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婚約破棄? それより目の前にいる魔導具士が、私の憧れの人なんですが

作者: パル
掲載日:2026/09/11

「君との婚約を、解消したい」


王宮の奥にある、客人を迎えるための小さな応接室。

大きな窓からは午後の柔らかな光が差し込み、

淡い色の絨毯と磨き上げられた木製の家具を静かに照らしている。


壁際には季節の花が生けられ、テーブルには香りの控えめな茶が用意されていた。

窓の外から聞こえるてくるのは、庭園を渡る風の音だけ。

穏やかで、落ち着いた部屋だった。


その穏やかな空間の中で、向かいに座る王子は、ひどく真剣な顔をしていた。

そして、その隣には一人の女官が座っている。


――子爵家のドリス。


文官の中に突然現れた才女だと王子が言っていた。

サンも、その名を聞いたことがある。

何しろ、城勤めの父が珍しく絶賛していたのだ。

どんな部署に回されてもすぐに仕事を覚え、周囲への気配りも忘れない。

困っている者がいれば自然に手を差し伸べ、身分の高低で態度を変えることもない。


快活で、聡明で、人当たりもいい。

彼女に関する評判は、とにかく褒め言葉ばかりだった。

悪い噂を探そうとしても、ほとんど何も出てこない。


そんな女性だ。


だからこそ。


この部屋へ通されたときから、サンは少し気になっていた。

――なぜ、女官が王子の隣に座っているのだろう。


女官なら、普通は立って控えている。

実際、王子の後ろには片眼鏡をかけた細身の従者が一人。

サンの後ろにも、侍女が一人立っている。


それなのに。


王子の隣には、ドリス。

婚約者である自分を呼んだ場で、この配置はどう考えてもおかしい。


そして今。


王子は、そのドリスを隣に置いたまま言った。


「君との婚約を、解消したい」


直後。

サンの思考が止まった。


――だよね!!!


やっぱり、そういうことだったのだ。

むしろ、これ以外に何があるというのだろう。

けれど、次の瞬間には別の疑問が浮かんだ。

王子は、なぜ突然こんなことを――。


あ。


サンの視線が、ほんの一瞬だけ王子の隣へ向いた。

――これって、もしかして。

ハニトラ……?


いや。

仮にそうだとしても、相手が悪すぎる。

子爵家のドリス。

父が珍しく絶賛していた、あの才女だ。


――殿下、ハニートラップかかってます?


自分との婚約を解消するということは、フィオル家の後援も失うということだ。

それって本当に、大丈夫なのだろうか。


フィオル家は、国内の魔導具産業において、長年に渡り大きな影響力を持ってきた大家だ。

王家にとっても、その後援は決して小さなものではない。

それを捨ててまで選ぶ相手が――


子爵家のドリス。


サンは、静かに絶望した。


……勝てない。


いや。


(勝負にすらならない。)


よくある婚約破棄の話なら、相手の令嬢に何かしら問題があるのかもしれない。


けれど。

目の前の相手は違う……どころか。


強い。


あまりにも強い。


彼女の長所が、頭の中に次々と浮かんでは消えていく。

――この人、非の打ち所ない方なんですよ!?

自分には、どうしようもない。

そもそも。

こんな素敵な女性を前に何を争えと言うのだろう。


――無理だ。


サンは、そこで思考を切り上げた。

自分には、どうしようもない。それなら、これ以上考えても意味がない。


「……へぇ」


ようやく口から出た声は、伯爵令嬢としては到底及第点に届かないものだった。

けれど、許してほしい。


一方的な婚約解消。

原因も経緯も不明。

ただ結果だけが明確。

なら、感情の処理は後回しでいい。




ここで取り乱したところで結果が変わるわけではない。

処理速度が落ちるだけだ。

サンは、ゆっくりと息を吐いた。


よし。


再起動完了。

あとは原因の特定と、今後の予定を確認すればいい。


「突然のことで、本当に申し訳ない」

王子は真摯な顔で続けた。



「君には何の落ち度もない。私の身勝手な要望だ。私は――」

「承知いたしました」

私は王子の言葉を遮って、静かに頭を下げた。

「理由は不要です。結果が変わらないのであれば」


「……そうか」

王子は申し訳なさそうに眉を下げた。


「実は。

もうひとつ君に伝えておきたいことがある」

「……はい?」

サンは、なんとなく王子の顔から視線を落とした。

今は、あまりその顔を見たくなかった。

何気なく向けた視線の先に、眉間に皺を寄せたドリスがいた。


サンは、思わず目を瞬く。

先ほどまで静かに座っていたのが嘘のように、ひどく険しい顔をしている。

まるで、何かに怯えているようだった。


 ――なんだろう。


そう思ったところで、ドリスと目が合った。

彼女は、はっとしたように目を見開くと、慌てて視線を逸らした。


前に見かけた時は、もう少し明るい印象だった気がする。

だけど今日は、ずいぶんと落ち着きがない。

……まあ、どうでもいいけど。


「大丈夫だよ」


王子はドリスに、今まで聞いたことがないほど優しい声音で言った。

「彼女は少し冷たく見えるかもしれないけれど、これが通常仕様だから」


王子が見せる優しさは、サンを苛立たせた。




――でも。


どうしてか、ドリスの肩がさらに縮こまった。


「フィオル令嬢」

王子がサンへ向き直った。

「私は、彼女と結婚したいと思っている」


直後。

ドリスが勢いよく王子を振り仰いだ。

目が大きく見開かれ――、そして。

みるみるうちに、その顔から血の気が引いていった。


(……そんなに驚くこと?)


自分との婚約を解消する場に、彼女がいる。

普通に考えて、むしろ分かりやすい話ではないだろうか。

「お二人の今後については、私には関係のないことですので、不要な説明ですね。

もう退出してもよろしいでしょうか?」


「ま、待ってくれ」

王子が慌てて止める。

「誤解しないでほしい」


立ち上がったサンに気を取られ、王子は気づいていないようだった。

隣に座るドリスの顔がどんどん青ざめていく。


「君との婚約を解消した後に、改めて彼女に求婚するつもりなんだ」


ドリスの口元が引きつった。

明らかに引きつっている。


「君の名誉を傷つけるようなことをするつもりはない」


「…………」


「だから、君との婚約を解消する理由についても、彼女の存在を持ち出すつもりもない」


ドリスは俯いていた。

膝の上で握りしめた両手は、白くなるほど力が込められている

蒼白な顔に大きな赤い瞳。


その瞳は今にも泣き出しそうに潤み、肩は小さくすぼめられている。

身を縮めるようにして、ドリスはぷるぷると震えていた。


頭の両端で細く結んだ髪まで、その震えに合わせてかすかに揺れている。


(狩られる直前の小動物みたい。)


サンは、なんとなく気の毒になった。

婚約を解消されるのは自分なのに。

どうして彼女のほうが、こんなにも怯えているのだろう。


「だが君ならきっと仕方がないと解ってくれるだろう。」


「……」


「彼女ほど優しく、快活で聡明な女性はいないからね」


ギシ!!!


ほどけかけていたサンの心が、再び強張った。

満足そうに頷く王子を見て、サンは思う。


(……仕方がない?)


王子は、そう思っているらしい。

……なんだ、それ。

サンの胸の奥で、黒い何かが煮え立った。

そのとき、ドリスが勢いよく首を横に振った。


ぶんぶん。


「……?」


もう一度、首を横に振る。


ぶん、ぶん。


そして三度目。


ぶん、ぶん、ぶん。


王子は無言の抗議に気づくことなく言葉を続ける。


「私は彼女を幸せにしたい」


ぶんぶんぶんぶん。


ドリスが首を左右に振るたび、両脇で結ばれた髪が遠心力で振り回される。


(……ウサギの垂れ耳みたいだ。)


そんなことを考えている自分に、サンは少し驚いた。

婚約を解消されるなんて、ものすごく大変なのに、

目の前には自分以上に青ざめて、必死になって首を振り続けている女性がいる。


(……あれ?)


もしかして。


今この部屋で、「仕方がない」と思っているのは王子一人なのではないだろうか。

王子だけが、気づいていない。

しかも、まだ何かを話そうとしている。


「それに――」


ドリスの首が、さらに激しく動いた。

王子の声を拒否するように。


ぶんぶんぶんぶんぶん。


(……速くなってない?)


人間の速度を超えそうで、さすがに少し怖い。

どこまで速く、どこまで青くなるのだろう。


そんなドリスを見ているうちに、サンの中に残っていた緊張が、少しずつ抜けていった。

どこまで信じていいのかは分からないけれど、

自分の名誉を傷つけるようなことはしないと、王子は言った。

少なくとも、自分に被害が及ばないように穏便に進めてくれるつもりではあるらしい。


(……それなら、そう悪い話でもないのかも)


ふと、

サンは王子の後ろで静かに立つ従者へ目を向けた。

片眼鏡をかけた、細身の男性。従者にしては、立ち姿が妙に堂々としている。


肩の線、首の傾け方。

そして、細く長い指。

どこかで見たような気がする。

けれど、顔には覚えがない。


もう少し、よく見ようとサンは目を細めた。

それなのに、顔立ちの特徴が掴めない。

すぐそばにいるのに、視線が滑ってしまう。

(あの片眼鏡、もしかして認識疎外の魔導具?)


(……まって。)


展示会。


講演会。


学会。


そこで何度も見た、図面をたどる細く長い指。

ファンが描いた似顔絵。

魔導具関連の資料に載った肖像画。

それらを、サンは頭の中で次々と重ね合わせていく。


顔の造形。


骨格。


姿勢。


そして、指先の癖。

目測だけで特徴を拾い、記憶した人物と照合する。

それができることは、彼女の少しばかり専門的で、かなりコアな特技だった。


(間違いない)


世界に名を轟かせる魔導具設計士。

技術大国オルディアが誇る天才。

魔導具を学ぶ者なら、知らないほうがおかしい。


新しい術式理論を発表するたび、魔導具の常識をひっくり返してきた人物。

展示会で発表された新作は、いつも話題になった。

講演会で何気なく口にした、彼の一言から新しい研究が始まることさえあった。

サン自身、何度も彼の図面を追い、彼の論文を読み、彼の設計思想に唸らされてきた。


いつか、直接話をしてみたい。

できることなら、弟子になりたい。

そんな……魔導具を志す者なら一度は夢見る存在。


それが――


ラゼルネイム。


(神推し……!)


気づいた瞬間、サンの意識から王子の声が遠くなる。

目の前の人物が世界の中心だった。


サンが口元を両手で覆い凝視していると片眼鏡の従者は僅かに目を見開いた。

認識阻害を施した片眼鏡をかけているにもかかわらず、

正体を見抜かれたことに驚いたらしい。


けれど次の瞬間、彼は片目をつむり、口元の右端だけをわずかに持ち上げた。

その笑みは、どこか悪戯っぽかった。


(…………っ!)


その仕草に、サンの心臓が跳ねた。


(尊い!!!!!)


「――私は彼女を幸せにしたい」


「やめて下さい!」


突然、ドリスが叫び、サンの意識は現実に戻った。

王子が目を丸くしてドリスを見ている。


「……どうした?」

「どうしたもこうしたも!」

ドリスが青という段階を通り越して真っ白な表情で立ち上がった。


「どうして、そちらが婚約解消なんですか!?」


「そちら?」

王子が首を傾げる。

ドリスは震える指で、向かいに座るサンを指した。


「私が流れ星に願ったのは――」


両手で頭を抱え、そのまま数秒固まる。


そして。


――そして、叫んだ。


「私が『殿下と穏便に別れられますように』

だったのに!」


王子は、ぽかんと口を開けた。

サン・フィオルも、侍女も従者さえも。

誰も、すぐには言葉を発することができなかった。


「……君」


王子の後ろに立つ片眼鏡の従者が、初めて口を開いた。

片眼鏡の奥の目が、面白そうに細められている。


サンがぴたりと動きを止めた。

(この声――。)


「君、落ち星の魔術を使った?」


「落ち星……? 流れ星の魔術です!」

「いつ落ちた星?」

「昨日です!」

「どう願った?」


「だから!」


ドリスは自分の胸を親指で指差した。


「殿下と穏便に別れられますようにって!」


ぷはっ


従者は、口元を片手で覆い唐突に吹き出す。

「そりゃムリだ」

サンは驚いたように尋ねた。

「あら、どうしてですか?」

「うん?」

彼は、さらりと言った。


「昨夜は『真実と嘘の境界を曖昧にする星座』

から星が落ちた」


「……何ですか、それ?」

「天才的な詐欺師の星座だ。」

サンは目を瞬いた。

「そんな星座、聞いたことがありません」

「だよね。だから流れたんだ」

「……?」


「その星座で一番ポピュラーな伝承はさ――」

従者は、何でもないことのように続けた。



『欺瞞の星に願いを託してはいけない。

願いは叶う。

ただし、願った者が思っていた意味ではない。』



「…………」

誰も、すぐには言葉を返せなかった。


「……それって」

ドリスは嫌な予感しかしなかった。

「君の願いは、ちゃんと叶っている」

「どこがですか!?」


「殿下が穏便に別れた」

「…………」

ドリスの顔が、信じられないものを見た人間のそれになった。


「ね?」


「ちがう!!!!」

そして、彼女は頭を抱えた。



従者は、少し楽しそうに目を細めた。

「落ち星に願う魔術は、星の出どころが最も重要なんだ」

「魔術にもお詳しいとは知りませんでした」

「いや。特に詳しくはないけど、わりと有名な魔術だからね」


そして、何気なく付け加えた。

「星座は、人に忘れられると落ちるんだ」

「……星座が?」

「うん。流れ星の大半はそれだよ」

サンは息を呑んだ。

稀に夜空を一瞬だけ駆け抜ける流れ星。

それが人々から忘れられることが原因で落ちる星座の欠片だと彼はいう。


「…………」

王子の顔は、表情が消えていた。

「…………そう、か」


かすれた声が落ちた。

しばらくして、王子はぎくりと顔を上げた。


「ではっ、

正しく願いを叶えてくれる星座もあるのか……?」

王子が従者を振り返って尋ねる。

「もちろんある」

「どんな星座ですか?」

サンも思わず身を乗り出した。


「この世で最も誠実に願いを叶えてくれるのは双極の魔法使い座かな」

従者は、少しだけ笑った。

「人気があるから、そう簡単には流れないけどね」

『よしっ!』

王子は小さく呟いて拳を握りしめた。


「もうっ!そんなの知らないわよっ!!!」


ドリスは頭を抱えるように叫ぶと、勢いよく椅子を引いた。

「私はただ、穏便に別れたかっただけなのに!」

「ドリス!?」

慌てて立ち上がった王子の声に振り返ることなく、彼女は扉へ向かって走り出す。


「待って、ドリス!」

すぐさま後を追い、ばたん、と扉が閉じる。

先ほどまで二人の声が響いていた応接室には、嘘のような静けさが戻ってきた。


サンと侍女、それから片眼鏡の従者は、揃って閉ざされた扉を見つめている。


「あの……」


やがて侍女がおそるおそる口を開いた。

「殿下を、追わなくてよろしいのですか?」

「うん」

片眼鏡の従者は、あっさり頷いた。

「僕、殿下の従者じゃないからね」


「…………え?」


彼が片眼鏡を外した途端――、今までどこか印象の薄かった男が別人のように見えた。


陽光を受けた髪は鮮やかな金色に輝き、認識阻害によってくすんで見えていた瞳も、本来の澄んだ碧へと戻っていった。

「僕は、

オルディアの魔道具設計士――ラゼルネイム」


そう名乗った彼は、いたずらが成功した子供のように、にっこりと笑った。

「はじめまして」


「…………」

サンは言葉を失った。


(やっぱり!)

自分の推測は、間違っていなかった。

あの片眼鏡も。

骨格も。

指先の癖も。


それに、あの声も!

全てが、彼をラゼルネイムだと示していた。

今、本人がそれを明かしたことで、サンは心の中で小さく拳を握った。


――つもりだった。


実際には、両手の指が無意識に、わきわきと動いている。

その動きを、ラゼルネイムがちらりと見た。


「ぶふっ」


「……?」


視線を上げると、ラゼルネイムが口元を押さえている。

「伯爵家の理系女子(リケジョ)、サン・フィオル令嬢。

社交界には向いてないって聞いてた通りだな」


ラゼルネイムは、楽しそうに目を細めた。

「けど、魔道具の設計に関しては、あいつがずいぶん買っていてね。

君はとんでもない才能を持った原石だって」

「……あいつ?」

「殿下」


ラゼルネイムは、くすりと笑った。


右側の口角だけを、ほんの少し持ち上げる――ラゼルネイムのファンなら、

知らない者はいない『右口角の微笑』と呼ばれる、あの仕草だ。


(本物の『右口角の微笑』 、生観測……!)


「だから、君が望むなら弟子にしてやってほしいって。かなり自信満々に頼まれたんだ」

「……」

「そこまで言われたら、実際にどれほどのものか確かめてみたくなるだろ?

認識阻害に気づけるかどうかが、その試験だったんだ」

サンはようやく理解した。


婚約を解消された直後なのに、目の前の片眼鏡の男から目を離せなかったこと。

彼が自分に向けた、あの意味ありげな笑み。

その正体に気づいてから王子の話がほとんど耳に入っていなかったこと。

それが何を意味していたのか。


(突然の婚約解消は驚いたし困った。でも――悲しくはなかった。

それより、殿下はちゃんとわたしを見てくれてたんだ)

今もサンの目はラゼルネイムに釘付けだった。

社交界より魔導具が好き。


その先にある、ラゼルネイムの世界に手が届くなんて――。

サンは胸の前で両手を強く握りしめた。


「お、お願いします!」

 声が震えた。


「何でもします! 頑張ります! 弟子にっ……!!」

勢いよく立ち上がった拍子に、机の角へ脛をぶつけた。

「~~~~~~~><!!!」

脛から骨に伝わる強い痛みに、その場に崩れ落ちるサンを見下ろしたラゼルネイムは吹き出した。

「……はは、ナイス個性、合格だ」

「あ……りがとうございますっ……!」

サンの頬を、涙が一筋こぼれた。嬉しいのか、脛が痛いのか。

それとも、その両方なのか。

ラゼルネイムにも、よく分からなかった。


「ところで」

 ラゼルネイムが、ふと首を傾げる。

「君が作った魔導具見たいな。殿下から、いいものを作ってるって聞いたから」

サンの目が、ぱっと輝いた。


殿下っっ!!!

婚約解消、許します!!!

ドリスさんとお幸せに!!!)

「ぜひ!!!!」

さっきまで机の下で脛を抱えていたとは思えないほど、サンは素早く立ち上がった。


「この受信機です」

サンが指差したのは、部屋の壁際に置かれた小さな彫刻だった。

手のひらに収まるほどの大きさで、

細かな蔓草の模様が刻まれた台座の中央に、小さな水晶が嵌め込まれている。

王宮の調度品に紛れるような上品な意匠で、魔導具には見えない。

ラゼルネイムは、それを覗き込んだ。

「うん――小さいな。」

「はい。王宮の伝声室から各所に設置したこの受信機へ、声を届けることができます」


サンは身振りを交えながら説明を始めた。

「つまり伝声室から話しかけると、各室に設置された受信機から同じ声が流れます。

緊急時の連絡や、全職員への一斉通達などに使えます」

「……へえ」

ラゼルネイムの表情が変わった。

「それ、誰が考えたの?」

「私です」

即答だった。

「基本的な原理は既存の遠話術式を応用しています。

ただ、個人間の通信ではなく、複数の受信機へ同時に音声を送れるようにしました」

「複数へ同時に?」

「はい」

「面白いな」


ラゼルネイムの碧い瞳が、楽しそうに細められる。

「どうして、そんなものを作ろうと思ったの?」

「王宮では、連絡のために何人も走り回っていますから」

 サンは当然のことのように答えた。

「それで、声そのものを届ければいいと思いました」

「なるほど」

「ただ……」


 そこで、サンは少しだけ眉を寄せた。

「まだ一方通行なんです」

「一方通行?」

「伝声室から各所へ声を送ることはできます。

でも、受信側から伝声室へ返事を送ることはできません」

「どうして?」

「経路が多いので術式が干渉してしまって」

サンは少し考えてから、指先で空中に術式を描くように動かした。

「受信側にも送信用の術式を組み込めば双方向にできます。

でも、同時に複数の場所から送信された時に、音声が干渉してしまうんです」

「……それで?」

「まだ解決できていません」

サンは悔しそうに唇を結んだ。

「そこが、今の課題です」

「…………」

ラゼルネイムは黙っていた。けれど、その目は明らかに楽しそうだった。

「サン・フィオル嬢」

「はい」

「その伝声室、見せてもらえる?」

「もちろんです!」

返事だけは、今までで一番速かった。

サンはすぐに身を翻す。

「こちらです!」


王宮の一角。

サンが研究と調整を続けている伝声室へ向かう廊下を、二人は並んで歩き始めた。

婚約を解消されたばかりの令嬢と、世界最高峰の魔道具設計士。

そんな二人が今、何を話しているのか。

少なくともサンにとっては、婚約解消よりずっと重要な話だった。


◇


そのころ。


応接室を飛び出したドリスを追う王子の脳裏には、ずっと昔の記憶が蘇っていた。

当時、ドリスに特別な感情を抱いていたわけではない。

ただ、王宮を歩いていると、なぜかよく彼女を見かけた。


財務部では、若い文官に囲まれていた。

「この数字、去年の実績と比べると少しだけ不自然ですよ」

「えっ?」

「こちらの見込み額です。昨年の一時的な収入を基準にしていますから、

今年も同じ額が入るとは限りません」

「なるほど……。」

ドリスが指摘すると、文官は慌てて資料を確認し始めた。


また別の日には、魔導具管理室で、年配の技師たちの相手をしていた。

「この魔導具は壊れてる。買い換えてくれ!」

「壊れているのではなく、使い方が分かりにくいですね……

こちらを貼ってみてはいかがでしょうか?」

そこには、これまでの説明書よりもずっと大きな文字で、簡潔な使用方法が書かれていた。

「これなら、初めて使う人でも間違えにくいでしょう?」

「いいですね、これ! ドリスさん、ありがとうございます!」


そんなふうに。

誰かに呼ばれた時だけでなく、困っている人がいれば話を聞き、必要なら手も貸す。

問題が片づけば、他の場所へ行ってしまう。


――いつからか、見つけると嬉しくなった。


ほんの少し話しただけなのに、

その日の仕事が妙に軽く感じられる。

逆に、姿を見かけない日は、なんとなく落ち着かなかった。


そんな日が何度か続いて。

ようやく王子は気づいた。

自分は、ドリスに会いたくて彼女を探していたのだと。


そう自覚してしまえば、あとは早かった。

もともと王子は、欲しいものを諦めることが苦手だった。


だからこそ、今も。


「ドリス!」


王子は廊下を走っていた。

どこへ行ったのか分からない。

文書管理室、財務部、魔道具管理室、

侍女たちの控室――今日に限って見つからない。


まさか、王宮の外へ出たのでは――。

そんな考えが頭をよぎったときだった。


「だから、

この二つを分けて集計したほうがいいと思います」


聞き慣れた声に王子が足を止める。

廊下の先にある小さな倉庫から、ドリスの声が聞こえていた。


「でも――」

「でしたら、こちらに――」

「なるほど……!」

王子は、思わず苦笑した。

こんなところにいたのか。


しかも。


ついさっきまで、自分から逃げるように応接室を飛び出していったというのに。


ドリスはもう、いつものように誰かの仕事を手伝っている。

倉庫を覗くと、そこには備品管理を担当する若い文官がいた。


机の上には大量の帳簿が積み上げられ、

その向かいでドリスが何冊もの記録を見比べている。

「ありがとうございます、ドリスさん!」

「いえ。私も気になっていたので」

そう言って、ドリスはまた帳簿に目を落とした。


王子は呆れたように息を吐いた。

――本当に、いつもこうだ。

王宮のどこへ行っても、彼女は誰かと一緒にいる。

困っている者がいれば足を止め、相談されれば話を聞き、できることがあれば手を貸す。


「ドリス」

王子が声をかけると、彼女の肩がびくりと跳ねた。

「……!」

ゆっくり振り返った顔から、血の気が引いていく。


「……殿下」

「やっと見つけた」

王子は安堵したように笑った。

けれどドリスは、見る見るうちに顔を強張らせる。

「どうして……」


「君を探していたからだ」

「…………」

ドリスは助けを求めるように隣の文官を見る。

だが、文官は何も知らない。

「ドリスさん、こちらの続きなんですが――」


「あっ、はい。ええと……」

ドリスは反射的に帳簿へ視線を戻した。

「この数字なら、こちらと照合して――」


「ドリス」

「はい」

「私にも、君と話す時間をくれないか」

「……」

「きちんと話をしたいんだ」


ドリスの肩が、しょんぼりと落ちる。

「……そうですね」

文官に頭を下げる。

「では、失礼します」


ドリスは王子のほうへ向き直ると、ほんの少しだけ距離を取る。

「……どこへ行くんですか?」

「君と話がしたい」

「話すことなんてありません」

「ある」

王子は即答した。

「君と、これからのことを話さないといけない」

「これから……?」

「ああ」

王子は真剣な顔で彼女を見つめた。


「私は、君と結婚したい」

「辞退します」

「……」

あまりにも迷いのない返答だった。

王子は、しばらく無言でドリスを見つめた。


「……通路でする話じゃないな」

「え?」

「少し、場所を移そう」

「いえ、私はもう仕事に――」

「その前に話をしたい」

王子はそう言うと、ドリスの腕を軽く引いた。


「殿下、あの……」

「ここでは落ち着いて話せないだろう」

「私は落ち着いています」

「私は落ち着いていない」

「…………」

ドリスは何も言えなくなった。

王子はそのまま彼女を連れて、すぐ近くの小部屋へ入った。




重く厚みのある扉が閉まり、外の気配が遠ざかると王子はようやく彼女の腕から手を離した。

連れてこられたのは、狭く簡素な部屋だった。


小さな机と書類棚が一つ置かれ、壁には王宮の見取り図や、魔力経路を書き込んだ図面が何枚も貼られている。

壁には、半円形のガラスで覆われた小さな魔石がいくつかはめ込まれ、

机の周囲には四脚の椅子が並んでいた。

王宮の中でも特に目を引くような部屋ではない。


「すまない。少し強引だった」

「……いえ」

ドリスは困ったように笑った。

けれど、その目には明らかな警戒が浮かんでいる。

王子はそれを見て、胸の奥が痛んだ。

自分が怖がらせたいわけではない。


困らせたいわけでもない。


ただ、

どうしても彼女の口から理由を聞きたかった。

「だが、結婚を断る理由くらい話してくれ。」

王子はまっすぐにドリスを見る。

「…………」

「君は、もう私が嫌いなのか?」

ドリスは小さく首を横に振った。

「では、私と結婚することが嫌なのか?」

もう一度、首を横に振る。


「なら――」

王子は言葉を止めた。


考えれば考えるほど、分からなくなる。

自分が嫌われているわけではない。

結婚そのものを嫌っているわけでもない。

それなのに、自分との結婚だけは拒む。

「……ほかに、好きな人がいるのか?」


俯いたまま何度も首を横に振るドリス。

「私には言えない?」

「……申し訳、ありません」

「謝らなくていい」

王子は静かに首を振った。


「君が話したくないことを、無理に聞き出すつもりはない」

「……殿下」

「ただ」

王子は少しだけ困ったように笑った。

「私は、君と結婚したいと思っている」

ドリスの顔が、また引きつった。


「……私のことも、結婚そのものも嫌ってないなら、私は君をあきらめられない」

「…………」

「もちろん、君が嫌だと言うなら無理強いはしない。」

ドリスの表情が、ほんの少し緩んだ。


「だから、君が嫌な理由を教えてほしい」


――ドリスには心の奥に、

ひとつだけ鍵をかけている場所がある。

そこだけは、何を言われても決して開けるつもりはなかった。


「み、身分が……」

「貴族なら問題ない」

「王子妃なんて務まりません」

「すでに王宮で十分な実績がある」

「王宮で暮らしたくありません」

「別邸を用意しよう」

「…………」

ドリスは言葉を失った。


王子は指先を口元に当てながら真剣に考えている。

「ほかには?」

「…………」

「まだあるだろう?」

「ありません!」

とうとうドリスが声を上げ、片手で壁をばんっと叩いた。

「全部、解決しなくていいんです!」


「だが、解決できるなら――」

「言った端から突破しようとしないでください!」

「なぜ?」

「なぜって……!」

ドリスは頭を抱えた。


この人は駄目だ。

話が通じないわけではない。

むしろ逆だ。

こちらの言葉を、恐ろしいほど真面目に受け止めている。


問題を一つ挙げれば、解決策を出す。

別の問題を挙げれば、また解決する。

逃げ道を塞いでいるという自覚すらない。


王子は片手を軽く上げ、手のひらをドリスに向けた。

「だって、解決できたら君は私との結婚が嫌ではなくなるかもしれないじゃないか」

「なりません!」

「どうして?」


「だから、それを説明したくないんです!」

「君はそればかりだ」

「それしか言いたくないんです!」


――逃げ道が塞がるたびに、鍵穴が少しずつ軋んでいく。


ドリスは逃げるように後ずさった。

背中が壁に触れた時に何かが床に落ちる音がした。


コトリ。


「……?」


王子が目を向けると、壁にはめ込まれた魔石が緑色に輝いていた。

そこに被せているはずのガラスの蓋が、足元に転がっている。


(――伝声機……)


王子は息を呑んだ。

ここが、王宮各所へ声を届けるための伝声室だったことを思い出す。


そして今、目の前の魔石が緑色に灯っている。


装置が、起動したのだ。


(止めるべきだ)

そう思った。


けれど同時に、別の考えが浮かんだ。

(もし、この会話が王宮中に届けば――自分が求婚している女性に、近づこうとする男などいなくなる。)


「…………。」

王子は、静かに息を吸った。


(これは、彼女を追い詰めるためではない。

彼女に自分の気持ちを伝えるためだ。)

そう、自分に言い聞かせ、王子は魔石を見つめた。


(止める必要は――)


「君は、

まだ私に言っていないことがあるだろう?」

「……ありません」

「ある」

「ありません!」


――ある。


あるに決まっている。

けれど、そこだけは開けてはいけない。

そこを開けたら、もう後戻りできない。

ドリスは必死に鍵を握りしめた。


「遠慮しなくていい」

 王子の声は、いつも以上に穏やかだった。

「私は君を好きなんだ。どんなことでも知りたいし、受け止めるつもりだ。

『別れる』以外は」


ドリスは、唇を噛んだ。

どうしてこの人は、こうなのだろう。

押しつけてくるわけではない。

怒鳴るわけでもない。

ただ、自分が欲しいものだけは絶対に諦めない。


「……今の仕事が好きなんです」

「続ければいい」

「王子妃になったら、今まで通りにはできません」

「できるさ。君がやめない限り」

「そんな簡単な話じゃありません!」

「必ず協力する」

「……だから!」

ドリスの声が徐々に大きくなる。

「どうして全部、解決しようとするんですか!」

「君と結婚したいからだ」

あまりにも真っ直ぐな答えだった。

ドリスは言葉を失った。

王子自身も、自分がどれほど必死になっているのか分かっていた。

ここまで言っても、まだ彼女は首を縦に振らない。

ならば、まだ理由があるに違いない。


「ほかには?」

ドリスは、ぎゅっと唇を噛んだ。

「……」

「まだあるだろう?」

「…………」

「全部、言ってくれ」

「言いたくありません!」


それだけは、絶対に言えない。


心の奥で、彼女は必死に鍵を押さえつけた。

錆びついたそれは、何度も何度も揺さぶられて、鍵穴は歪み、蝶番は軋んでいる。


それでも、ここだけは開けない。


開けてはいけない。


「なぜ?」


――もう、限界だった。


「――カチン。」


ドリスの心の奥で、何かが壊れた。


「どうしても無理なんです!」

両手で顔を覆う。


「あなたと私は……その……身体的な相性が、絶望的に合わないんです!」




「…………は?」


王子の顔から、すっと血の気が引いた。

ドリスは自分でも何を言ったのかを理解し、そのまま固まった。


静寂が落ちる。


王子は、完全に停止していた。



そして――。


ガチャリ。


突然、扉が開いた。


「ちょっと殿下!」


張り詰めていた静寂が、一瞬で霧散した。

飛び込んできたのは、サンだった。

その後ろから、ラゼルネイムも、さっと室内へ滑り込んでくる。

「何やってるんですか!」

「……フィオル嬢?」

「王宮中に丸聞こえですよ、会話!」


その声と重なるように、開いた扉の向こうから人のざわめきが雪崩れ込んできた。

「今の、聞いたか?」

「受信機から……」

「殿下の声だったぞ」

「相手だれっ」


ラゼルネイムが扉を閉めると、外のざわめきが嘘のように聞こえなくなる。


サンは床に落ちていた硝子の蓋を拾い、壁際の魔石へ駆け寄って蓋をかぶせた。

魔石から緑の光が消えるとほっと息をついた。

「あなた方、なんてことをしてるんですか、ここ、伝声室ですよ!」

ドリスが、ゆっくりとサンを振り返った。

「……伝声室?」


「はは……」

ラゼルネイムの碧い瞳が、王子へ向いた。

「君、本人がどうにもならないから、王宮中を巻き込んで逃げられないようにしたの?」

「ち、違う!」

王子は慌てて立ち上がった。


「最初からそのつもりだったわけではない!」

「でも、自分の策に溺れてるね」

「……それは」


「あのっ、どういうことですか!?

伝声室って何……?」

一人だけ状況を把握できていないドリスに、サンは気の毒そうに説明した。

「ここは伝声室です。

王宮各所に設置された受信機へ、声を送るための魔導具を操作する部屋です」


「……え?」



「魔石の蓋が外れていました。

それで伝声機が起動したんです」

「…………」

ドリスの顔から、さらに血の気が引く。

「つまり……」


「……はい」

サンは少し気まずそうに答えた。


「さっきの会話、王宮中に流れてました。

今は魔力を遮断して、機能を止めています」


「…………」

ドリスの顔が、みるみる青ざめていく。

「名前は聞こえていませんけど、声で分かる人には分かるでしょうね」


「…………」


「しばらくは好奇の的になるでしょうし、なによりも殿下があれだけ熱烈に口説いていた令嬢ですもの。今後誰かがあなたに言い寄ることはないって思うわ。気の毒だけど。」


「…………」


ドリスは完全に固まった。


一方、ラゼルネイムは口元を押さえている。

「お前、婚約解消する前なのに先にやっちゃったの? 身から出た錆だな 」

「……!」

王子の顔が引きつった。

「そもそもの発端は君だ!」


「僕?」

「君がなかなか来てくれなかったからだ!

一年も前から頼んでいたのに!」

「……ああ」

ラゼルが思い出したように胸の前で両手をパチリと打ち鳴らす。

「フィオル令嬢を見に来てくれってやつ?」


「――わたしを!?」

サンが思わず声を上げた。

驚きに目を見開いたまま、王子を見る。

「殿下、わたしをラゼルネイム様に見ていただくために、

一年も前から……?」


「正確には、君が伝声機と受信機を設計した時だ」

王子は、当然のことのように答えた。

「王宮内に新しい通信網を敷くと聞いて、これはラゼルに見せるべきだと思った」

「…………」

サンは、目を瞬いた。


「それなのに、ラゼルは来ないし!」

王子は再び必死に言い募った。

「その間に私はドリスを好きになってしまったし、

彼女はものすごく人気があるし、ライバルだって多かった!」


「だから?」

ラゼルが首を傾げる。

「だから……待てなかったんだ!」

王子の顔が、みるみる赤くなる。

ラゼルはしばし王子を眺め、それから小さく息を吐いた。



「若さゆえのフライングを、人のせいにするのはやめてくれ」


「…………」

王子は完全に黙り込んだ。

ぐうの音も出ない。

王子からドリスへ視線を移したラゼルは面白そうに口元を緩める。

「女官君――ドリスだったかな?最高の一撃だ。

気に入ったから君の味方をしてあげるよ」

「やめろ!」

王子が即座に叫ぶ。

「冗談じゃない!君が彼女の味方をしたら、負け確じゃないか!」

王子は頭を抱えた。

「魔導具で解決できるって思うんだ。いくつか作ってあげよう」


「あれ?」


サンがドリスに近づくと、彼女は白目を剥いて、立ったまま気絶していた。


「あ~……」

ラゼルはドリスを見て、それから王子を見る。

「やはりお前、ひどい男だな」

「ド、ドリス!!!」


◇


翌日、噂は王宮中を駆け巡っていた。

朝の女官室では、出勤したばかりの女官たちが身を寄せ合い、興奮した様子で話している。

「昨日すごかったのよ!」

「王子の告白を真正面から掃き捨てて、

灰まで燃やし尽くした女性がいたんですって!」

「しかも殿下が何をおっしゃっても、全部お断りしたとか」

「最後には殿下が何も言えなくなったって」

「まあ……!」

(……ドリスさんの声に似てたわ)


昼前には、廊下で文官たちが小声で噂を交わしていた。

「あの殿下を……すごかったよな」

(……ドリス……)


厨房では使用人たちまで昨日の騒ぎを話題にしている。

「私、外に出ていて聞けなかったの。残念だわ」

「えぇっ!? それは……ツイてないな」

(……ドリスさんだった)



その日から。


ドリスはしばらく、王宮のどこへ行っても気まずそうな視線を浴びた。

なお、王子はというと――

懲りずに彼女を追いかけていた。


そして最近。


ドリスの王子気配察知能力と回避能力は、著しく向上している。





――後日、

王宮にオルディアからドリスへ届いた目録。


・仕事したくなる眼鏡

 【仕様】装着者を視認した対象者に、強制的な就労意欲を発生させる。

 【持続】装着者を視認している間。


・眠くなる香炉

 【仕様】香りを吸引した者に、強い眠気を誘発する。


・殿下の殿下(形状変更ツール付き)

 【仕様】殿下の――

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