98.終わる日々Ⅰ
一日泊めただけの間柄、あんまり報酬も期待できない、色んな意味でメリットは少ない、苦労ばかりが多くて大変。なにせ相手は『辻斬り』だ。倒すことはできた人はいても、殺すことのできた人はいない。
実力としては、どれくらいになるんだろう?
下手をしたら二回生以上なのかもしれない。戦闘力じゃなくて、その倒しにくさが。
でも、それは――この程度の困難は、多少なりとも縁ができた相手の、必死な頼みを断る理由にはまったくならない。
ハラウチさんは、幽鬼のように青白い顔だった。身なりに気を使えるだけの余裕がない様子だった。
『依頼』を受ける根拠としては十分だった。
……まあ、仲間がハラウチさんの家ぶっ壊してしまったから、っていうのも少しはあるけどね。
僕はその場で快諾した。
必要な作業はいくつもあった。
まず、その白い獣がどこにいるのかわからない。
どういうきっかけで、どんな判断基準で襲っているのかもまったく不明。
なによりも――どうすれば殺すことができるのかわからない。
何よりも情報が必要だった。
僕の中で図書館じゃなくて修羅場館と呼ばれつつある場所――鍛冶屋が黒鎧を睨みつけ、黒鎧はオロオロとしていて、司書さんがやけにつまらなさそうな顔をしているところへ乗り込み、情報がないかどうかを訊いた。
ここは、定期的に未誕英雄が来る世界だ。
『生まれ』ることができない人が、いつまでもそうであり続けるなら、その数は膨大なものになるし、もっと多く見かけるはずだ。
そういう事態が起きていないってことは、なんらかの手段があるはずだった。
調べたその結果、回復否定のスキル持ちとか、異空間に細切れにしながら吹き飛ばしたとか、時間を加速させて寿命を迎えさせたとか、そういう話だけが出てきた。
かなり役に立たない。
少なくとも、今僕らができる手段じゃない。
この世界は定期的に『掃除人』が現れるってことだけがわかった形だ。
そしてその『掃除人』は自覚してない場合もあるし、僕みたいに面倒臭がって対処を行わない場合もある。
辻斬りは、そういう人たちを焚きつけるためって面もあるみたいだ。
放置していれば、どんどん人を襲うぞ、それでもいいのか? 本当に放置し続けていいのか? そういう脅しだ。
もっとも、下手をすれば望むとおりの結末にならない――つまりは『生まれる』ことなく、捕獲されて身動き一つ取れないよう封印されることになりかねないから、ただの人間はあんまり対象にしない。
無差別に未誕英雄は襲うけれど、一般人は襲わない、そんな奇妙なバランスが形成されていた
これを辻斬りと、刀も持ってないのにそう呼び習わしているのは、最初の人がそうだったかららしい。
抜き身の刀を持って夜な夜な徘徊する未誕英雄の話は、今も怪談として残っているし、実はまだ『生まれ』ずここにいるって噂もある。
……うん、いろいろな調査の結果、わかったことは知識だけで、本当に欲しい情報はまったく手に入らなかった。
「どうしたものかなぁ……」
「すっげー厄介だな、これ」
「うん……」
閲覧室で背伸びをする。
十日以上もの間ずっと火で炙り続けたのに十秒もあれば復活するとか、そういうトンデモな回復力の例ばかりがあった。
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ため息をついて事態の困難さをたしかめる僕らの向こうでは、鍛冶屋がデートに誘いすげなく断れていた。
司書さんに無表情に半眼で「や」と言われたのに、なぜか鍛冶屋は満足そうな笑顔だった。鼻血が垂れていた。
少しあわてた感じにティッシュで拭こうとし、背後では黒鎧がわたわたとあわててその内部からいろいろなものを取り出してる。
ちなみに、回復力を無効化して攻撃通すようなものをくれないかと黒鎧に頼んでみたけど、渡された手書きのメモを見て断念した。
作るために必要な素材は、なんかもう、見ただけで不可能ってわかるものばかりだった。ドラゴンの鱗(空想の中に現れるものに限る)ってなんだ、どうやって獲得すればいいんだ……
「まずは情報まとめようぜ」
「うん……」
気づけば俯き加減になってしまう僕の額をつつきながらペスは言う。
「敵はあんま強くないんだよな?」
「そうだね、実力を隠してるってこともあるかもしれないけど、基本的に弱いって言っていいと思う」
「だけど倒せねえし、殺せねえ、それこそあの委員長の『不運』をもろに喰らっても平穏無事か」
「まともな攻撃手段は捨てた方がいいのかもね――あとペス、そんなにつつかないで」
「やだ」
断られてしまった。
あんまり面白そうな表情じゃないのに、僕の額をつつき続ける。
頭が小刻みに前後し続けることになる、ちょっと楽しい。
奥の方の席では、司書さんが黒鎧に、鍛冶屋が司書さんに、黒鎧が鍛冶屋に、同じようにつついてみたいと提案してた。
それぞれ断られていた。だけど、それぞれの手が持ち上がり、人差し指が狙いを定めた、誰も諦める様子がない。
「とにかく倒せない、それが問題」
「だな」
「白い獣がどこにいるのかわからなくて、会うことができないことについては――まあ、なんとかなるかな?」
「そうなのか」
「うん」
「なら、止めてやれば良かったんじゃねえの?」
ハラウチさんについての話だった。
今もあの白い獣を探して町中を探索していた。デッキブラシを片手に。
「無理だよ」
「そうなのか?」
「じっと待ってる方が辛いって場合もある。それに、僕の方法も確実とはいえない」
こうして図書館に篭もって調べものをしているのが、ちょっと申し訳なくなってくる。
それでも、情報は必要だ。
依頼受付と掲示板の方には、自警団の人たちへのメッセージを残しておいた。
今ここで調べ物をしているけど、彼らは僕ら以上に調査しているはずだった。是非ともその知識が欲しい。まあ、こっちには対価として差し出すことのできるものがあんまり無いから、単純に無視されて終わるかもしれないけど。
ため息をつく。
なぜか強めにつつかれた。すこし顎が持ち上がった。
「なにすんの」
「つまんない顔してるからだ」
「実際、つまんない状況だと思う」
「復讐の肩代わりするのにか?」
「……それが楽しいことの範疇に入るのってどうだろう」
「いろいろと行き違いがあったり、感情がすれ違ったり、怒りやら恨みやらが増大して楽しいよな!」
「そういうドロドロは御免したいよ……」
なんとなく、手を開閉させてみる。
タイミングに合わせてやっぱりつつかれる。ちょっと痛くなってきた。
「僕の、この『掴み』が通用するとも、ちょっと思えないんだよね……」
「やるなよ?」
指が止まった、真剣な表情だった。
「無理だって」
「だから、そういうことじゃなくても、やるな。『生まれ』ることができないレベルの膨大な回復力――そんなもん把握したら、どうなるかわかんないだろ」
「ちょっと便利そうではあるけどね」
「――」
「おーけー、了解したから指に魔力込めるの止めよう」
「『生まれ』たくてもできねえ――そんな状態より前に『生まれ』させてやるな?」
「遠慮したい」
「遠慮すんな」
「ぺスの介錯が必要な状況にはならないようにする、それでいい?」
「約束だぞ」
「うん」
「あとな」
「ん?」
「どうしてそっちも指さしの体勢取ってんだ?」
「僕もペスをつついてみたい」
「部下権限で却下だ」
「それって、やけに強大な権限な気がするよ?」
「負けないくらいの強権を、そっちが振るえばいいだけの話だよな」
「むむむ――」
静かに狼の顔をした二回生――自警団の人が訪れたのは、そういうタイミングだった。
その場にいる全員が人差し指を突きつける直前の態勢を取っていた。




