104.はじまりについて
お金がないって大変だ。
そんなことをしみじみと思う。
いろいろと節制しなきゃいけないし、苦労しなきゃいけない、具体的には「あれ欲しいなぁ」と思った時に我慢しなきゃいけない。リソースが少なければ自由度は低くなる。個人的な欲よりも、未来を見据えた効率こそが必要になる。
まして――
「うああぁあ……!?」
借り物の武器が、なんか砂みたいにさらさらと崩壊してる事態を前にして、ここまで絶望せずに済む……
ゲートの前、白い獣の幽体が惚けていて、ペスがやりきった感じのいい笑顔を浮かべ、ヤマシタさんがきょとんとまばたきし、委員長が「なんだか体が軽いです」とテンションを上げ、狼の顔を持つ二回生の人が困惑する中、僕は膝をついて拡散しようとする元武器を必死に『掴もう』とした。
無駄だった。
当たり前だけど、別のものを『掴む』ためには手を開けなきゃいけない。そして手を開ければ砂状態のものは拡散してしまう、どんだけ手を開閉させても『掴める』分量は変わらない。残ったのは両手分のものでしかない。
かなり貴重な素材――それこそ前につくって貰った剣の主な成分が、風に浚われ大半は未誕英雄世界に運ばれた。
それらは、僕が支払わなきゃいけない金銭の量だった――
+ + +
僕ががっくりと膝つきうなだれている内に、『生まれる』ことができるようになった白い狼は、あっけなく僕らから離れてどこかへ行った。冷たいなぁ、とは思うけど、この『救助作業』は依頼を受けて勝手にやったことだし、そんなものかもしれない。
その後、ハラウチさんがその最期を看取ったらしいけれど、どういう経緯なのかは不明。
そんなこと――と言ってしまうとなんだか冷たいけど、うん、結局のところは他人事の余所事だ。
二回生の人は、なんだか微妙なというか複雑な顔で、いつの間にか消えた白い獣を追おうかどうか迷ってたみたいだけど、その葛藤と悩みもやっぱり無関係。
彼らには彼らの、僕らには僕らの物語がある。
だからとっとと帰って、またぬくぬくすることにした。というかこの時期、あんまり外で長い時間活動してちゃだめだと思う。けっこう運動して汗もかいたから体も冷える。
交代でシャワーを浴びた後、みんなでコタツに足をつっこみ、「あー」と暖まって、うふふエへへと四人で四辺でだらけた顔を浮かべた。
まあ、だけど、それで僕の「お金がない」って事実は変わることはない。
「まじでどうしよう」
「おまえってさ」
「ん……?」
「なんか武器壊す呪いとかかかってんの?」
「そんな覚えはないんだけど」
「けど?」
「そのうちに、そういう属性がつきそうというか『生まれ』た後でも同じことをしてそうで怖い……」
「あー」
「納得しないでよ!?」
「いや、だって、そりゃあ、なあ?」
ペスが話を向けた先にいるのは、ヤマシタさん。
コタツ机の上で丸くなっている。片目だけを上げて、素っ気なく。
「否定する要素が何ひとつとして思い浮かばぬ」
「何気に酷い!?」
「ふふふっ」
「委員長……僕の不運は幸福には繋がってないからね」
「またまたぁ」
ぱたぱたと片手を動かす委員長は、いくらか体調がよくなっているみたいだった。
内部にため込まれていた『不運』をお裾分けしたお陰で、体調不良悪化が改善されてるみたい。
今は嬉しそうに首輪の感触を味わってる。
……その首輪がちょっと小さいというか、キツ目な感じに見えるのは、きっと僕の目の錯覚に違いない。
「でもよ」
「なに」
「ここってけっこういいところだよな」
「僕の部屋というか、このアパートってこと?」
「そ」
「立地としてそこまでいいとは思えないけど……」
「騒がしい奴がいないのがいい」
「そですね」
「うむ」
「……あんまり他の場所とか知らないんだけど、そんなに五月蠅いもんなの?」
「おれが今いるところって街の中心地に近いからな、夜でも起きてる奴がけっこういて騒がしいんだよ」
「なるほど」
「私はですね――」
「うん、委員長のはわかってる」
「説明するまでもねえな」
「衆知の事実であろう」
「えー」
子供の駄々みたいに両手を上下させていた。
タイミングを合わせて台所の湯飲みがパリンパリンパリンと割れていた。
どれだけ騒がしい人よりも、きっと委員長の方が破壊力があるに違いない。
「でも、ここっていいですよね、開いた部屋に引っ越すべきでしょうか」
「待て、待った、待とう、考え直そう。それはいい考えだとは思えないよ!?」
「だって昨夜、ここ倒壊しなかったじゃないですか、私がかなり油断していたのに無事でいる、これって見過ごせない事実です……!」
「……委員長殿が珍しくキリっとした顔を……」
「さすがにこの季節、起きたら壁が全て無くなっているのは嫌なんですよね、手足が冷えてしまいます」
「いいことじゃね?」
「ペス、人間って体温が必要な動物」
「まじか」
「お二人の邪魔をしてしまう形となるのは心苦しいものがありますが、しばらくの間、隣の部屋を住居にしようと思います」
「それは――」
「あ、もちろん家賃はお支払いますよ?」
それはできれば止めて欲しい、というか絶対止めて欲しい、肉体的に一般人の僕は寒空に放り出されたらかなり致命傷――
そんな言葉がパーフェクトに引っ込んだ。
喉の奥辺りでせき止められて、出て行かない。
ペスに助けを求めるけど、「しーらね」と言うようにぺらぺらと料理本をめくってる。
未誕英雄世界では、家賃って本来であれば発生しない。
ガス水道料金とかの支払いはあるけど、いわゆる土地代ってものはない。未誕英雄以外の人達には必要な契約だけど、僕らにとっては「住むべき範囲が決まってる」ってだけのことで、あとは好き勝手に住んで良しだった。
その、本来であれば支払う必要のないのを、お支払いしますよ、って言ってた。
半ば迷惑料としてのものかもしれない。だけど、喉から手が出るほどに欲しいものでもあった。
なにせ今の僕は、どこかのダンジョンに潜って金銭獲得とかやるにしても、使うための武器がない。さすがに素手でダンジョンに赴きたくはなかった。
委員長はにこにこ顔だった。
僕は苦渋の選択を迫られていた。
しばしの悩み――というより、僕自身を説得するための時間が経過した。
そうして声に出さないまま、苦悩したまま、僕はこっくりと頷いた。ちょっと泣きそうだ。
委員長は満面の微笑みを猫へと向けた。
「良かったですね、ヤマシタさん!」
「……なぜであろうか、拙者の住居も強制的に決定されているように思えるのだが……」
「私は野良ではなく立派なペットです、そのペットの住処は当然のことながら飼い主の住処でもあります」
「ペットは住居契約などしないであろう!?」
「つまり室内飼いではなく外飼いですか――アリですね……」
「委員長殿の脳内映像が大変いかがわしいものになってはいないか!?」
「ご主人様の命令とあれば、そう、仕方ないですよね!」
「すっげー心底嬉しそうだな」
「ペスさんは、そこの上司に無茶ぶりされたくはないのですか?」
「あー……なるほど、理解したわ」
「なにを!?」
「そもそも、委員長殿が拙者のペットであることが完全に決定されているように思えるのだが、一体いつからそのようなことに……」
「あ、仮にヤマシタさんが私のペットとなるのであれば、まずはそこのタレ目の人を殺さなければなりません」
「え……?」
「なぜにそのようなことに!」
「だって、ヤマシタさんをナチュラルに部下扱いしてるじゃないですか、私がヤマシタさんのモノであればともかく、ヤマシタさんが私のモノであれば、そんなこと許容できません。命がけで取り返してみせますとも!」
「……そんな扱いをヤマシタさんに対してした覚えは――少しくらいはあるけど、でも、決して心底そう思ってやってるわけじゃ……」
「そう、この場にはご主人様適正のある人が多すぎるのです、私も負けてはいられません!」
「やっぱおれもそれに入ってんだよな」
「無論です!」
拳握りながらの委員長の視線は、ヤマシタさんへ注がれていた。「だから負けないでくださいご主人様!」と言っているように思えたけど、肝心の猫はコタツで丸くなろうとしていた。
うん、つまりなんだかなし崩し的に、この場に全員で住む事が決定した。
どうしてこうなった。
ちなみに、空き部屋状況を調べてみた結果、僕ら以外に誰もこのアパートに住んでいなかったことが判明した。
たまーに気配みたいなものとか、壁ドンとかされてたと思ったんだけど、あれは幽霊だったのか、それとも引っ越してしまっていたのか、もう『生まれて』しまった住人がいたのかはわからない。
でも、ここって僕とペスしかいなかったんだなぁ、と思うと途端に二人の引っ越しを歓迎したくなった。
意外と僕は、寂しがりなのかもしれない。
賑やかな日々になるのであれば、少しくらいの不運は許容範囲内だ。
ちょっとずつ変化しながらも、僕らの日常は続いていくことになる。
まあ、とはいっても――この未誕英雄世界だと、どういうことが起きるかわからないけどね。
一寸先は闇どころか、一寸先が戦場だったりする。
「……え」
たとえば、ふつーに寝て起きたらダンジョンの中にいましたなんてことだって普通に起きる……




