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Colorful  作者: さわうみ
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 多少の渋滞はあったものの、比較的スムーズに車は碓氷軽井沢ICを下りた。

「軽井沢に行くんですね」

「それ、今聞くんだ? ほんと面白いよね、智也は」

「天然じゃないです」

「まだ何も言ってないだろ」

 黒川はさも可笑しそうにクックッと笑っている。まだ、ということは、とどのつまり、言う気だったということではないか。


「智也は今まで軽井沢に来たことあるのか」

「ないです。というか、遠足以外で遠出ってしたことなくて……」

「そうか。じゃあ、これから俺とたくさん行けばいい」

 黒川はいつも前向きだ。同情で言葉をかけないし、自然と笑顔が浮かぶようなことをさらりと言ってのける。







「うわぁ、きれい!」

「ちょうど見頃だったな」

 軽井沢駅を過ぎてすぐの場所にある雲場池は、赤や黄色に染まった木々が水面に映えていた。カメラを構えた観光客も大勢いる。

「うー、でも、本当に寒いですね」

「さっき、気温6度って出てたからな。池の周りが遊歩道だから、歩けば温まるかも」

「行きたいです!」

 寒さを紛らわすためというよりは、このきれいな紅葉の中を散策したいという気持ちのほうが強かった。自然が織りなす四季の色は、どうしてこれほど美しく人を魅了するのか。

 赤や黄色に混じり、まだ緑の残る雑木林の遊歩道を歩く。水面に葉が落ちると波紋が生まれ、映りこんでいたいた色が滲む。智也は、その美しい様が気に入り、何度も足を止めては黒川に同意を求めた。

 1周して駐車場へ戻ってきたときには、身体は冷え切っていたが気分は高揚していた。車へ乗りこみ、エンジンをかけて車内が温まるのを待つ。

「智也の手、こんなに冷たくなっちゃって」

 ふいに黒川が智也の手をとり、ハァと息をかける。吐息の温かさが、じんわりと伝わってくる。と、同時に恥ずかしさも込み上げてくる。

「……智也の恥ずかしがる顔、すごくイイんだけど、やばいんだよな」

 そんなわけのわからぬことを言いながら、黒川は智也の手の甲にチュッと音を立てて軽いキスをした。

「ちょっと、黒川さん!」

「いいだろ、これくらい。今、押し倒して唇塞ぎたいくらいなんだから」

「!!」

 こういうときの黒川は、冗談なのか本気なのか読み取れない。でも、手の甲にキスをしただけで、黒川は離れていった。



 

   *   *   *




 智也は、くすぐったい気分になるような触れ合いを知らない。

 就職活動をしていた1~2年ほど前に、ストレスを溜めこんでいたのと、マイノリティへの世界への興味が手伝って、初めてゲイバーを訪れた。もっと生々しい世界を想像していた智也は、店員と客のすべてが男性ということを除けば、一般的なバーとさして変りのない雰囲気に安堵したものだ。

 そこで声をかけてきたのがジュンだった。飲めない酒をしこたま飲まされ、数時間後には、色を読むことができる智也でさえ正常な判断力を手放していた。

 遠慮なく撫でまわしてくる男の手。耳元に落とされる卑猥な言葉と低い声。それに反応する自分の身体。

 どこをどうやってそこへたどり着いたのかは、思いだすことができない。裂けるような酷い痛みで引き戻されたとき、智也の上には半裸のジュンが覆いかぶさり、獣のごとく腰を振っていたのだ。えぐられるような感覚、下腹を内側から殴打されているような鈍痛に声を上げることはおろか、まともな呼吸すら忘れた。所詮、触れ合いと言うものには程遠い即物的な行為でしかなかった。

 そこから、なし崩し的にジュンとは続いている。好きだの惚れただのと言い合ったことはない。ジュンの気まぐれで呼び出され、色事や賭け事につきあうか、もしくはその前後に安い居酒屋で腹を満たすか程度である。

 それでも智也がジュンを恋人と定義づけたのは、即物的な行為で快楽を得る自分への詭弁にすぎないのかもしれなかった。




   *   *   *



 

 車を発進させた黒川の横顔を見つめながら、智也は思う。


 もし、手の甲へキスされた瞬間に大きな声を出さなかったら……。

 取られた手を握り返して、そっと黒川を見つめ返したのなら……。 


 そんなことを考えてしまうのは、相手が黒川だからなのであろう。この、もやもやとも、じわじわともつかない不思議な胸の感覚をどう表現したらよいのだろうか。まだ手は冷え切っているはずなのに、触れられた部分が熱いとさえ感じる。



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