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翌週から始まったクリニック受付の仕事は、意外にも覚えることがたくさんあり、瞬く間に1日が来ては終わっていった。
初めての1週間を終えようとする金曜日の昼休み、智也は長谷と柴田に囲まれお弁当をつついていた。女性陣はお弁当を持参しており、黒川は近くの定食屋へ食べに行くというのが昼食のスタイルで、智也としては黒川と一緒にと思ったのだが、「無駄にお金を使うもんじゃないよ」と、祖母に弁当を持たされるため、自然と女性陣と昼食を取るかたちになっていた。
「本当に、青山君のお弁当って美味しそうですよね」
柴田が智也の弁当を覗きこんで言うと、横で長谷が「ホント、ホント!」と相槌をうつ。
高校時代から使っている曲げわっぱの弁当箱には、いつもの玉子焼きに鮭の西京焼き、いんげんの胡麻和え、青のりをまぶした粉吹芋がきれいに詰めてあり、白米の真ん中には祖母の漬けた梅干しが乗っている。
「ありがとうございます。この歳になっても、祖母にお弁当を作ってもらってるなんて、恥ずかしいですけどね」
「いいじゃない。おばあちゃんだって、そういう仕事があったほうが生きがいになるってもんよ!」
「わあ、長谷さんが言うと、貫録ありますね!」
「ちょっと、柴田ちゃん、どういう意味よー」
「深い意味なんてないですよぉ」
「まあいいわ。このクリニックで最年長ってことには間違いないんだから。長谷さんの知恵袋でもやろうかしら」
「あ、それ、いいですね~」
女性が二人いるだけで、とても賑やかだ。でも、その雰囲気にもだいぶ慣れてきた。なにより、この二人は智也に関して、必要以上に干渉してこない。放たれる感情の色も言動と一致しているので、疲れることがない。
「青山君、今週は疲れたでしょう。体調は大丈夫?」
「はい。全然大丈夫です。最初は保育園との両立がうまくできるかなって思ったんですけど、逆にめりはりがついて、とてもいい感じです」
「なら、よかった。もし体調悪いときとかあったらすぐ言うのよ? 黒川先生、よーく診てくれるから。それに私も看護師だしね」
「はい。ありがとうございます」
「そうそう、黒川先生、とっても優しいですから。気分が沈んでるとかでも、黒川先生と話していると、不思議と気持ちが安らぐんですよね」
「うん。柴田ちゃん、ここで働く前から黒川先生のファンだったもんね」
「えへへ。優しいし格好いいし、ファンにならない人がいたら見てみたいですよー。旦那には申し訳ないけど、黒川先生は目の保養です」
「……えっと、柴田さん、働く前からって?」
「あ、そっか」
急に長谷が口をつぐむ。でも、それを庇うようにして、柴田が笑顔で続けた。
「あのね、私、患者としてここに通っていたの。数年前なんだけどね」
「そうだったんですか」
「うん。先生と旦那のおかげで今はすっかり元気になれたんだけどね。人生、本当に色々あるもんね!」
少し暗くなった空気をぬぐいさるように、柴田が明るく言った。
そう、人生いろいろある。きっと、柴田にも心が折れる何かがあったのだろう。
ガチャ。
「あ、黒川先生が帰ってきた。こっちも早く食べて、4人でお茶しましょ!」
「はーい」
「はい」
3人で食べる昼食も、その後、黒川を含めて4人で過ごすお茶の時間も、智也にとってすっかり日常の一部分になっていた。