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赤や黄色、隙間からは緑。そんな彩りのトンネルの下を歩く。
週末の軽井沢はどこもかしこも人であふれている印象だったのだが、そこを訪れたときの静けさには驚いた。あのたくさんの人たちはどこへ行ってしまったのだろうというくらい、人の気配を感じない。黒川が言った通り、穴場であることは間違いない。
「すごくきれい……。ここ、なんていうところですか」
「野鳥の森だ。驚くほど静かだろう? こんなにきれいなのに」
「ふたり占めですね」
「なんだって?」
「え、ふたりでいるから独り占めじゃなくて、ふたり占めかなって」
「そんな言い方初めて聞いた。智也といると新しい発見が色々あるな」
森の中なので、木々が傘となり陽も射しにくく、先ほどよりも体感温度が下がる。智也は冷たくなった両手をこすり合わせた。
「これだけ寒いと手袋が欲しくなるな。ほら、ここに入れろよ」
そう言って、黒川は自分のダウンのポケットの口を開ける。
「え、大丈夫です。自分のポケットに入れときますから」
「こうしたほうが温かいんだって!」
黒川は強引に智也の右腕を掴むと、自分の着ているダウンの左ポケットに突っ込んだ。ポケットの中で、手を握られる。指と指の間に指をからませた、いわゆる恋人つなぎで。黒川のぬくもりが伝わってきた。
「誰もいないんだから、見られる心配もないさ。それに、温かいだろ?」
「温かいけど……恥ずかしいです」
「そのウブな反応が、たまらないんだよなあ」
黒川は、えくぼを作りながら目を細めて、握った手に力を込めた。
感情の色に振り回されることもなく、余計なことを考えなくていい分、気持ちが黒川に集中してしまう。
「あの……。黒川さんはこの前、条件の合う人を探してて、それが僕みたいなことを言ってましたよね。あれってどういう意味なんですか? それに、名前に色が入ってるっていうのだって、もしも僕が母の旧姓に戻っていたら、力は消えたってことなんですか?」
「苗字については、消えるということはないと思うが、弱まった可能性はあるな。でも、どうなるかは今のところわからない。この力を持っているのは何故か男ばかりで、苗字が変わるケースはそう多くはないからな」
「女性はいないんですか? この力を持つ人……」
「いる可能性がゼロとは言わないが、叔父からはそう聞いているし、実際、俺も出会ったことがない」
一呼吸おいて、黒川が静かに続ける。
「智也のことは、俺の一目惚れだ」
「なっ……」
ポケットの中の黒川の手に力がこもる。
「ふざけた気持ちなんかで、こんなことは言わない。俺は本気だ」
「黒川さん」
黒川が立ち止まったので、必然的に智也の足も止まる。風に揺れる木々のざわめきしか聞こえない中で、ふたりは静かに視線を合わせる。
「俺はずっとただ一人の相手を探していて、時間があるときは、人の……それも男の多い場所に行くようにしていた」
「あ、だから競馬場……」
「ああ。俺はギャンブル系は特に好きでもないんだけど」
「競馬って、黒川さんのイメージと合わないって思っていたから……」
「それで、俺はあの日、人混みの中で見たんだ。白に包まれた人間を。それが智也だった」
「白? 白に包まれている人なんているんですか?」
幼少の頃より、ありとあらゆる人間の色を見てきた智也だが、ただの一度として【白色】が見える人間はいなかった。いったい何を表す色なのか。