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「お茶っていうのは、こうやって湯呑を持って熱すぎないのが飲み頃なんだ」
「へえ」
「もっとキスしてもいいけど、そうしたら今度こそ冷めるな」
「飲みますっ」
黒川は可笑しそうな顔で、お茶をすすった。
「それで黒川さん、話って? 僕もちょうど話したいと思っていたんです」
「たぶん、同じことじゃないか。今日、なんで患者の部屋決めを智也にさせたのかって聞きたいんだろう?」
「はい。僕、黒川さんに言いましたよね。できることなら色は見たくないって。だからコントロールする方法を教えてもらえるんじゃなかったんですか」
コトン、と、黒川が湯呑を置いた。
「同じなんだよ」
「え?」
「使うことと使わないことっていうのは」
「……意味がわかりません」
「たとえば、薬っていうのは毒だ。別に神様が作った魔法の粉でもなんでもない。毒の中から薬になるように選別しただけであって、薬理学的にみても毒と薬は同じものなんだ」
「薬が毒?」
「言い方が悪かったな、薬は毒にもなるし、毒は薬にもなる。智也は予防接種はしたことあるか?」
「インフルエンザとか?」
「そう、そういうのでもいいし、麻疹とかポリオとか色々あるだろ。あれだって別に病気にならない薬なわけじゃない。感染症の原因になるウィルスの毒素を弱めたものを薬液にしている。それを接種することで免疫力を作るわけだ」
「じゃあ、病原菌をわざわざ注射してたってこと?」
「まあそういう風にとらえていい。つまり、力をコントロールするためには、一時的にそれなりに力を強く使う必要がある。それを乗り越えれば、力が力を保護してくれるようになる」
「力が力を保護?」
「ああ。しばらく辛いこともあるかもしれないが、方法はそれだけだ」
黒川から語られた内容は、力を恐れる智也にとって辛いものだったが、逃げてはいけないのだと強く思わせた。
「黒川さんがそれを見ててくれるんですね」
「もちろん。きついときはすぐに言ってくれればいい。まあ、色を見ればわかるけど」
「わかりました」
強く肯定すると、緊張した空気がいっきに溶けた気がした。
「今日はなんでオレンジの部屋にした?」
男の子の姿をし、女の子の名前を持った矢野の顔が思い出された。
「あの子は男の子じゃないんですね」
「どうだろう」
「え?」
「自分が男なのか女なのかの区別をつけることが当たり前にできない人もいる。区別できるから悩む人もいる」
遠回しだけれど、黒川の言わんとすることはよくわかった。つまり、矢野は自分の性について見定められず、不安定な場所から落ちそうになりながら踏ん張っているのだ。