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「黒川さん、朝ごはん食べてきました?」
「いや。途中、どっかドライブインに寄ろうかと思って。もう腹減った?」
「あの、よかったら、おにぎり食べませんか」
「気が利くねぇ。もらうもらう。悪いな。買って来てくれたの?」
「えっと、あの、作りました。いや、作ったっていうほどのものじゃなくて、炊いたご飯にちょっと塩を振って握って、海苔巻いただけだし、中身も凝ってなくて、梅干しと昆布だけで、あの」
しどろもどろになっていると、黒川はさも可笑しそうにちらりと智也を見やる。
「そんな風に説明されると、余計嬉しくなる。おばあちゃんに教わったのか?」
「……はい。なんでわかるんですか」
「普段から作ってたら、そんな事細かに説明しないだろ。塩振ってどうとか、青山君、可愛すぎる」
「もう、食べなくていいです」
「怒るなよ。そういうところも、すごくいいって褒めてるんだ」
少し目があって、また黒川の視線は前方に移る。
ただそれだけなのに、智也の鼓動は早くなる。
「食べさせて」
「え?」
「運転中で手が離せないから。あーん」
黒川の口が大きく開かれる。仕方なく智也はおにぎりを黒川の口元へ運んでやる。がぶりと噛み取られたおにぎりは、たったの一口でもう半分近くなくなってしまった。なんとも男らしい一口だ。
「んーっ、この梅干し、すっぱいけど美味いな」
「おばあちゃんが漬けた梅干しなんです。僕も大好きで。昆布のほうも、おばあちゃんが煮しめたやつなんですけど」
「美味いなぁ。梅食べたら、昆布もくれ。あーん」
けっこう大き目に握ってきたのに、結局、黒川は3口でおにぎりひとつを食べ終えてしまった。合間に、魔法瓶に用意してきたほうじ茶を飲ませてやりながら、昆布のおにぎりもぺろりと平らげる。
「もし嫌いじゃなかったら、おばあちゃんが朝作ってくれた玉子焼きと、金時豆の煮物があるんですけど」
「もらう!」
「あ、はい」
玉子焼きも金時豆の煮ものも智也の朝食の定番だ。炊き立てのご飯に、ほんの少しの惣菜、玉子焼きに金時豆の煮もの、そして味噌汁。智也にとっての家庭の味とは、まさにこれなのだ。
「うまいなあ」
「そんなに喜んでもらえると、なんだか僕まで嬉しいです。きっとどこかで食べるから朝ごはんはいらないって言ったら、握って持って行けって言われて。玉子焼きも詰めてくれました」
「全部うまかったけど、青山君が握ってくれたおにぎりは最高だった。ごちそうさま」
「……。おばあちゃんが、おにぎりは智也が握れって言って。愛情は手から伝わるんだって。あ、あの、愛情って、変な意味じゃないですよ!?」
「そんな強く否定しなくたって。変な意味で大歓迎なのに。あ、睨むなって。でも、おばあちゃんの言ってること、すごいわかるな。手ってパワーがすごいあるんだよ。病気や怪我で痛い思いをしたときに、手でさすってもらったことあるだろ?別に薬を擦り付けてるわけでもないのに、痛みが和らぐ気がしなかったか?『お手当て』っていうくらい、手には癒しの力があるんだ」
「へえ」
「先に食べさせてもらって悪かったな。先は長いから、ゆっくり食べてくれ」
「はい。ありがとうございます」
コンビニで買うおにぎりよりも、誰かに握ってもらったおにぎりが美味しいのは、そういう理由なのかもしれないな、と思う。塩加減だとか米の握り加減、具のセレクトだとか、海苔の巻き方だとか。人それぞれの個性と愛情が詰まっている、最高のメニューなのかもしれない。
黒川が絶賛してくれたおにぎりを頬張りながら、また温かい気持ちになった。黒川といるといつもそうだ。特別なことをしているわけじゃないのに、その距離感や会話の温度がとても心地よい。