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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
日常Ⅱ
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97.交差の日々Ⅳ

剣はすぐには出来上がらない。

特に特殊な効果を発揮するものだと、幾重にも複雑な行程を重ねないと作成不可能。

だから、今、僕の手元に剣はない。

掴んでいるのは武器と呼んでいいのかも迷うようなもの――つまりはただの金属棒だった。

高さは僕の背丈よりもちょっと低いくらい、振り回すのにコツがいるけど、そのぶん威力は先端に乗る。


前の武器の素材だった。

これに色々手を加えて、あの剣にする。

高耐性高防御高体力――そんな倒すのにやたら苦労する巨大亀の甲羅から削り出したものらしい。

この状態でも『掴む』概念を通すことはできるけど、その伝達率はずいぶん低い。


でも、今の僕にはこれが必要だ。

こつこつと、定期的に地面につきながら町を歩く。戦いのための場所へと赴く。

無手では、とても行けない。


こんなことをしているのは、話を聞いたからだった。

もちろん、鍛冶屋の話じゃない。

混乱しながらの言葉は、なかなか伝わらない。時系列が前後するし、わき道に逸れるし、道筋が通らない、本人にとって当たり前のことを省略し、それを知らない他人にとってはおかしな話として聞こえてしまう。


それでも、『それ』はわかった。



 + + +



一泊をしたハラウチさんは、そのまま酒場兼受付へと赴いた。

いつものように掃除をし、いつものようにチェックを行い、いつものように仕込みを手伝う。

きっとあの妖精に小馬鹿にされるのだろうなと覚悟しながら。

なにせ着替えもしていない、昨日と同じ格好だ。

朝早くからやっている風呂屋はあるけれど、朝早くからやっている衣服店はなかった。24時間営業の便利な店は、望むべくもない。


不快に顔をしかめ、しばらくの辛抱と自身に言い聞かせながら、いつも通り椅子へと座る。


未誕世界における依頼の処理は、主に三つのセクションに分かれる。

一つはその情報を公示する掲示板、学内にある情報共有の場だ。

張られた紙を取り、ハラウチさんのいるところでチェックを受ける。


実力に見合っていない、あるいは必要と予測されるスキルが不足していれば断り、問題が多い依頼者であればそのことを知っているのか、本当に受けるのかどうかを確認する。人ならではの細かい部分での調整や見定めを行う。


そして、受け取った依頼書はキッチンの奥にひっそりとあるオーブンへと放り込む。

しばらくすると依頼書は消えており、代わりに紙と12桁のナンバーが戻ってくる。どうやらこの未誕世界のどこかに繋がっているらしいけど、誰が、どういう手段で、どうして顔も見せずに行っているのかはわからない。


ハラウチさんたちが依頼を終えた未誕英雄たちの達成率を見極め、オーブン横にあるダイヤルを回し、数値を打ち込み、スイッチを押すと、適切な金銭が出てくる。


ズルして稼ぎ放題ではないかとも思えるし、依頼人との間に齟齬が出るのではないかと思えるけど、今のところそうした問題は起きていないらしい。

あるいは、「起きていないことになってしまっている」のかもしれない。


ちなみにこのオーブン、調理器具としても優秀であり、たまに料理人のオーガが使用しているとのこと。

出来上がり時間をちゃんと見極めなければ、内部のものが消える。五分も放置すれば完全に消える。だいたい料理の出来と消える残り時間は反比例する。

涙目でアップルパイの行方を求める姿はよく見かける。


依頼受付と料理の運搬。

二つの作業は、今日に限って言えば忙しかった。

あの妖精が来なかったからだった。

本来であれば、担当する曜日と時間は決まっている。最近はそれを無視してつきあってくれていたけれど、たまにはこうして休むこともある。


ハラウチさんが専属となってからは、依頼受付の持ち回りは有名無実化してしまっていた。

他の助けは来なかった。

できれば今日中に住居を決め、電気を通すようにしてもらわなければと思っていただけに、その忙しさは多少不本意だったそうだ。


キッチンを担当しているオーガに質問されたのは、そんなときだった。どうして、今日に限ってそんなしかめっ面なのか、と。


無意識に難しい顔をしていたらしい。

道理で来る客全員が不思議そうな顔をしていたはずだった。


その理由は、新しい衣服を買いに行く暇がないから――ではなかった。

混乱が起きたからだった。

直感にも似た感覚、混沌の存在を知る前に知る。


自警団――あの白い獣を追っていた人たちが来たのは午後のこと。

夜通し追跡していたらしい彼らはどこか言いにくそうに、『それ』が起きた可能性があることを伝えた。


言葉の意味を脳が理解した瞬間、すぐさま飛び出し走った。

背後では呆然としたオーガが料理を落とした。

走る先は、教えられた住所だ。昨晩、泊まることを候補に挙げ、結局はやめた場所。サルファの住居だった。


廃ビルのようなところの、その最上階。

苦労する高さを一息に駆け上がった。


荒い呼吸を整えることなく、乱暴にノックする。

返事はなかった。

間を置いて、もう一度。

やはりなんの反応もない。


ドアノブを回す。

瞬間、「この未誕世界に来た時」を思い出した。

決定的に異なる扉を開いてしまう予感だ。


唾を飲み込み、開いた。

鍵はかかっていなかった。


そこは、ちいさく大きな部屋だった。

矛盾した表現にならざるを得ない所だ。


ベッドがあり、本棚があり、風呂場があった。

それらすべてはサルファ用のサイズであり、一見すると精巧なミニチュアだった。


それらはハラウチの視界の高さにある中二階にコンパクトに纏められていた。


使用していない場所が、ずいぶんと大きい。

一般的な部屋を縦に二三個重ねたほどの広さがある。

コンクリートむき出しのそこかしこには植物があった。貪欲な蔦が床を登り、ところどころに鉢植えも置かれていた。

天井はガラスが多く使われ、日差しを存分に受け入れた。


妖精用のそれとは別に、人間用のものが用意されていた。開いた扉自体が人間のためのものであり、妖精用のものは外の壁に繋がっていた。


そして――細々としたそれら全てには、獣の爪痕が刻まれていた。

ガラスは破損し、木々は打ち砕かれ、寝台は引き裂かれ、壁一面は破壊の痕跡と、血痕があった。


血の量は、人間の片腕程度。


サルファの姿は、どこにも無かった。

未誕英雄世界のどこにも、いなかった。



 + + +

 

 

「頼む」


昨日と同じ姿で、だけど、目に哀切を乗せてハラウチさんは懇願した。


あの白い獣を、『生まれ』させてやってくれ、と――






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