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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
日常Ⅱ
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96.交差の日々Ⅲ

未誕世界における偶然は、ときに必然になる。

偶然、曲がり角で人とぶつかるのが何度も繰り返されれば、『生まれ』た先でも同じようなことが起きることになる。


あるいは偶然、左利きの相手にばかり負け続ければ、そういう負け癖がついてしまうこともある。


なにが言いたいのかって言えば――


「やあやあ、偶然! 筋肉鍛えてるかい、どうなんだい、ひゃほぅ!」


こうやって、今だけは会いたくない人と出会ってしまうこともあるって話……



その鍛冶の人とは、中央通りでバッタリ顔を会わせてしまった。

なんか色々と忙しなかった夜を越えて、面倒で退屈な基礎訓練を終え、ちょっとした小銭稼ぎをしようかなと思ってる時だった。


鍛冶屋はあの小さな店で騒音をまき散らしているだけの生物だと思っていたから、こんなところに出没するとはまったく想定していなかった。というか、こんなレアな遭遇とかいらなかった。

満面の笑みで、僕の姿を認めて、ぶんぶんと大きく手を振ってきた。頬をひきつらせながら、僕もまた手を振り返してしまった。

そんなことをするべきじゃなかった、すぐにくるりとターンしてダッシュするべきだった。


「や、やあ、ひさしぶり……」

「どうだい、どんな具合だい、どうなんのさ!」

「な、なにが?」


できるだけ腰あたりは向こうからは見えない角度にしておく。


「ははあ、まったくおトボケる! こっちとそっちの間にあるのはただ一つ! 武器の話しかないって話!」

「そのイヤホンってなに?」

「そうだよ、そうなんだよ! ねえねえ、聞いてくれないか、聞いて欲しいんだ! というか今も聞いているんだけど、図書館でね――」


話を逸らすことに成功した。

どうやら今まで数少ない音源を、じっくりゆっくり餓えながら聞いていたものが、図書館で多量に埋蔵されていたのを発見したとのこと。


つきることなく出てくる音楽、まさに宝の山。

ここ数日は寝る時間すら惜しんで、ロックの海に溺れていたらしい。そのまま溺れていれば良かったのに。


「記録媒体によっては再生することができるないものもあるんだけれどもね、ジッサイそんなことは関係なし! そういうことじゃないんだよ! スピリットが、ソウルが、魂とかガイストとかがあるって話! その在処がこんな近くに無造作にあったりまえみたいに転がってるとか最高すぎて、もう、もうね!」

「あ、うん……」

「ロックの定義が広がること請け合いで、いままで自分がどんだけ狭い視野しか持っていなかったのか、よくわかった! どんだけ後悔してもし足りない! 魂だし霊魂だし心髄だし気迫なんだ!」


なんか同じようなこと繰り返してた。

よく見れば、目の下には濃いクマがある。


「あの司書の人が天使に見えた、というか天使だった! すごくかわいいし! 筋肉ないのだけが残念無念! ロックでもないしむしろ正反対だし、好みの音楽もかぶってないし、すぐに寝るけど、うん、だけどそういうことじゃないんだ!」

「ん……?」


目の前の、見た目派手っぽい女子の瞳に、熱狂が灯った。

上手くいえないけど、やばかった。


「そうだ、うん、ロックだった、音楽だった、だって司書さんかわいい――油断すればフニャフニャ寝るし、顔どんだけ近づけても気づかないし起きないし、あの図書館たいてい他に人いないし、ロックについて語っても嫌な顔しないし、他の人みたいに引いたりしないし、二人きりの時間だし、心臓ばくばく言うし、どうするればいいんだ、どうしよう!?」

「いや知らないよ!?」

「あがめる対象が変わりつつあるんだわかれよわかてってくれよ、どうしようもないんだ、このままだと道を踏み外す? 否、そうじゃないさ、そういうことじゃないさ、そうだ突き進もう、迷うことはないさ、止められないんだ、既成概念とか木っ端微塵だ、だからこその――ロックッ!」

「絶対それ間違った使い方してない!?」


そんなことは知ったことじゃないとばかりに、僕の両肩をガッと確保し。


「協力して?」

「かわいく言われても困る」

「武器どした?」

「えっと……」

「どこにやって、どうして今持ってない?」

「その……」

「あれ、かなり本気で全身全霊込めて作ったものなんだけど、できあがったあと三日くらい寝込んだくらいなんだけど?」

「うん、いい剣、だった……」

「過去形?」

「……」

「次の新しい剣、お値段割引しよっか?」

「是非協力させてください!」


即座に、まじめな顔で言う。

鍛冶屋は変わらない笑顔のまま、手の握る力を強くしながら。


「……やっぱぶっ壊して来やがった、この鍛冶屋泣かせ――」


なんかドロドロとした呪いみたいな言葉を僕へと投げかけた



 + + +



その後、図書館でまた新しいのを借りる鍛冶屋について行くことになった。

協力とは言っても、なにをしていいものやらわからない。というより、司書の人があの図書館以外の場所にいた試しがないから、あんまり取れる選択がない。


……本気で、食料とかどうしてるんだろう?


僕らよりも先に、黒鎧が巨体を縮めながら図書館へ入っていく姿があった。

鍛冶屋は、ちょっと意外そうな顔をした。

思わず立ち止まって、その姿を見送ってしまったのは、巨大な鎧がスキップしていたからだ。


あと、基本的に異常なくらい来訪者の少ないところだから、他の人がいるとは思わなかった、ってのもあるかも。


ガラスを多様している図書館では、外からでも内部の様子がよくわかった。

黒鎧は小さく手を挙げ、司書に挨拶していた。

司書が、ほんの少し笑い、振り返してた。

親しげだった、仲のいい友達に見えた。


「ねえ、痛いんだけど」


爪が立ってる。あと気も立ってるし、殺意も盛り上がっていた。


黒鎧が身振り手振りで本の感想を伝えた。

司書は優しい目で頷いてる。


「あんな表情、初めて見たかも、というかあれだけ長い時間起きてる司書さんって珍しい――」


爪立ててる人が「ぐるるぅ……」とうなり声を上げた。

なんだろう、協力ってひょっとして、僕が八つ当たり対象になるとかそういうことだったのかな。

そろそろめり込んだとこから血が出てきそうだ。


黒鎧は目をアーチ状にしながら、司書の手を両手で握り、ぶんぶんと上下させる。いい本を紹介してくれてありがとう、ってことらしい。


そうされている側は、唇をとがらせ、窘めるようなことをたぶん言った。

黒鎧は、あわてたように手を離し、ぺこぺこと謝罪した。

司書は、手を胸元に持ってきて、抱きしめるようにしながら横を向いている。頬は赤かった。


「呪っ……」

「ロックは!? ロックな精神はどこいったの?!」


そして、司書は背後にある扉を開け、黒鎧を招き寄せ、二人で一緒にそこをくぐる。

こちらからだと見ることができなくなる。


「ふ、二人きりとかっ、やったこと、あるしっ!」

「いや、司書さんが自主的にそうなるようにするのと、結果的にそうなったのは一緒じゃないと――」

「ああ゛!?」


再び扉が開いた。

司書さんがあわてたようにパタパタと小走りになり、扉に「休館」のプレートを下げた。

そして、忘れたものを抱え、また扉奥へと戻った。


抱えているものは、枕だった。


「――」

「あの……」

「……武器を作るぞ」

「なにに使うの?! 僕になにをさせるつもり!?」

「協力しろ」

「辻斬りとか僕はやりたくないから!」

「辻斬り違う、これ忠罰!」

「どこにも忠義要素ないよね!」


けっこうすぐ黒鎧は出て来て、その手に本を持っていたけど、それでも鍛冶屋の目つきはなんかこう、「殺」って感じだった……

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