30
ちょうど同じことを智也も考えていたので、即座にOKの返信をしようとしていったん思いとどまり、自宅へ電話をした。
「あ、おばあちゃん? 智也だけど。今日の夕飯なに?」
「カレーにしたよ。昨日、智也が食べたいって言ってたから」
「いっぱい作った?」
「たんとあるよ」
「じゃあさ、あの、黒川さん呼んでもいいかな?」
「ああ、この間来た智也がお世話になってる人でしょ。それは歓迎しなくちゃだね」
「ありがとう。じゃあ、連絡してみる。僕はもうすぐ帰るからね」
祖母との通話を切り、黒川に夕食の誘いのメールを返す。黒川からもすぐに返信があり、有難く受けるとのことだった。
3人の食卓はやはりいいものだった。
「家庭のカレーを久しぶりに食べました。すごく美味しかったです」
「あら、独り者なの? それならちょくちょく食べにいらっしゃいな。智也もいつも黒川さんの話ばかりしてるから、来てもらえたら嬉しいでしょう」
「おばあちゃん! 余計なこと言わないでよ」
黒川が顔を覗き込むようにしてくる。恥ずかしい。
「ええっと、おばあちゃん、血圧の薬飲んだっけね?」
「さっき飲んでたじゃない。そんなこと忘れないでよ」
「そうか、飲んだっけね。嫌だねぇ、年取ると、物忘れがひどくって」
「もー、しっかりしてよ」
さして広くないダイニングが笑いに包まれた。
祖母はいつも22時に風呂に入るのが習慣になっているので、それまでテレビをみてくつろぐ。智也は祖母の淹れてくれたお茶の乗った盆を持ち、黒川を連れて2階の自室へと向かった。
「へえ、きれいにしてるんだな」
物珍しそうに黒川が部屋を見回す。畳敷きの6畳間に学生時代から使っている古びた勉強机、背丈ほどある本棚、ちいさな折り畳みテーブル。布団は押入れに閉まっているので、意外とすっきりはしているかもしれない。
「あ、お茶、どうぞ」
テーブルに盆を置き、急須から茶を注ぐ。
「智也」
「は、はい」
名前で呼ばれるのは久しぶりだった。クリニックでは長谷や柴田の手前もあって、名字で呼ばれているから。
「そんなに緊張するなよ」
「緊張してるわけじゃ」
「じゃあ、ドキドキ?」
「……またすぐそういうこと」