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そのあとは、またポケットの中で手をつなぎながら、ふたりだけの静かな森を散策した。
ジュンとのことがあるので、迂闊なことは言ってはいけないと気を張ってはみるのだが、意識が黒川に集中してしまう。なんだろうか、この温かい気持ちは。
駐車場まで戻ってくると、さすがに人が出てきたので、黒川のポケットから手を抜いて距離を取る。ほんの少し離れただけのに、冷たい空気が身をまとって縮こまる。
「お昼にしようか」
「そうですね。けっこう歩いたから、お腹空きましたね」
「食べたいものとかあるか? 好き嫌いとかは?」
「なんでも大丈夫です。子供のころからおばあちゃんに、好き嫌いしたら大きくなれないって言われて、ピーマンとか椎茸とか克服してきたのに、あまり背が伸びなかったんですけど」
「俺は、智也はそのくらいの身長でいいと思うな」
「えー、なんでですか?」
「抱きしめやすいし、キスしやすい」
「……!」
まったく、どこまで恥ずかしがらせれば気が済むというのか。頬を紅潮させた智也をよそ目に、黒川は嬉しそうな顔で先を行った。
軽井沢には、それこそちょっと歩けば出くわすというくらいお洒落なカフェやレストランが点在している。家族経営のこじんまりした店も多いようだ。今回は、その中のひとつで小さなロッジハウスのレストランに入った。「いらっしゃいませ」と、優しそうな初老の夫婦が出迎えてくれる。
二人して、奥さんのお勧めという、キノコのハンバークにサラダとスープとライスが付いたセットを頼んだ。手ごねハンバーグはふっくらジューシーに焼きあがっていて、その上には、椎茸や舞茸、えのきにしめじといったキノコが、甘辛いソースと共に、こんもりと盛られていた。
「美味しそう!」
思わず声に出してしまったら、奥さんも黒川も嬉しそうな顔をした。「熱いから気をつけてね」と、奥さんに言われ、「誰も取らないからゆっくり食べろ」と黒川に言われた。まるで子供扱いをされているのには、ちょっとどうかと思ったが、それよりも食欲のほうが上回ったのでおとなしく聞いておいた。
ハンバーグに添えられていた人参のグラッセとマッシュポテトが美味しくて、ぺろりと食べてしまったら、甘い人参は苦手なんだと、黒川が自分の人参を智也の皿に乗せてきた。
そんなことが恥ずかしくも嬉しい。よく、レストランなどで違うメニューを頼んだカップルが、お互いのメニューを味見しあいっこしているのをみて、羨ましいと思ったことがあったから。
それに、誰かとこういう素敵な場所で食事をするというのは初めてかもしれない、と思う。学生時代に友達はいたが、感情の色にふりまわされることに疲れてしまうので、放課後などは必要最低限の付き合いしかしてこなかったし、休日は一人で過ごすことが多かった。初めて関係を持ったジュンだって、食事といえば安い居酒屋かファーストフード店にしか入ったことがない。
食後はご主人が豆を挽いて珈琲を淹れてくれた。それをすすりながら、これからの予定について話し合う。
「このあとは、浅間山のほうまでドライブしてみるか。紅葉は終わっているかもしれないけど、牧場があって、ソフトクリームがうまかった記憶がある」
「へぇ。僕、ソフトクリーム好きです。黒川さん、前に誰かと来たことがあるんですか?」
「ああ。高校に入るくらいまでは、毎年、家族旅行で来てたんだ」
「家族旅行……いいな」
「何、しょげた顔してるんだ。智也はこれから俺とどこへだって行けばいいだろう?」
そう言われて、嬉しいのか悲しいのかよくわからない気持ちになって、うまく笑えた自信はなかったけれど、大きく頷いて答えた。