を包んだ人達が戦っている。戦場につきものの音がしないのは、たぶん魔術師たちが制御をしているからだ。洞窟内でそういう音を響かせれば、周囲に位置を教えているようなものだ。
数として五対五、前衛二人遊撃一人後衛二人と、メンバー構成も同じような感じ。
人間の方はあんまり変わり映えしないけど、モンスターの側はいろいろバライティに富んでいる。
羽がついてたり、角がはえていたり、小鬼だったり、手足の数が多かったり、巨人だったり。
「んー……」
戦況としてはほぼ互角。
だからこそ、困った。
すごく困った。
僕としては、この戦いに介入する理由がまるでない。
どっちが悪とかないだろうし、ただ戦ってるだけって考えた方が妥当だ。
モンスターと人間、僕はどっちの味方をすればいい?
どちらかが有利であれば、まだ判断の根拠になったんだろうけど、また上手い具合に互角の状況。
素手で寝間着の僕だけど、戦況を傾けるきっかけくらいにはなると思う。
普段であればこういう場合、僕は「関係ないし、勝手にやって」と引き返す。
だけど、できればこの場で何かを得たい立場としては、それはできない。
「……いっそ、両方の敵になろうかな……」
迷うくらいなら、その方がマシな気がした。
ここでの『試験』が何かは知らないけど、どうせ戦うのであれば「僕自身以外は全員敵」って状況の方がすっきりする。
僕は種族人間だから人間の味方する――そんな理屈よりはよっぽど好みだ。
すこしウキウキしながら立ち上がり、穴に落ちようとする。
その時、魔術師姿の小鬼が顔を上げ、僕と目があったのは、たぶん偶然。だけど、目を見開いて慄然としたのは必然だった。
寝間着姿でこそあるけれど、見た目的に僕は『人間』だ。
「あ、やば」
焦りながらも陣が描かれ、魔術が発動する。
見慣れた感じの、だけど、いくらか低レベルな魔力弾がこちらへ向けて殺到した。
直接僕に来たのは『掴んで』いなしたけど、周囲の岩盤に当たるものまでは対処できない。
周囲一体ごと、斜め方向にずれて落ちる。僕は卵形の空間へと落下する。
「馬鹿! なにをやって――」
たぶん、音響遮断の内側に入り込んだ。
モンスター側の指揮官が叫ぶのが聞こえた。
「伏兵が……!」
「落石を作るなって言ってるんだ!」
僕は落ちる、一緒に周辺の岩も落下する。量としてはそれほどでもないけど、数トンくらいはあるかな? 人もモンスターも関係なしに押しつぶそうとする。なかなか派手だ。
思わず口元に笑みが浮かんだ。
寝て起きてこの状況、完全無防備で戦場のただ中へと落下中。
やばい、楽しい。
興奮のまま、『掴んで』いた魔力弾を投擲した。
ぐるぐるとした自由落下の、上下逆さまの体勢で、体ごと回転させながら放ったそれは、落下物を貫き直進。落石から逃げ出す途中の小鬼に当たって、頭だけをより速く退避させ、ビリヤードみたいに岩盤へと衝突させた。
意志を失った体が崩れ落ちるのと、僕と岩石が着地するのは、大体同じくらいのタイミング。
「定期試験開始――」
宣言の言葉は、なによりも僕自身に向けたものだった。




