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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
日常Ⅱ
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99.終わる日々Ⅱ

そうして僕は、杖をつきながら町中を歩いた。


わざわざ出向いてくれた二回生から話を聞き、あの白い獣がどういう相手なのかの情報を得た。


鍛冶屋に頼んで急場を凌げるだけの武器――素材でしかないこの杖を借りて、仲間に協力を求めてここにいる。


正直、準備不足だとは思うし、勝てるだけの目算があるかって言われたらかなり怪しい。

なにもかもが不確実で、不確かで、曖昧だ。

ハラウチさんが見れば、激怒しそうなほど行き当たりばったり。それでも、行うことに決めた。


どうしてこんなに忙しないことしてるのか、理由は自分でもよくわからない。

ただ、それを望んでいる人がいるのなら、すぐにでも与えなきゃいけないと信じた。


「――」


はあ、と白い息を吐く。

時刻は、お誂え向きに夜だった。

辻斬りが頑張る時間帯。

最近の騒ぎを知ってるせいか、出歩く人はまったく見かけない。

杖をつく音だけが響き続ける。ちょっとした修験道気分だ。


僕は、一回ごとに『掴み』を変えて、地面に染みこませるように突き、歩いた。


そう、白い獣は『下』から現れた。

委員長が一度はその力を放出した後に、襲撃を受けた。


地面の下、下水道に潜み、異常を感知し、これはと思う相手のみを選んで襲撃をしているからこそだ。


最初にハラウチさんを狙ったことから、それほど感知能力は優れていないと思う。

襲撃を仕掛けた際、あの場にいたのは、外見だけを捉えて言えば、一般男性、子供、病気の子だった。

三択の内、一番強そうな相手を選んだ。

ヤマシタさんやハラウチさんは、言ってみれば委員長に巻き込まれた形だった。


敵は、下水という複雑な地形に潜んでいる、今だってそこにいるはずだ。

しかも場合によっては体を自ら破壊して通常であれば絶対に通れないところも通り道にしているらしい。だからこそ、自警団の人たちは何度も取り逃がした。膨大な土の量に阻まれた。透過能力でも無い限り、追跡しきることは難しい。


だから、僕も追うことはしなかった。

その住処がどこかを探ることはしない。


ただ、おびき寄せる。

潜み隠れる相手に知らせる。

ここに、特異なスキルを持つものがいることを教える。


僕は『衝撃』を、『灼熱』を、『気配』を、『不運』を、『魂魄』を、『大気』を、その他さまざまな概念を打ち込む。

地面にそれを行き渡らせる。


杖を『掴んで』いるのは右手。

左の手甲はもう壊してしまったから、咄嗟の『掴み直し』を行うことができない。


きっと地面にいる存在からすれば、僕のやっていることはかなり目立つし迷惑なことになっていると思う。

水滴を落としたみたいに広がるもの、同じものは一個もない、それらは町を横切るように連続し、少し離れた場所へ――病院へとまっすぐ向かう。


ゲートがある場所でもあった。

僕らの始まりの場所であり、いつしか旅立つ地点であり、この未誕英雄世界の中心だ。


二回生が言うには、あの白い獣はその付近に出没することが多いとのこと。

全身を素粒子レベルに分解する装置の中に、延々と居続けた。

それでも、『生まれ』ることはできなかった。


時系列すらも細切れに、因果律すらねじ曲げ、運命を改変する装置。

そんなものですら、その回復力を突破することは適わなかった。


ゲート――誕生するより前にこの世界へと呼び寄せ、長く鍛え上げた後に再び送り出す装置。

運命をねじ曲げ、時間をねじ曲げるもの。

白い獣は、恨んでいるのかもしれない。


「――」


夜の病院、大きな建物は人がいないとやけに寒々しい。

日中であれば憩いの場になる広場も、今は植物の眠る様子だけがある。


夜の病院では、人がいない。

未誕英雄であれば入院するような人がいないし、ただの一般人であればもうちょっとマトモで安全なところへ行く。

夜勤担当の人に念のために断りは入れたけど、たぶん後で叱られるんだろうなと覚悟する。それだけ五月蠅いことをする予定だった。


杖を左手に持ち替え、振り上げて、強く、『掴む』。

細かい調整はできないけど、左手だとリミッターになるものがない。

ただ一個の概念――『衝撃』を伝える。

杖全体が細かく振動し、ほのかに光る。


素材でしかない杖、その限界量ぎりぎりまで『掴んだ』ものを、勢いよく振り下ろした。


「ふッ!」


杖は地面に大半がめり込み、次の瞬間、轟音と共にクレーターを作り出した。

委員長ほどの規模じゃない、それでも、破壊力を示した。種類だけじゃなくて力だってあることを伝えた。


無茶をすれば、当然、僕に跳ね返る。

僕は十メートルほどの高さにまで吹き飛ばされていた。

今度は『大気』そのものを『掴み』、もう一度振った。爆弾みたいな音が夜の病院に響きわたり、反発力によりさらに上昇。二段ジャンプで目的地へ行く。

胃の浮き上がる、あのヘンな感覚を味わいながら、狙った通りの地点へ着地。衝撃で足がちょっと痛い。


着いたところは、『ゲート』。

球状の空間であるそれは、何色と言うことができない。白かと思えば赤だし、黒かと思えば紫色。ぎゅるぎゅる変化しているわけじゃなくて一定で、なにも変わっていないはずなのに、見ているこっちが『別の色』だって認識する。そんな、よくわからない地点だ。


今回の計画には、これが必要だった。


とりあえず今は、高所から敵の出現を見極める。

僕の地点からはもちろん、別の棟にはヤマシタさんもいる。

出現を見過ごすことはないはずだった。


「さあ、来い……」


倒すのでも、目的を達成するためでもなく、ただ殺す。


殺傷されることが、そもそもの相手の望み。

なんだか妙な感じだった。

相手は、生きるためじゃなくて死ぬために戦っている。僕らは全力でその望みを叶えようとしている。

僕らの勝利は、同時に白い獣にとっての勝利でもあった。


「……」


僕は首を振り、気分を塗り替える。

目を皿のようにしながら、地面を睨みつける。

異常を何一つとして見過ごさない。

夜は変わらない。変化しない。ただ静かに音もなく、時間ばかりが刻々と流れる。

ずいぶんと、それは長く続いた。


――あれだけ目立つことしたのに、スルーされた?


そういう不安もわき上がる。

すでにペスや委員長にも待機してもらっているし、あの二回生も準備している。

敵そのものは弱いから、あちこちに散らばっても問題じゃない、他の人たちが駆けつける間だけ持たせればいい。


じりじりとした不安。

待ちかまえていることを察知されたのでは?

きちんと「殺す」ためのものであればともかく、「捕獲」を目的としたものであれば、避けることだってあり得る……


僕のそんな不安は――


「っ!?」


否定された。

万が一、捕獲をされてもすぐに逃げ、また「殺す」だけの実力があるかどうかを確かめるための奇襲――すなわち、『ゲート』から白い獣は飛び出し、僕へと襲いかかった。


一匹だけじゃなく、十匹以上が同時に牙をむき出しにして、飛びかかった。


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