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「智也、お昼御飯だよ」
祖母の呼ぶ声が聞こえて、もうそんな時間なのかと驚いた。携帯電話と求人情報誌を、交互にみつめては考えあぐねていたのだ。ひとまず、食事へと向かう。
食卓には、蕎麦と野菜のかき揚げが用意されていた。
「いただきます」
「召し上がれ」
いつもの掛け合いで食事がスタートする。
「どうしたの、智也。保育園で嫌なことでもあった?」
「え? ないよ。どうして?」
「気もそぞろという感じだよ。色なんか見えなくたって、おばあちゃんには隠し事、通用しないよ」
「おばあちゃん」
母親は離婚以来、智也の力を忌み嫌うようになって離れていったが、祖母だけはいつでも擁護してくれた。常に感情を読み取られることを理解したうえで、それでも智也のそばにいることを選んでくれた唯一の人でもあった。
そんな祖母は、智也の心理状態を感じ取るのが実にうまい。今のように、ちょっとした変化を見逃さないのだ。
智也は、思い切って祖母に話してみた。
「それで智也は何に対して悩んでいるのかい?」
「え、それは、黒川さんに迷惑じゃないかなって……」
「職場の人とうまくやれるかとか、仕事が勤まるかどうかじゃなくてかい?」
「あ、それもそうだよね。そこまで考えてなかった」
「じゃあ、受けてみなさいな」
祖母はニッコリと笑っている。
「え?」
「智也が仕事のことで悩むっていったら、今までは人間関係とか職場環境のことしか言わなかったでしょう。今回は、そのどちらも悩んでないじゃないの。そんな素晴らしいところは、他にないんじゃないのかい」
「あ……」
祖母の言う通りだ。新卒で入社した会社を退職して以来、仕事に対して何を基準にしてきたかと言えば、どんな人がいて、どんな色が飛び交っているんだろうということだけだった。今回は、そういう不安は全くない。ただ、こんなうやむやな状態で黒川を頼るようなことをして、迷惑にならないだろうかという心配があるだけ。
「食べ終わったなら、早めに電話をして聞いてみなさいな。ほかの人に決まってしまうかもしれないよ」
祖母の言葉に背中を押されて、決心がついた。
「うん。そうする。おばあちゃん、ありがとう」