真夜中のコイン
実体験からインスパイアされ、これといった展開もなく軽く脚色して書いたゆるいお話です。
なんとなく目を通していただけたら幸いです。
カチカチカチと時計の針の音だけが、この世界で唯一の生命体のように鳴り響く時間帯。
これは大きな宇宙の端っこの小さな星で起きた真夜中の些細な出来事。
時計の針は日をまたいでから既に一時間が経過している。
つまり夜中の一時。泥酔して家路に帰るサラリーマンと街灯の光に群がる夜光虫だけが俺の客だった。
アコースティックギターのケースの中には、二千円とどこの金だかももはや金なのかもわからないようなコインが転がっている。
誰もいなくなった地下通路の脇に俺のステージがあった。
もう日はまたいでいるはずだが静まりかえったその様はまだ明日という感覚ではない。
かといって今日という感覚もなく、左腕につけた腕時計の針は確かに時を刻んでいて、まるで自分だけが今日と明日の狭間に立っているような不思議な感じがした。
通路内のライトは電球が切れかけていてチカチカと点滅している。俺はそれをバックライトにして歌う。
安いバックライトだ。
ここでは何回か演奏しているがこの時間になると人気もなくなってきて、とうとうここの住人のホームレスの親父と二人きりになる。
段ボールの上に寝転がった、きたねえ親父だ。
「バッチっ」街灯の光にやられて、一匹の蛾が死んだ音がした。あいつらもきな臭い鱗粉をばらまいてくれるりっぱなスモーク担当の演出係だ。
ここで一つの命が消えてまた新しい命が生まれる。
それにしても神様も殺生な事をしなさる。
俺も今年で28、そろそろ神にも見放された事に気付くべきだろうか・・・・・
そんな事を考えながらギターを奏でていたらいつのまにか時計の針は二時を回っていた。俺はギターケースの中の二千円を財布へとしまい、意味不明なコインを革ジャンのポケットへと放りこんだ。
本日は店じまいだ。
ギターケースを担ぎあげ、この場を去ろうとした俺の視界に、俺に背を向け寝ころぶホームレスの親父の背中が写った。
スウェットの背中にはナイキのマークであろうマークがついているがもはや色落ちて剥がれたプリントはなんだかわからない。
「おい、親父!」俺は親父の背中へと語りかけた。
話掛けたのは初めてだったがここで演奏する時は毎回俺の歌を聴いていてくれたはずだ。
「あっ・・・あん?なんだいあんちゃん?」
親父は眠たそうに目脂のついた目をこすりながら俺の方へと顔を向けた。
「いつも俺の曲聴いてもらっててわりいな、親父。俺次回から場所変えようと思ってるからさ、せめてもの餞別だ。」
俺は親父にポケットの中のコインを放り渡した。
親父はそのコインを手の平で受けとめ、握りしめた。
そして満面の笑みでいった。
「いやあ、ありがとうあんちゃん。こんな小銭でもさあ。助かるよ。」
そういうと親父は手の平にのったコインへと視線を移した。
「・・・ってこれ日本円じゃねえじゃん!!」
「ははっナイス突っ込みだな親父。まあ気持ち詰まってるからさとっといてくれよ・・・」
「じゃあな・・」
その時おれは軽く手を挙げ、親父に背を向け去ろうとした。
「待ったあんちゃん・・・」
「あっ?」
俺はだるそうに振り向く。
親父は、俺の方を見つめてぼそりと呟いた。
「裏切んなよ・・・」
「はっ?何をだよ?」
俺は聞き返した。
「自分をさ。」
親父わまた満面の笑みを浮かべてそういいすてると、親指の上にコインを載せて空に向かって弾いた。
コインはくるくると残像を残して飛ぶとぱしっという音と共に親父の手の甲に落ちた。
「裏も表もあんた自身さ、自分を裏切らなければあんたきっと輝くよ。だってあんたの歌、最高だもん。」
手の甲にのったコインをもう一方の手で隠しながら親父が聞いてきた。
「表か裏か、興味あるかい?」
俺は答えた。
「ねえな。だって表も裏も俺だろ。」
いつのまにか俺も微笑んでいた。
「じゃあな。」
俺は親父に背を向けステージを後にした。
夜の狭間で起きた些細な出来事だった。
このお話を書いて、というか元になった体験をしてみて人の存在意義について考えてみました。
大多数の人間に指示されたり認められてなくても誰かに必要とされたり認められたりなんらかの影響をもたらす事に意味があるのではないかと、あらためて人と人の繋がりに魅力を感じました。