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軽井沢の鹿鳴館とも呼ばれる旧三笠ホテルを見学し、白糸の滝では焼き芋を食べながら滝まで歩いた。ひとりで1本は多いだろうと、半分に折って分け合った。焼き芋から上るほのかな湯気と、白い吐息が空に消えてゆく。
ダウンのおかげで寒さはだいぶしのげていたが、それでも冷たい空気が肌を刺す。土の道を踏みしめて歩いた先には、幅広い岩肌から白糸のように落下する滝が現れた。滝の周りには、あまり紅葉する樹木が少ないのか、静かな風景だった。
「こういうのもいいですね」
「ああ。智也もこういう場所なら、楽だろう?」
「え?」
「自然の色とか匂いとか、そういうのって浄化作用みたいのがあるんだろうな。腹黒い欲とか憎悪とか、少なからずとも人間が抱え持ってる汚い色をかき消すだろ」
言われてみれば、人間の色が気にならないことに気づく。それぞれが感情の色を放っていることには変わりないが、どれも弱くほのかである。自然の色に負けている、というべきか。
「この感じも五感で覚えておけ。力をコントロールするのに必要だ」
「はい」
「じゃあ、次は俺の紅葉穴場スポットに連れて行ってやる。ここは人が多いからな。うっかり智也に手を出すと怒られる」
「そんなこと言って、手を出す気満々じゃないですか……」
「ははは。冗談だって、冗談」
黒川は智也の背中をポンポンと叩くと、冗談なのかそうでないのかわからない笑みを浮かべて滝を背にした。