幸せな四つ葉のクローバー
さびれたこの公園にあるのは広い敷地と、いくらかの遊具だけ。
でも、そんな遊具らも、遊びに来ている小さい女の子とその母親に遊んでもらって本懐を果たしている。
女の子の上げる笑い声が遠くから僕に届く。はしゃぎまわっていて、犬の尻尾が跳ねているようだ。
打って変わって、こちらの少女は泣いている。
彼女は僕の近くにあるベンチに座って、うなだれている。
僕から見てもか細い彼女は、そんな状態のせいで、より弱々しくなっている。
彼女の耳にはきっと何も入っていない。僕の声はもちろん、子どもの楽しげな声も。
僕がさっき見た光景から推測すると、彼氏に振られたのだろう、という結論が出てくる。
僕が声をかけてみたい。僕のことも見てほしい。精一杯に背を伸ばしてみる。
ふと吹く風が僕の細い体をさらっていく。
僕はクローバーだ。四つの葉っぱを持つクローバーだ。
どうやら僕は幸運を呼ぶらしい。誰かがそう言っていた。だから彼女が僕を見つけてほしい。
でも、彼女はベンチに座ってすすり泣いている。
顔は、きっとその視界も前髪に隠れている。
ここから見てきた彼女たちはいつも幸せそうだった。
数か月前から、彼女とその彼氏はよく来るようになった。
彼女が今座っているベンチに、今までの彼女も座って、対照的に笑っているのだった。
ここには、彼女たちから色々なものを届けられた。
風に乗った香水の匂い。それは僕の知らない花の匂い。
彼女の笑い声。穏やかで、涼しい声が時折、黄色くなるのだ。
そして彼女は花がほころぶような笑顔をするのだ。僕はそれを彼氏の肩越しから見て、それを見られた喜びに笑っていた。
それなのに今はしとしとと泣く声が聞こえてくる。
ちょっと前まであんなにも仲が良かったのに。
つい最近彼女たちはキスをしていた。
二人の姿は、僕にとって最悪の瞬間を映し出していたが、あまりに長く感じた。
でも、その彼女は今泣いている。
そんなのは嫌だから、僕は彼女のことを幸せにしたい。
どうか、僕を見つけてください。僕のことを知ってください。彼女が僕のことを……
そのとき、大きな声がした。
僕の体に突然の負荷がかかる。
体が軋み、強く引き上げられる。
ついには僕は摘まれてしまった。いつの間にか近くに来ていた女の子に。
その手は小さくて、僕にはあまりにも大きかった。
幼い女の子の喜びの声が聞こえる。
茎がぶらぶらと宙を泳ぐ。
柔らかな手に包まれながら、死ぬことを理解する。
だからといって、怖くはない。
むしろ心地良く、幸せだ。
自然と笑顔になる。
僕は、僕の見てきた少女の顔を見て、幸せの訪れを直感したのだ。
「あったー!」
突然の大声に私の体が否応なく反応する。
びっくりした。
知らない間に小さい女の子が近くにいた。さっきまであっちの遊具で遊んでいた子だろうか。
「ママー、四葉のクローバーだよ」
喜び一杯で、小走りして近寄ってくるお母さんに報告している。
四葉……。
ああ。
何事かと思えばそんなことか。でも、そんなことでも喜べる時期は私にもあった。
その子は隣に立ったお母さんと、キャーキャーとはしゃいだ会話をしている。
泣いていたこっちの気も知らないで、小さな女の子が微笑ましい姿をみせてくれる。
どうやら、胸のわだかまりが少しだけとけたみたいだ。
泣く気分にはとてもなれず、なんとなくその子に向かって歩く。
母親に会釈を送ってから、その子に声をかける。
「ねえ」
「なーに?」
「私にも見せてくれる?」
うん、とその子が笑顔でクローバーをかざす。
その子の笑みに臆面はなく、満面に広がっている。
見ているその笑顔に誘われて、私の顔にも幸せが訪れたことを自覚した。
読んでいただきありがとうございました。