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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
日常Ⅱ
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100.終わる日々Ⅲ

油断していたわけじゃない、地面の方ばかりを向いていたとしても、どこから襲撃されても対処する心構えはあった。

なにせ相手は辻斬りで、そういうことに熟練してる。


だけど、集団戦は想定外すぎる――!


「このッ!」


右手で『衝撃』、左手で『爆炎』を掴み、杖を振った。

暗闇が引き裂かれ、破壊が炸裂する。

破壊と火炎を放射状に振り撒き、僕自身が爆弾になったみたいな有様と化す。


敵は――白い獣たちは、たやすく吹き飛ばされるし、壊れるし、血や肉を飛び散らせた。


だけど、四本の足だけが、あるいは、下半身だけが迫った。

吹き飛ばし残した部分だけが走り寄る、まったく変わらない速度で、血肉を背後に残したまま、肉体だけが再生され、元の姿となって駆ける。僕がしたのは攻撃じゃなくて幻だったとでもいうような有様だ。誰だ、この敵が弱いだなんて言った奴は!?


がぢん――と牙が閉じた。衝撃が肉を穿つ。

飛びかかっていた一匹が、咄嗟に掲げた僕の左腕を咬んでいた。その目は無感動に、ガラス玉みたいに彼方を見つめる。

痛みよりもその虚無が印象に残った。


ほぼ同時に、多数の爪が高速で迫る。

白い姿が空間に線を走らせる。回避はぎりぎり、無茶な動きをしたせいで、牙がさらに食い込む。


線と音は連続した。一瞬も止まることはなかった。

僕の反撃は敵を血達磨にし、あるいは部分的に欠損させるけど、それは攻撃を遅らせる効果すらなかった。


「この……!」


じくりじくりと牙は進む、片手はふさがれている。

僕は右手のみで杖を『掴み』、さっき地面でやったような『衝撃』を放った。

さすがに十分掴めるだけの時間はないし、あそこまでの威力は発揮されない。だけど、周囲の獣を吹き飛ばし、数メートルばかり浮遊した。一緒に左腕の獣もついてくる。


わずかな間だけの空中遊泳、杖を手放し、右手で獣を『掴んだ』。

数種類を重ねたそれは、獣の顔を通過した、赤い血があちこちに噴出し、顎から下が落下する。

手元には生ぬるい筋肉繊維や血管が残る。

左腕にはいまだ顎と頭部が残る。


目玉もそこについていた。

僕を見つめていた。

歪んでいた。

歓喜に。


「あははははははははははははっはははははあっはああああああはあははははははあはあはははっはははははははははははははははははああははっっはああっははははははははははっははははっはあっっははっははっはははッ!」


静寂を引き裂くように、顎がカタカタと哄笑を上げた。

目がこぼれ落ち、口だけが笑いの形を作る。腕から剥がれ、地面に落下し、半ば砕けた後でもなお続ける。


吹き飛ばされていた白い獣たちも同じような笑いを上げていた。

腹を見せながら、あるいは、折れた肋骨を見せつけながら、あるいは、地面の染みから回復しながら。


「ひょっとして、歓迎されてる?」


着地し、放った杖を受け止めながら訊いてみる。

違うと言うように、全員が突進して来た。完全にタイミングを同期させながら。


呼吸を整える。

膝は緩く曲げ、半身となって敵集団と相対する。

同じ失敗はしない。


今ここでは、敵を逃さないことだけが求められる。

仲間が集まるまでの間、時間を稼ぐ。

僕のするべきことはそれだけ。


杖を振る。

敵の攻撃を避ける。

殺すというよりも弾く感覚。敵との距離を開け、あるいは転倒させることを主目的とする。


「なるほど――」


杖に『疾風』をまとわせる。螺旋状に伝わるそれは、当たれば敵をこけさせる

杖の中程を持ちながら体ごと回転し、周囲すべてを吹き飛ばす。

先端を持ち、遠間から先んじて攻撃を送る。

中間距離であれば、柄の長い剣としてこれを使用する――


「これはこれで、面白い――!」


杖術と呼ぶには、たぶんいろいろと稚拙だ。

だけど間合いを好きに選択できるこの武器は、けっこう僕好みのものだった。


剣であることの利点――刃の持つ殺傷力の高さは、『掴み』に特化した僕からすれば、それほど重要なものじゃない。


多対一、いつかのクエストのなぞり直しのよう。

だけど、今回は互角の状態を作り出せている。

実力が上がったからというよりも、武器の選択のお蔭だった。


敵を転倒させ、あるいは吹き飛ばし、できるだけ同時攻撃を行わせない位置取りを心がける。詰め将棋のような動作の関連、一つの動きが別の動きへとつながり、盤面の有利不利を作り出す。


理論面がそれだとすれば、現実面は血しぶきだった。

一つの攻撃を行う毎に地面を濡らす、砂鉄を引き寄せる磁石のような有様を続けながら、床をキックし、武具を振り抜き、獣顔を一二〇度ほど回転させ、大口を真下へと叩きつけ、突風で毛皮をタイルでヤスリ掛けにする。


時折、別の攻撃も試してみる。

熱や爆発、あるいは刃などの物理攻撃はまったく効果を発揮しない。

なにせ空間ごと真上から叩き潰して、内蔵も骨もぺっちゃんこにしても二秒で復活してくるくらいだ。


魂魄そのものへの打撃ですらも通用しない。霊体が飛び出たと思ったら、それ以上の速度で復元する。

不運は伝達するけど、それで相手は死亡するわけじゃない。


事態解決の糸口が見つからない。

僕のスキルだけでは、敵の回復力を越えられない。それでも諦めるつもりはない、ペスには止められたけど、いざとなれば相手そのものを――


「 いいね、君 」


唐突に、耳元で囁かれた。

聞いた覚えのない声、男にも女にも思える雑音の多い音。


咄嗟に『掴み』を行う先にあったのは、僕を咬んでた顎部分。

復元することなく浮かび、笑っていた。

即座に潰す。


それを契機にしたように、獣の動きが変わった。

がっちりと戦況を把握していた感覚が、手からするりと抜け落ちる。


空間ごと吹き飛ばさんとする一撃、突風の叩きつけを『完全に回避』された。

単純な突きも、見切られ当たらない。

行う攻撃すべてが空振りとなる。

敵の接近を許す、攻撃の圧力が高まる。

僕の避ける動作は、別の獣が阻害した。

危険――

歯を食いしばり、全身をねじり、少しでも傷を浅くしようとする僕に対し、ぺたり、と爪を伸ばさない前足で頬に接触された。

すぐに離れる。

動き、逃げ、反撃しようとする動きはまったくの無駄。同じことの繰り返し。

ぺたりぺたりと、何匹も何匹も――


「な……」


混乱する間もなく、白い獣たちは笑い、『ゲート』へと引き返した。

全員が予め決めていたようなタイミングの良さ。僕だけが取り残される。

ほんの数秒もしないうちにひょっこりと一匹だけが戻ってくる。

全身をバラバラに分解された体を、高速で巻き戻すように回復させながら。


「……」


獣は、笑っていた。

嘲笑の笑みだった。


呆然と、杖を片手に僕は事態を理解する。

この白い獣はきっとゲートを――時空を越える装置を使った。

他の未誕英雄では入っただけで『生まれ』てしまう地点、習熟なんてできないはずの装置を、この獣は利用した。


僕と戦い、しばらくの後にふたたび『ゲート』へと入る。

そして、三十秒ばかり時間を遡行し現れる。

白い獣は二匹に増え、やっぱり僕と戦い、しばらくの後に再び『ゲート』へ。

これを何度も何度も繰り返すことで、三匹、四匹、五匹と――その場に存在できる数を増やした。本人そのものによる分身、いや、存在の多重化だ。白い獣の視点からすれば、僕相手に連続で戦い続けた形になる。


つまり――最初のやつ以外は僕の行動を完全に理解していた。どう動き、どう攻撃し、どう回避するかを把握していた。


わかったその上で打倒せず、しばらくこちらの動きにつき合った。


――おまえの攻撃はすべて回避できた、おまえをいつでも殺ることができた。


笑みの意味はそれ。


――おまえの行動は、すべてこちらがお膳立てしたものだった。


挑発だ。


「……」


杖の先端を『掴む』。

片手のみだけど、全力で。


意識が透明に、硬化する、僕自身が無表情の仮面となっているのを自覚。


血を流す左腕の痛みを無視して開き、閉じる――そうして『僕自身を掴む』。

己の存在そのものを把握、これを自在とする。

無理矢理なレベルアップに似たような効果。どんな反動があるかわからない。


杖は長剣のように持ち、僕は一つの意識のみを――殺意のみを濃くさせる。


白い獣は歓喜する。

とろけるような笑み、あるいは懇願の、卑下た表情。


僕と敵は同時に駆けた。


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