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羊の短編集。

君の夢に恋をして。

作者: シュレディンガーの羊


同じだから愛したんじゃない。

違うから愛したんじゃない。

君だから愛したのだと、伝わらなくてもかまわない。

ただ君に幸せになって欲しかった。

それだけが俺の願い。




俺に親の記憶はない。

物心ついたころにはもう一人だったから。

けれど別段、生きることには困らなかった。

猫に似た姿は人に忌まれることはあっても殺されることはなかったし、俺は猫とは決定的に違うことがあったから。

俺は夢魔。

夢を食べて生きるから、普通の猫のように餓死はしなくてすむ。

それに、もとより異形であるからか、生にはあまり執着がなかった。

夢魔であることを恨みはしなかった。

そんなことを考えたことがなかった。

彼女に会うまでは。




「こんにちは、痩せっぽちの子猫さん」


煉瓦畳から顔を上げれば、少女の顔があった。

目が合うと、彼女は柔らかに笑う。


「うちに来ない?」




優しく誘った割には、半ば強引に家に連れて行かれた。

少女の家は粗末な一軒家。

コップも皿も一つずつしかなかった。


「今日から2人暮らし。素敵ね」


少女はそう言ってまた笑った。

逃げようと思えば、いつでも逃げ出せた。

彼女は俺を紐で繋ぎはしないし、扉の鍵はすぐに外れるような簡素なもの。

でも、そうしなかった。

理由はよくわからない。

ただよく笑う彼女の夢はどんな味がするか純粋に気になっただけ。

眠りに着いた少女の額に手をあてる。

食べる前に彼女がどんな夢を見るのか知りたいと思った。

そんなことを思うのは初めてだった。

少女の夢は、両親らしき男女2人と笑い合う夢。

幸福な光景。

永遠にも似た刹那。

けれどやがて、両親は灰のように消えていく。

さらさらとしたそれを少女は見つめて音もなく泣く。

そこで夢は終わる。

俺はその夜、少女の夢を食べることができなかった。

その次の日もそのまた次の日も少女は同じ夢を見て、俺は夢を食べ損ねた。

何故だかはわからない。

ただ、朝起きた少女が笑うから。

なんのてらいもなく笑うから。

俺はどうしていいかわからなくなる。

彼女は俺に笑いかけ、俺は彼女と生活を共にし続けた。

彼女が笑うとなんだか心の中に花が咲くような気がした。

そんな風に半年が過ぎた。

俺はその半年、夢を食べなかった。

空腹を感じても、放っておいた。

少女が自分の皿からよこす食事だけを口にするだけ。

このまま普通の猫になれたら。

ふと、そんなことを考えた。

そうしたら、少女と共に生きて死ねるだろうか。


「なんだか、また痩せたみたい」


俺を抱き上げて、少女は不安げに眉を潜めた。

雪が降り、町は白く染まっていた。


「そうだ。今日は贅沢しよっか」


彼女はきゅうっと俺を抱きしめると、音もなく笑った。

それが夢で見る泣き顔に似ているな、と思った。

少女は毎晩、夢では泣いたが、現実では一度も泣かなかった。

なにがあっても笑っていた。

俺はそれを愛しいと思った。

彼女が愛しいと思った。




その夜の彼女の夢はいつもと違っていた。

彼女は泣かずに、しゃがみ込んで何かを抱き上げる。

黒い毛並みに赤い瞳。

俺だった。

彼女は笑う。

音もなく笑う。

灰が舞う。

さらさらと、さらさらと。

彼女はすべてを受け入れてた顔で、それに手を伸ばす。

優しくも強い色を瞳にたたえて。

あぁ、と思った。

額から手を離したせいで、夢から弾き出された。

寝息を立てる少女の穏やかな顔が目に入る。

あぁ、俺は夢魔なのだ。

当たり前な自覚をさせられた。

それはしたくない自覚だった。

心に溢れた感情。

花が咲くようなあの気持ちと、忘れていたあの衝動。

彼女の夢を食べたいと思った。

悲しさを内包した幸せな夢。

自分を受け入れてくれた夢。

彼女の夢。

それを食べたい、と思った。

でも、それは彼女から奪うことだ。

彼女がやっと見た幸せな夢を。

俺を心から受け入れてくれた彼女から、奪うのか。

それは、なんて、なんて、なんて――――

同じだから惹かれた。

一人の寂しさに。

違うから惹かれた。

一人の強さに。

でも、彼女だから惹かれた。

だからこそ、なんて悲しい。

俺は後ずさる。

もう、だめなんだ。

頭がそう告げる。

受け入れてくれる人の所に俺はいられない。

いれば、その人から夢を奪う。

奪うしかない。

それが夢魔。

やっと分かった。

それが夢魔としての業。

俺は彼女と生きて死ぬなんて出来なかったんだ。

夢魔は一つの場所には止まれない。

安らかな寝顔は、幸せな夢を見ていて。

俺は踵を返した。

軋む扉は知らない。

軋む心も知らない。

何も知らなくていい。

俺の夢を見てくれた人がいた。

それだけでいい。

彼女を愛しいと思った。

幸せになってほしいと思った。

それだけが俺の願い。

黒い夢魔の願い。

夜の町に俺は飛び出して行った。

夢を見たいと思った。

彼女の夢を見たいと思った。

叶わない願いと共に俺は夜に溶けていく。

友人からのリクエスト。

猫の姿をした夢魔と少女の物語。

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