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この教科書に、恋の答えは載ってない  作者: A:write
第一章 春に出会って、それが続けば良いと思った‥‥‥。
3/3

第二話 真っ白だった俺に、鮮やかな色が一色、混ざっていった気がした。

 AM06:00


「ん‥‥‥」


 目覚まし時計に起こされた朝は、あまりスッキリとしない朝だった。


 眠気がかなり残り、怠い。


 布団をたたみ、歯を磨きに台所に向かいながら昨晩のことを思い返す。


――――――昨晩は、とにかく騒がしかった。


 未成年なので名称は伏せておくが、所謂『麦の炭酸飲料』を飲んでテンションを上げる人が数名いたり、他愛のない会話をしては、馬鹿みたいに笑いあった。


 俺は、面白いから笑ったのではなくて、嬉しかったから笑った。


 正直、話しの半分も理解できなかった。


 それだけみんなが、色んな世界を見ていたからだ。


 俺は‥‥‥病室で見た景色しかない。


 薬の名前と効能についてはある程度知ってる‥‥‥としか、自慢できそうなものがない。


 そんな空っぽの俺が聞いたみんなの話しは、俺の世界を広げてくれた。


 そして、好奇心を刺激し、夢や目標を増やしていった。


 昨晩はそれだけの経験をした‥‥‥そう思う――――――。



「嶌津、おはよう」


 台所に着くと、そこにはすでに起床して歯を磨いている倉橋先輩がいた。


 頭は寝癖でボサボサなのが、ちょっと面白い。


「おはようございます、倉橋先輩」


「おう。

 にしても、朝早いな」


「ああ、今日は早いうちに学校に行って色々と話しをするそうなんで」


「なるほどね」


 倉橋先輩は首を何度も縦に小さく振り、納得したのを表現すると、歯磨きを終えて早々と口をすすいだ。


 俺は気遣ってそばにあったタオルをとって倉橋先輩に渡した。


「お、サンキューな。

 気が利くのいいことだな」


「いえ、それほどでも」


 まるで優しい兄のような温かさを感じる。


 そんな倉橋先輩は黒いエプロンを着ると、冷蔵庫に向かって歩いた。


「そういえば聞き忘れてたけど、嶌津って苦手な食い物とかあるのか?」


「いえ、ないですよ」


「そか。

 そんじゃ、ご飯を作りますかね」


 ちょっとめんどくさそうな様子で、倉橋先輩は後頭部を掻きむしった。


 冷蔵庫の中にある材料を適当に選び、左腕で抱える抱えるように持って水道に向かうと、野菜類を洗い出した。


 俺は邪魔にならないように少し離れた所で歯磨きをしながら、倉橋先輩が料理をするところを見ていた。


「そんなにマジマジと見たって、なんの参考にはならないぞ?」


「いえいえ、料理をしたことがないので、興味があって」


 倉橋先輩は少し驚いたように目を見開くが、それ以上詮索せずににっこりと頷いて「そうか‥‥‥」と言って料理に移った。


 木のまな板を出すと、家庭用の洋包丁を使って野菜をある程度の大きさに切っていく。


「まぁ簡単なものなら教えられるから説明しながら作るけど、今俺がやってるのが味噌汁の下ごしらえだ。

 野菜は可食部と非可食部を覚えておくとゴミが減るから少し覚えておくといい」


 そう言いながら倉橋先輩は、謙遜するには勿体無いほど丁寧に、されど早いペースで材料を黙々と切っていく。


 野菜を一通り切り終えると、ガス代に鍋を出して火をつけた。


「あとは特にこだわるところはないな。

 まぁ肉とか入れるとアクが出るから、こまめに取っておくことが大事だな」


 そう言って味噌汁の調理を終え、あとは煮込むだけになるとテキパキと次の料理を作り始めた。


 ここまでにかかった時間はそれほどない。


 慣れてるっていうのもあると思うけど、料理が得意なんじゃないかなって思う。


 俺は‥‥‥どうなんだろな?


 病室じゃ、勉強しかしたことがないから得意、不得意が全然わからない。


 これからわかるだろうけど、高校生活は三年しかない。


 少し焦ってやらないとな‥‥‥。


「‥‥‥嶌津」


「はい?」


 そんなことを考えてると、黙って俯いていた俺が気になってか、倉橋先輩が声をかけてきた。


「嶌津に何があるのか、俺は知らないけどさ、無理はするなよ?

 急いでやったって、どこかが中途半端になるだけで特なんてしないからさ。

 多少ローペースでも、じっくり丁寧にやればきっと良いものが得られるぞ」


 彼は、俺の心を見透かしているみたいだ。


 俺が何に悩んでいるのかを‥‥‥もしかして、俺はそんなにわかりやすいのかな?


 それでも、倉橋先輩の言葉は俺の中で一つのわだかまりを消してくれた。


 やっぱり先輩っていう存在は偉大だな‥‥‥。


「さて、そろそろ出来るから俺はみんなを起こしてくる。

 嶌津は先に食べて学校に行ってこい」


「はい。

 ‥‥‥あの、倉橋先輩!」


「ん?」


 俺は走り去ろうとしていた倉橋先輩を呼び止め、そして一礼して言った。


「――――――ありがとうございます!」


「‥‥‥おう」


 少しの間の後、倉橋先輩は少し照れくさそうに頬をポリポリと掻きながら返事をして、急ぎ足で階段を上がっていった。


 俺は倉橋先輩が去るのを確認すると、炊きたてのご飯と出来立ての味噌汁やサラダを器に盛ってテーブルにつき、食事を摂った。


「‥‥‥ッ!?

 おい、しい‥‥‥」


 言葉が出なくなりそうだ。


 一人ぼっちの食事なんて、病院で何年も経験していたじゃないか。


 なのに、どうしてだ?


 こんなに温かくて、優しくて、心地いい食事がこの世に在るなんて思わなかった。


 色んな味があって、色んな温もりがあって、色んな優しさのある料理。


 どこにでもあるし、店で作ったものはもっとしっかりして美味しいのかもしれない。


 それでも、俺は今この場で断言できる。


 今この場所で食べた料理こそ、俺の人生で一番美味しい料理だってこと。


 そしてこの料理は、俺に一人じゃないんだってことを伝えている気がした――――――。




***



 AM07:30


 俺は高校の制服に着替えて寮を出ると、まだ慣れない道を探り探りで歩き出した。


 俺が早く家を出たもう一つの理由が、道に迷う可能性があることだった。

 

「ここを右に曲がって‥‥‥。

 次はここを左‥‥‥あれ?」


 よし、予定通り道に迷ったぞ。


 ‥‥‥いや、ピンチじゃん。


「‥‥‥ハァ」


 つい、ため息が出てしまう。


 なんだっけ、ため息をすると――――――。


「――――――幸せが一つ、なくなっちゃうよ?」


「え?」


 俺の心の中の答えを、背後から声をかけてきた女子高生は言った。


 驚きのあまり、反射的に振り向いて彼女の姿を確認する。


「あ――――――!?」


 俺は更なる驚きのあまり、声が出てしまった。


 それはきっと、この世で綺麗なものを見た瞬間に感じる‥‥‥喜びにも似た興奮だった。


 彼女の姿があまりにも美しくて、そして見たことのない色を持っていたからだ。


 例えるなら‥‥‥そう、桜の花びらのような色をした、美しさにも儚さを感じるものだった。


 黒くて長い髪、膝前までの丈のスカートを履いている。


 服装からして俺と同じで‥‥‥恐らく、同級生だろう。


 彼女はニコニコしながらも俺の様子を伺っている。


 俺は言葉を探しても見つからないので、取り敢えず自己紹介をした。


「俺、嶌津 界人。

 今日から一年生として入学するんだ」


「へぇ~‥‥‥。

 私は一年の小河おがわ 凪々なな、よろしくね」


「小河か‥‥‥。

 ごめん、いきなりで悪いんだけどさ」


「?」


「学校って‥‥‥どこ?」


「‥‥‥ふふ」


 俺は恥をかきながら、小河と言う少女の案内で学校に向かうことになった。


 その時、真っ白だった俺に、鮮やかな色が一色、混ざっていった気がした。


 この出会いに価値があるのだと、この時の俺は思った。


 そしてそう思った俺は、この出会いをかけがえのないものにしたいと‥‥‥そう思ったのだった――――――。

第二話を読んでいただき、ありがとうございます。


今回登場した小河 凪々は、今後重要なポジションにいるヒロインの一人です。


次回もまた新たなキャラが登場します。


第一章では、こういった一話に一人ヒロイン系のキャラを始めとする新たなキャラが登場していきます。


まとまったところで第二章になり、そして本格的に物語が進んでいきます。


てなわけで次回。


またお会いしましょう!

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