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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ファム・ファタール

作者: 蜜ハチ














殺した女狐の犬が 今 (かたわ)らでコーヒーを飲んでいる。


そうして目を細めるからどうかと聞けば「美味いです」と言うのだ、心中は別にして、顔に頬笑みを浮かべて菓子を勧める。


自分も中々図太い人間なのだな、と思う。









ファム・ファタール

Image song / be my last:宇多田光
















 第一の赤のトラ 、 第二の蒼の女狐 、

我が国の二大将軍を指してそう呼んでいた、昨日までの話である。


もっと細かく話すとこういうことだ、

第一王位継承者であられる第一皇子を支持する赤のトラ―――バール大将

第二王位継承者であられる第二皇子を支持する蒼の女狐―――レイン大将


色はそれぞれ紋章の色の事なのだが、図ったかのように対照的な色であったので二人を比較してこう呼ぶ。

二人は大分長い連れ添いのようなライバルで、学園で学ぶ頃からである。レインは女だてら男を負かして兵法が優れていると言われ、バールは下級貴族出でありながら地道に優秀であった。

女狐だなんて、雄豹だなんて、と各々こそばゆい心地だったようだがお互い爆笑して「お似合いである、」とおもっていた。



そのレイン大将が先日、斬首刑に処せられた―――第一皇子暗殺の罪で。



夜、王子の寝床に忍びこんだ暗殺者が言ったのである。

「薔薇、」と、一言。蒼バラはレイン大将の掲げる旗の紋章であった。

そこからの動きはせわしなく、すぐさまレイン大将は呼びだされ、無実を訴えるも明朝と共に執行、皆が目を見張る速さで、行われた後から知った者も少なくはなかった。

まるでやったもの勝ちとでも言うかのような卑怯な速さだった、と皆が口を揃えて噂する。


バールがそれを知ったのは、夜中に城に呼び起され「首を切れ、」と命を受け、「どなたの、」と聞いた次の瞬間であった。

あまりに突然のことだった、何を考えるも何をするもできず、女を目の前にしたのを覚えている。


夕焼けよりも、朝焼けが美しい―――そんな空をバックにして、高台の上の断罪台に立った。

…つい見惚れる光景であった。まるで、神がせめて、と用意したかのようだった。















「―――ツインの様子はどうだ?」

「まあ、見たとおり真面目にしてますよ」



騒ぎが落ち着いた公務室。もうあれから1月が経っただろうか。

バールは補佐であるジャムに、なんでもないかのように装いながら聞くとジャムはそっけなく答える。

長く連れ添っているのだからジャムにはバールの気持ちは分かっているのだが、あえてそう答えた。


バールはうらみがましい眼でジャムを見やる、それをジャムはため息をつくのだ、これが上司部下であろうか。



「…何度も申し上げているでしょう、気にしすぎだと」

「だって、だってなあ」

「だって、はよろしい!貴方が気を遣いすぎますと周りが困惑しますよ!」

「だって~~」



ジャムはつい舌打ちをしたくなる、「これがトラか?ねこじゃねーか」と。

つきそうになるため息を飲み込んだ頃、部屋をノックする音が聞こえてバールは居住まいを正した。



「…ジャム様、おっしゃっていた資料はこれくらいで?」



軽く礼をして入ってきたのは丁度話をしていたツインであった。噂をすればなんとやら、出てきてほしくない時は噂しないことだ。

それはともかくツインは両手いっぱいに持った本やら紙やらを近くの台に置くと二人に振り返る。

ツインは細みの男であるので本をたくさん抱えた格好で歩くと文官にも見えた。

それにしても無表情な男である、大量の本も涼しげに運ぶし、そう何をさせても無表情だ。

バールは改めてツインを見やった。ぶしつけに、じろじろと。


―――これが女狐の残した遺産である。

大きな目、凛々しく鼻筋の通った顔、細身の為に弱く見られがちだが、剣を持たせれば一騎当千、知将女狐と犬―――ツインのコンビは隣国にも知れ渡っている。

出自は不明で、どこかでレインがひょいと拾ってきてそのまま世話を焼くように補佐にしたと聞いた。


ここまで思いだして、尚見やるバールにジャムはバールの目の前にわざとどっさりと資料を乗せてやった。



「いや、こんなにあったのか、うちの図書も中々あるもんだなあ」

「書士が古かったり珍しい文献は見つからないように隠すように片付けるので…コツさえ分かればどうにか」

「これからはツインに頼むかなあ…」



ジャムは目を輝かせて本当に行いそうな勢いだ、剣だけじゃなくてこんなことも優れているのかとほくほくしている。

良い買い物したおばちゃんじゃないんだから…とバールは横目に思う。ちなみにジャムは男だ。



「あ・・・なんだ、ツイン、元気か」

「そんな親戚のおじさんみたいな事言わないで下さいよ」

「お気にかけてくださりありがとうございます、仕事も最近わかるようになりましたので、なんとか」



ジャムは不遜な事を言うし、ツインはあくまでマイペースで、バールは突っ走り気味だ。

ここはバールの気を組んでやるか、と思ったのかどうかわからないがジャムはテーブルを片づけて、


「丁度いいタイミングですし、ツインも疲れてるでしょう、ここいらで休憩にしますか、」



と、侍女を呼びに廊下にそそくさと出て行ってしまった。


残されたバールは正直どうしたらいいのかもわからず―――とりあえず。


「あんなに本を運んで疲れただろう、まあ座りなさい」


と上司らしい言葉をかけて、はい、と言って座った何を思っているか分からないツインの顔を見てどうしたものか、とただただジャムの帰りを待った。


























三か月前こんなやりとりをした。



「そちらで預かってくださいませ、ちゃんと躾けてますから粗相はしませんよ」

「いや、犬猫じゃないんだから、というか一体どうして」

「そろそろ巣立ちかと思いまして」



女狐―――レインとだ。

レインは涼しげに足を組んで茶なんぞ飲んでいる、隣に預けに来た犬―――ツインを連れて。

男のように髪を短く切り、簡単な騎士服を着るレインはまるで少年のようだった。

そのレインがバールのところへ珍しく赴いてきたので何事かと思えば、なんとも悩ませられる事であった。バールのもとにツインを預けるというのだ、バールは頭をかいて大いに悩んだ。


女狐がいつも連れて歩いていた犬を余所、それも敵対しているバールの元に預ける?

まず考えたのは王子の暗殺、敵の元へはいりこませて討つ、けれどそれなら近衛隊に忍びこんだ方がいい。

バールの隊は主に主力大隊であったから四方八方へ飛びちらばることはあっても皇子の元で近衛はしない。

次に考えたのは内部崩壊、つまりツインを使って仲間を第二王子へ誘い込むやり口だが―――ツインは見る限りコミュニケーション能力が低かった。


それであっても、女狐の懐刀であるツインは大きな戦力だ、手放すことなんて信じられない。

城の中であっても女狐の補佐をしているのはこのツインで、他の誰にも手伝わせないと聞く。こちらに預ければ大きな損傷だ。


なやむ。何を考えているんだこいつは。にゃやむ、いや噛んだ、悩む。

ツインとレインを見る―――二人とも何もないかのように涼しげで、レインときたら微笑んでさえいる。



「・・・何を企んでいる」

女狐に湾曲で勝てるとは思えないので直球に聞く。

「いいえ何も。ただこれの見解を広げてやりたくて?」

なんでそこにクエスチョンがつくんだああああ?!



後ろに立つジャムが断れ断れオーラを出している、わかってる、言われなくても…。

女狐は微笑んだ。



「ユウリ嬢、」



その言葉に嫌な予感がしたのはバールとジャムである。

バールは多いに大粒の汗をかいてジャムはやめろやめろと無言で訴える。ああ空気のなんと重たき事よ。



「私の一言でどうとでもなりますがあ、どうしましょうねえええええええ」



ユウリ嬢―――ユリの花のような綺麗な綺麗な―――バールの片思いの相手であり、レインの従兄…。

その言葉に敗北を感じたのはバールと、ため息がくせになりつつあるジャムであった。


魔女の高笑いが響いた、ような気がした。。。

その隣でお茶の次にお菓子に手を出したレインの姿はシュールであった。



「あまりお気になさらず」



二人残った部屋でそう言ったのはツインだ。

バールはその言葉を聞きながら安心しつつ、こいつにまで気を遣わせる自分が少しやるせない。

いろんな感情で何も言えないバールに、ツインは続ける。



「わかってます、」



…言葉の意図はわからない。何がわかっているのか、気を使っていることか、とすこしいじけもする。

そう言う読めないツインの表情に突如バールは思いだすのだ、断罪台の上を。



そう、綺麗な光景であった。


眼下に人のまばらな広場や積み重なるような城下町に周囲をぐるりと囲む人工的な砦を朝日が照らす。

蒼、赤、ピンク、オレンジ、混じって灰、幾重にも色を重ねたような、けれどどこまでも墨通っていて、透明で、自分がちっぽけに感じた。

雲がのびのびと伸びて、朝日に照らされて、影をつくり、風が吹いて、そう、少し肌寒く。


レインは、白い死に装束を着て、顔を下げて白魚のような細い首をあらわにしていた。こいつも女だったのだなあ、と場違いに思う。それほど彼女はもういろんな意味で裸だった。

ああ、これを今から切るのか、と思った、同時に、この女はこうも容易く殺せるものなのか、とも思った。

剣を振り落とせばすぐに終わる・・・呆気ない、妙な心地であった。


罪状読み上げ人がつらつらと事情を読み上げているのを雑音のように聞く。


一度だけ。

周りを横目に見た、ツインがいた。


彼は―――相も変わらない。


読めない顔で、こちらをただひたと見つめる。けれど無感情に、ただゆきすぎるものとして。


笛の音が鳴る、そうして自分は、剣を高く掲げて決まり文句を呟いて――――振り落とした。





























「―――ああ、そうだ、思い出した。」



バールは、そこまでの回想であることを思い出して引き出しをあける。

カラリと開いた引き出しの中のそれを取り出し、それをテーブルの上に置いた。白い紙に包まれたそれである。



「・・・開けてもよろしいのでしょうか」

「うん、君にあげようと思ってね」



すい、と手を出していったん膝の上に置いて、ゆっくりとそれを開いた。

バールは様子を見て、やはりこの男はよくわからない、と思った。泣きでもするかと思ったものだが・・・少し勘がはずれて、そして、少しそれを少しさびしく感じた。

顔の表情を崩さない彼にバールは言う、「遺髪をね、盗んだ」と。



「きっともらえないだろう、と思ってね、最後にちょろっと、」

「いただけません」

「え?」

「いただけません、私は一兵であって、頂ける身分ではありません」

「あげると言ってるんだからいいんだよ、遠慮はいらないから」

「いえ―――あっても困る」



それをバールは信じられないように目を見開いた。

あんなに、あんなに一緒にいて、少しくらい情も沸くだろうにその主君の遺髪をいらない、もらっても困るという。

バールは昔、よくしてもらった上司を失くした経験がある、だからその苦しみも分かる、だからこそ気を使っていた。

自分だったら主君の首を切った男の元で働くなんてできない、遺髪すら喉から手が出るほど欲しかった。そうして其れを手に上司と心の中で別れをして大丈夫だと、言いたかった。だから心配して、心配して。



「どうして、あんなによくしてもらってたのに、信じられない」

「…ええ、よくしてもらってました」

「俺が、俺が憎くないのか?そんなにお前は無感情なのか?!」



あ、と思った時には言ってしまっていた。感情の渦に巻き込まれて―――過去に巻き込まれて、言ってはいけないことだった。


後は勢いだ。








「あいつが、うかばれやしない―――」







バールは、知らず涙を流していた。


なんて不憫な女  レイン・ブラッド

お前の為に泣くのはお前の予想もしない男だけみたいだ。



















飄々と掴みどころのない女だった、いつも頭を働かせてあくどい事を考えていた、

だから女狐だなんて言われるのだと言えばお前はもう少し考えろと茶々を返す、


互いに敵対し、表だって話せはしなかったが、互いに互いを認めていた、

学園時代、互いにブランクを抱えてそれでも必死に勉強して周囲を抑えて、

妙な仲間意識があった、けれどライバルで、それが心地よかった、顔を見合わせては笑顔で毒を吐いて、

本気でぶつかって、何度もやり直して、


女としては見れなかった、 あれは凛として、男前だったから

























「何をしてるんですか」



こちらを見ているのは―――ジャムであった。

この状況は一体なんなのだろうか、と驚愕して扉の近くで固まっている、そりゃ何だと思うだろう、部下の前で涙を流している男が居れば。バールはいきなり我に返されて恥ずかしくて顔を爆発させた。


互いにあたふたしている中でただ一人冷静だったツインはその様子を見て、「侍女の手伝いをしてきます、」と普段は思いもしないだろう事を言って席を立つ。


扉の中で残された二人は互いに視線を合わせた―――そしてバールは考えあぐねていた、なんて説明したらいいものか、うまい言い訳が見つからず、途方にくれた。まあジャムなら分かってくれるだろうとは思っていたが。






















「ツイン、」

彼女は自分をそう呼ぶ、二番、という意味の言葉だと聞いた。

「私は死ぬ」

そう言っていた、彼女は短かい髪を撫でた。

「どうしようもない」

観念した表情の貴方はすがすがしくて、 見たくもなかった。

























「俺は人が分からない…」

「人それぞれって思っていればいいんです」



至極当たり前なのだが納得いかない、バールはむつけて机の上に顎を乗せた。

あっさりと席をはずした男を二人は思い思いに言うが、どうやらジャムはバールの肩を持つわけでもないらしい。

思えばジャムからすれば特に関わりもなく、単に目の上のたんこぶだったようなので、せいせいしているのかもしれない。



「お前がだな」



だから聞いてみた、少し希望を見たかったのかもしれない。



「同じ状況だったらどうする」

「あなたの?」

「いや、ツインの」

「そうですね、とりあえず第一皇子ぶっ殺して、貴方を殺して、逃亡して、隠れて死にます」



…希望が見えて少し喜ぶ。



「まあこれは言いすぎですが。人は人、とは言いましたがまあ普通はもう少し感傷的になりますね」

「うーん、ああわからん、本当お前の部下もお前に似てわからんよ」

「そんなもん持ってたんですか・・・?!」



いつの間にかどこから出したかはともかく、バールはレインの姿絵を片手に話しかけた。それも少し若い頃の髪が長いもので、令嬢らしくきちんとドレスを着て髪には花なんぞ乗せている。


「うん?ああこれは本人にもらったんだ」

「…どんな状況で、」

「学生時代に「男女め!本当はチン●ン付いてるんだろう!」と言ったら次の日これを入れた額で頭を殴られた」

「小学生かッ」



「私は美しいだろうが」と、言って横たわる自分の横にこれが落ちてきたのを覚えている。

周りは悲鳴をあげこそしなかった、暴力沙汰は二人にとって日常茶番だったのである。流血沙汰も・・・今思えば男気がなかったと思う。


なるほど、自分で言うほどあって中々のお嬢様ぶりだ。富豪一人や二人は騙せそうだ。



「意外と・・・貴方は彼女が好きだったんですね」



彼女、という。いや、



「俺の中ではこれを見ても“彼”だよ。ああなんだろう、感傷的すぎるのかねえ」



その時、またノック音がして侍女とツインが入ってきた。なんて真面目な男なんだろうか、と二人は思う、そのままとんずらしてもよかったのに。

ツインはそのままテキパキと慣れた手つきで遠慮する侍女のお茶の手伝いをしている。

…本当にしつけが行き届いた犬だ。

バールは姿絵をそっと机の中に閉まって、侍女がまた時間が着たらと出ていく。



「ツイン、さっきは、その・・・」

「いえ、お気になさらず」

「でも・・・」



とまだまだじれったい主人を横目にジャムがイライラし始める、わかってる、そんなうだうだ言ったって他人がどうこう言うことでもないし、また期待を裏切られるだけだ。

いや、裏切られる?バールははたと言葉が止まる。


自分は、この男に悲しんで欲しかったのか。


そうだ、自分はこの男に別れを悲しんで欲しかったのだ。あの女と仲の良かったこいつが、少し「さみしい」とでも言えばこの気持ちはすっきりとするのだ。バールは―――人の気持ちを、信用したかったのだ。

あの女は自分と同じなのだ、苦労して苦労してここまで上り詰めて、けれど上り詰めた先は四面楚歌、いつ誰が自分を狙っているかわからないこの状況で誰かが誰かを思っているということがわかることがせめてもの救いにもなった。

人は人を信用して、人は人を愛して、それが自分じゃない誰かであっても。

そんな単純なことに彼は―――心底安心するのだ。


だから、自分は・・・








何も言わずにこんこんと困っている上司を見て―――きれた。のは、ジャムであった。



ジャムは物言わず乱暴に、迅速に突然がらりと机を開けると(その時にバールの腹に机の引き出しがぶつかっても)例の姿絵を出した。



「あ、おまッ」

「これはバール大将が学生時代にもらったある方の姿絵だ」



ツインが顔を上げる、そして姿絵を見て目を見開く。姿絵に気を取られているバールは気づかない。



「この女は令嬢だった、大きい所のな。けれど騎士になる事を決してこの姿を捨てた。全く馬鹿な女だと思う、そんな道選ばなければ富豪とでも結婚してもっと優雅な人生が踏めたはずなのに。なのに女は最後にイタチの屁をこいて王太子を殺害しようとしたもんだから罪人として死んだ。知ってるだろう?」



バールはやめろ、と言うがジャムは目で「黙ってろ、」といなす。こういう時のジャムはもう手がつけられない。

けれどどうにか姿絵を取り返そうと手を出すがひらりと避けられる。



「結果。家は罪人を出した家として暴落、隊長の思い人の家も従兄ということがあって、遠くへ飛ばされた。全くいい迷惑だ」



そうしてジャムはすらりと剣をとる。げ、と声をもらしたのはバールだ。



「こんな純粋そうな顔した女がなんて罪深い事よ、全く女狐とはよく言ったもんだ―――へどが出る」



バールが尚手を伸ばした、ジャムが剣を高らかに掲げる、ゆっくりとした構えだった。

こんな場面だというのに、額縁の女は幸せそうに微笑んでいる―――生きた先がこんなことになろうとは思っていなかった頃の、純粋な笑みがなんと哀れな。


女は顔を作りかえられる、なんて化け物だ、ジャムが憎々しげに吐いた。













「や・・・めて、ください」





細い心ない声があがる、その声を待ってましたとばかりにジャムが剣を下してそちらをうっとうしげに見やる。

見やった先をバールもつられてみれば―――彼の期待が、見えた。



「貴方に、何がわかるというのです」



それは期待を裏切って、尚越えて



「あの人の何が・・・」



あんな石顔を溶けたように歪めて、ツインはふらふらと心もとない足取りでジャムの元へあゆんだ。

ジャムはさして驚くことも無く、わかっていたようで姿絵を彼の前にすい、と出した。


姿絵を両の手でもつ、見下ろして、崩れ落ちたようにしゃがみこむ。



「ちがう、ちがう・・・」



見下ろす姿は、親を失った子供のようでも、恋人を失った男のようでもあり、飼い主を失った犬のようでもあって。

途方に暮れて肩を落とした、ぼろぼろと涙を流して崩れる男の姿であった。








好きだったんです、好きだったんです、貴方の事が、全てでした、






足元で床にひれ伏す男に背を向けてジャムはバールに言う。



「これで、満足ですか」



なんて酷い事を言う、けれど真実だ。

ジャムはないがしろにしていたのではない、全てわかっていたのだとそこで悟る。

そう今現在彼の境遇に近いのは誰かと言うと―――誰でもない目の前のジャムなのだ。


蒼の女狐と赤のトラ、対になるのはこの二人だが―――このツインと対になるのは、このジャムなのだろう。























「だから放っておけと言ったのです、傷が生乾きの今はそっとしといてあげたかった」

「貴方は戦友を失ったのでしょうが、彼は指針を失った」

「昔はどうか知りませんが今一番慕っているのは間違いなく彼だと知ってました」

「それに彼は、彼女が何故彼を手放したか、気づいているはずなんです―――」



そうして嗚咽を始めた男の肩を撫でて。



「だから尚更、何も言えなかった」




嗚呼、なんて。

自分は野暮だったのだろう。

























知ってました、知ってました、知っていたのに、私はあの人が私を捨てるのを止めませんでした

いつも共に置かせていただいてました、あの人の一挙一動全て見てました

何もなかった私を拾ってもらって、全てを与えてくれたのはあの人です

嫌でした、本当は全部嫌でした、

死にゆくのなら何故私も一緒に連れ添ってくれなかったのか、私は本当に嫌でした

ならば私も死にます、貴方のお傍にいたいのですと言ったってあの人は聞き入れてくれませんでした

なのになのに命令されて、なんでそんなに酷い命令を下すのか、最後には酷い、私をわかってくれませんでした

けれどそんな、最後の命令をあの人に言われたら逆らえないじゃないですか

こんなに思ってるのに、なんで、なんで、、、























―――噂は聞いていた。それに分かったのだ、断罪台の上であの女狐の気持ちを。


嗚呼この女はこの男を救うために捨てたのかと。

彼女は三か月前に決めていたのだ――――あの前から。

そうして思った、きっと自分も同じことをするのだろうなと。




だからこそ自分はなんでもないと言わんばかりのツインに激昂した。

だからこそツインはなんでもないという仮面をかぶって、彼女の命令を遂行しようとした。


それをどちらとも知っていたのは―――ージャムだった。





「おれ、は、貴方を恨んで、ません、これは、ほんとうなんです」



ツインは顔を伏せながら、懐からくしゃくしゃになった封書を出した。ジャムはそれを受け取って、件名を読み―――無言でバールに差し出した。


もうあけられた、珍しい色のついた蒼い蝋で封がされていたそれは―――バール宛であった。



「おれが、にくい、のは、あの人、です」



男の本音が、零れる。


ツインがジャムの服にしがみついて、顔を押し付けて、周りも気にせずに憎い、憎いとわあわあと泣く。ジャムは彼の頭を撫でて、バールは手紙を開いた。


( 親愛なる敵バールへ )

そう始まる文は綺麗な流し文体であった。






















(貴方も察しているでしょうが、立場云々差し引いて信頼を置く貴方に送ります)


そこには事の顛末が簡単に書かれ、大事な犬を渡すと書かれていた。


( 大事な子だから、大事にすること )


それから犬の事が簡単に書かれていた。


( 真面目な子です、気がきくから文官として扱っても良い、けれど )


彼女の最後の手紙の文面は、薄く、彼女の気持ちが透けて見えた。


( 殺してくれるな、私はこの子を 愛してるのです )











「好きでした、好きでした・・・」



これが終末か、やはりあの女は男前だった。終わりを見据えて全てを片づけて、なんて天晴れなもんだ。


そう繰り返す男を見る、尚もジャムから離れようとせず、けれど面倒くさがりのジャムが面倒な顔をせずにずっと撫でているものだから、放っておく。書ける言葉もない。自分は失敗したのだ。馬にでも蹴られるほどの。



「好きでした・・・」



過去形で終わる悲しさよ、哀れさよ、聞かす人のいない言葉は単なる言葉として零れるだけ。

既に手垢のついた手紙を見て、これは遺髪なんていらないだろうなあ、と思う。


他人に出したラブレター


これはもらえない、とバールはどうしたもんかと頭をかく。

この状況でこれからの事を考えている自分は図太いのだろう、改めて思う。

でなければ生きていけない、生きていかねばこいつらを生かしてなんていけないのだ。

バールは文面に自分の事は一行しか書いていないのが、少し悔しかった。































「ツイン、ツイン、」


レインが木陰の下で手で彼を招く、彼はとことこと彼女の元へ赴く。


「なんです?」

「まあまあ、ほらここに横になって」


そう言って太ももをぽんぽんと叩く彼女に「げ、」とした顔をした。そうして顔を真っ赤にさせて四方を見る。

今二人は馬で遠乗りをしていて、周りには人はいない。

けれど、彼はほとほと困る。


「いや、ちょっとやめてください、セクハラです」

「よいではないかー、私は筋肉がついてないので気持ちいいんですよ」


誰の体験談だ、と思ったのはともかく、彼女はにっこりと笑顔を崩さないので、従うしかない。

彼女が笑顔で物を言っているときに逆らうと後が怖いのはもう十分知っているのだ。


観念してゆっくりと横に腰をおろして、ふとももの上に頭を置く。



「ツインもすっかり変わりましたねえ、あった頃なんか本当、これは人間かと思うくらいで・・・」

「…常識も何もなかったのは知ってます…」

「いえ、気持ちの面を言ってるんですよ、昔の貴方だったら照れるなんてなかったでしょう」



いいや、確実に照れるような気がするのだ。

しかし、どうだろう。ツインは他の人に隠してはいるが―――山賊の出であった。

元は山賊に襲われた村の出身で、彼は幸せでありきたりな幼少期を送っていた。そうして襲われて、彼は幼かったこと、従順だったことが買われ無理やり仲間にされた。

そこから数年、彼には記憶がない。本当に覚えてないのだ、気づけば山賊として働いていたが何を思って其れをしたのかは分からない。


山賊に成ったツインが襲ったのは―――運がいいのか悪いのか、丁度実家から一人帰るところであったレインであった。

1対5だった。しかも乗っているのは少年(女だったが・・・)これは楽勝、と周りに任せておいたら気づけば1対1にもつれこんでいた。

信じられない気持で剣を合わせていた―――が、レインが彼の足を払って首を取った。


首に剣を向けながら言ったのである。



「・・・ん?お前、奴隷か」



そうしてはだけた胸元を見て、彼女が呟く。

そう、村から盗まれてきた彼にはそれを示す山賊がつけた奴隷の印があった。

この印がある限り、彼は逃げられない、この印を持つ子供をかくまえば―――その人間は山賊によって滅ぼされるからだ。



「強いしなあ・・・お前みたいなタイプ、騎士には滅多におらなんだよ」



それは戦い方を言っていた、騎士の戦い方は騎士に学ぶ。だから騎士の戦い方は一定の範囲を超えるものではない。

しかしツインは山賊であった、戦い方は山賊のスタイルであった。



「粗削りだが強いし・・・これに騎士の戦い方を学ばせたらどうなるのだろうか」



くふくふと笑うレインに彼は背が冷える思いがした。

そうして戦利品として縛ったツインを連れ帰ったのだ、奴隷にされかけた農民の子と偽って。




「いやもう当時はどうしようかと思いましたよ。ツインの常識は我々と違うし、骨が折れました」

「・・・しょうがないじゃないですか・・・」

「ねえ覚えてます?私が寝るか、と言ったら布団にもぐりこんできたこと」

「ああああああああ・・・」



そう、奴隷のツインはいつも寝るときは女男関係なく雑魚寝が常(時にはそのまま乱交に突っ走る時もあったが…)だったため、気にせずに布団に入りこんだのだ。

レインは一瞬固まったが、ややして思い当って何も言わずに一緒に寝た。良い思い出である。



「忘れてください、お願いですから」

「昔の過ちはだれにだってありますよう」


くふくふと笑う、変わらぬ不気味な笑みだ。

うげ、と声に出さなかったのはレインの躾けのたまものである。顔には忠実に出ていたけれども。



「もう少ししたら、桜ですかね」



そう言って木を見上げる、もう先にピンク色がちらほらと見える、咲くのは時間の問題だろう。



「見に来ましょうね」



彼女が彼の頭を撫でる―――小さい手だった。














「眠りましたよ、こいつ」

「うん?泣き疲れて練るだなんて子供みたいなやつだなあ」



すっかりジャムの膝の上を占拠してツインは穏やかな寝息を立てる。

安心しきった顔はまさに子供のようで、ジャムは母親のようにーーー微笑むわけがなく、ため息を吐く。



「どうして僕の周りには面倒な人が集まるのか」

「まて、それって俺はいってる?!」

「第一人者ですよ」



やいのやいの言っている二人の下でツインはこんこんと眠る。レインはきっとこの光景を見て笑むだろう。


犬の幸せは飼い主で決まるものだ。

そうして幸せな犬は飼い主の膝もとで、安心の中で眠る。













end



刀語にインスパイアされて勢いで書き上げました…。いやあ、それにしても長くなりました。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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