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「あの子は、こっちが苦しくなるくらいの絶望に覆われていて、その中に寂しさとか不安が見えました。きっと昔の僕と同じで、愛情に飢えているのかなって思って……」
「だから愛情の色の部屋にしたんだな?」
「はい。いけなかったですか?」
「俺も同じ部屋を指定していたと思う」
「じゃあ」
「うん。よく本質を見ることができたな。その見据える感覚で、自分の色を消すイメージをするんだ」
自分に色が出ていることすら感覚として持ち合わせていないので、色を消すというイメージがどうしてもつかめない。でも、黒川に言われたとおり、人の色を探ってまで見る感覚を思いおこし、今度は逆にそれを消化させるイメージを浮かべる。
「不安定だけど、消えかける瞬間があるな。なかなか物覚えがいい。トレーニングすれば、うまくできるようになるだろう」
「ほんと?」
「ああ。‘見る’ことで余分な力を使うから、色を発散させないことで力を温存するようなもんだ。慣れるまではどっちにも負担がかかるから、疲れると思うが」
「大丈夫」
「言うと思った。……智也、おいで」
黒川に引き寄せられ、組んだ脚の上に座る形になった。そのまま優しい抱擁と温かい色にくるまれる。
「もう一度、いいか? カレー味だけど」
「……僕もカレー味だけど」
そんなどうでもいいような言葉だけ交わして、影が重なる。熱く湿ったものが智也の舌に絡まると、途端にピンク色に包まれる。甘いキスに溺れながら、どちらから発散されているのかもわからなくなるくらい、情欲のピンクにまみれてゆく。
このまま肌を合わせたいという気持ちにさせられるのに、黒川の身体は決まって離れていく。
「恋人同士には、まだなれない?」
そこなのだ。ジュンとの関係を清算しないまま黒川と関係をもつということは、黒川に対して失礼でもあるし、この気持ちに泥を塗るような行為だと思わせる。
「……ごめんなさい」
「いいよ。謝らないで。待つって言ったのは俺なんだし。……じゃあ、そろそろ帰る。智也は明日も早いだろ」
「まだっ」
「え?」
「あ……まだ大丈夫だから、もうちょっと……」
何を言っているんだろうと自分でも呆れたが、つい口から出てしまった。とっさに掴んだ黒川のシャツから手を離す。
「じゃあ、智也からキスしてくれたらもうちょっといることにする」
「なにを……」
「どうする?」
黒川は本当に意地悪だ。智也は唇に口づけるそぶりをして、口元の右側にできたえくぼにキスをした。